新古今和歌集の部屋

美濃の家づと 四の巻 恋歌二5

摂政家百首哥に        高松院右衛門佐

よそながらあやしとだにも思へかし戀せぬ人の袖の色かは

百首歌に             式子内親王

夢にても見ゆらむ物をなげきつゝうちぬるよひの袖のけしきは

上二句、下とかけ合ヒうとし、二の句を、みせばや人にといひて、

とぢめをを°とかへば、たしかにかけ合べし。 けしきと

よめる、此集のころの歌におほし。

千五百番歌合に        摂政

身にそへる其面影も消なゝむ夢なりけりとわするばかりに

めでたし。 夢なりけりといふ詞のいきほひは、夢にて

有けるよといはむがごとし。

五十首歌奉りし時        前大納言忠良

たのめおきし淺茅が露に秋かけて木葉ふりしく宿の通路

本哥いせ物語、√秋かけていひしながらもあらなくに木葉

ふりしくえにこそ有けれ。 秋かけてといへる、本歌の

詞なれば、なくてかなはざれども、此歌とにてはかなひがたし。

其故は、すべてかけてとは、前より後をかくることをいふ詞な

れば、秋かけては、夏より秋をかけてにて、俗言に、秋へむ

けてといふ意なるに、木葉ふりしくは、時節たがへれば也。

木葉は、夏より秋へかけてちる物にはあらだるをや。よみぬ


しの心は、木葉は、冬の初メちる物なるが、秋の末よりとかつ/"\

ちる意にや。されどさやうに後より前をかくることを、かけて

といふ例は、ふるくはなきことにて、ことわりもかなはず。

百首歌の中に          通具卿

我戀はあふをかぎりのたのみだにゆくへもしらぬ空のうき雲

本歌√わが戀はゆくへもしらず云々。 本哥には、あふをかぎり

と思ふとある。そのたのみだになきよし也。浮雲は、ゆくへも

しらずきえゆく物なれば也。 千五百番哥合、顕昭判に、この

うき雲といふ詞いかゞといひて、負としたるは心得ず。

水無瀬恋十五首歌合に春戀 俊成卿女

面影のかすめる月ぞやどりける春やむかしのそでのなみだに

いとめでたし。 面影のかすめる月とは、月を見れば人の

面影のかすみて見ゆる。其月をいふ。 春やむかしの袖と

は、つゞめていはゞ、さきに逢見し人のことを、戀しのぶ袖と

いふ意なり。そは既に春部にいへるごとく、此集の比、かの

いせ物語の月やあらぬの哥の、一首の意。其歌ぬしの其時

の心を、春や昔の、といふ一句にこめてとれる例なり。

 

※本哥いせ物語、√秋かけて
秌かけていひしながらもあらなくに木葉ふりしくえに社有けれ
 
※本歌√わが戀はゆくへもしらず
古今集 恋歌二
 題しらず          凡河内躬恒
わがこひはゆくへもしらずはてもなし逢ふを限と思ふはかりぞ
 
※いせ物語の月やあらぬ
月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
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