
七 はせ六代の事
去程に、文覚ばうも出きたり。わか君こひうけ奉りたり
とて、きしよく誠にゆゝしげなり。此わか君も、ちゝ三位の
中将殿は、度々の軍の大将軍にておはしければ、誰申共い
かにもかなふまじき由宣ふ間、ひじりが心をやぶかせ給ひ

てはいかでかみやうがの程もおはすべきなんと、さま/"\あく口
つれ共、猶もかなふまじき由宣ひて、なすのゝかりに
出給ひし間、あまつさへもんがくも、かりばのともして樣/"\
に申て、こひうけ奉たり。いかにおそるおはしつらんなど宣へ
ば、北でう申されけるは、ひじり廿日と仰られしやくそくの
日数も過ぬ。今はかまくら殿、御ゆるされもなきぞと心えて
ぐし奉てくだり候程に、かしこうぞ只今、こゝにてあやま
ち仕らざるとて、くらをいてひかせられたりける。のりがへ共に
さい藤五斎藤六をのせてのぼせらる。我身もはるかに打
をくりとしばらくも、御供申すべう候へ共、是はかまくらに、さし
てひろう仕るべき、大事共あまた候とて、それより打わか
れてぞくだられける。誠になさけふかゝりけり。去程にたか
をのもんがく上人わか君うけ取奉て、夜を日について上る
程に、おはりの国あづたの邊にてことしもすでにくれぬ。
あくる正月五日の夜に入て、都へのぼりつき、二条ゐのくま
平家物語巻第十二
七 泊瀬六代の事
七 泊瀬六代の事
去る程に、文覚房も出で來たり。若君請ひ受け奉りたりとて、気色誠にゆゆしげなり。この若君も、父三位の中将殿は、度々の軍の大将軍にて御座しければ、
「誰申すとも、如何にも叶ふまじき」由宣ふ間、聖が心をやぶかせ給ひては、
「如何でか冥加の程もおはすべきなん」と、樣々悪口つれども、猶も叶ふまじき由宣ひて、那須野の狩に出で給ひし間、あまつさへ文覚も、狩場の供して樣々に申して、請ひ受け奉りたり。
「いかに遅る御座しつらん」など宣へば、北条申されけるは、
「聖、廿日と仰られし約束の日数も過ぬ。今は鎌倉殿、御許されも無きぞと心得て
具し奉て下り候程に、かしこうぞ。只今、ここにて過ち仕らざるとて、鞍置いて、引かせられたりける。乗りがへともに、斎藤五、斎藤六を乗せて上せらる。我が身も遥かに打送りと暫くも、御供申すべう候へども、これは鎌倉に、さして披露仕るべき、大事ども数多候」とて、それより打別れてぞ下れける。誠に情け深かりけり。
具し奉て下り候程に、かしこうぞ。只今、ここにて過ち仕らざるとて、鞍置いて、引かせられたりける。乗りがへともに、斎藤五、斎藤六を乗せて上せらる。我が身も遥かに打送りと暫くも、御供申すべう候へども、これは鎌倉に、さして披露仕るべき、大事ども数多候」とて、それより打別れてぞ下れける。誠に情け深かりけり。
去る程に、高雄の文覚上人、若君受け取り奉て、夜を日について上る程に、尾張の国熱田の辺にて、今年も既に暮れぬ。
明くる正月五日の夜に入て、都へ上りつき、二条猪熊