上句はひるの心有。下句夜の義とみるべきか。
一 藤原家隆朝臣
一 梅が香にむかしをとへば春の月こたへぬ影ぞ袖にうつれり
増抄云。むかしをとふと云に両説あり。一には業平
の西對にて春やむかしのとよみ給ふの古事
をおもひて、なりひらの心になりて、后はヰ給
ねば、月もあらぬとみえぬるほどに、こはいかにし
たることぞ梅がゝにとへば、こたへぬ影の月が
袖にうつりて、いよ/\あらぬとみゆ由となり。
一には漢仙記といふものに、梅はむかしは匂ひが
なかりしが、銀后といふ婦人のもてあそび
てその后の袖の香が、梅にうつりし
により匂はあるとあれば、それより誰が袖ふれ
し匂ひぞともよみ、袖の香にまがふとはよむ
事なれば、后のもてあそびし花なる程
に、その昔をとへばとなり。下句は涙の
心となり。
頭注
こたへぬ影とは梅
にむかしとへば梅が
こたへぬに折しも
月がむかしのもの
なれば袖にうつる
ほどにこたへんかと
おもへば是もこたへ
ぬ影となり。
※漢仙記 不明。
※銀后 漢武帝の后銀公らしい。
※春やむかし
伊勢物語四段
月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
※誰が袖のふれし匂ひぞと 古今集春歌上 よみ人知らず
色よりもかこそあはれとおもほゆれたか袖ふれしやどの梅そも