尾張廼家苞 四之上
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(意、上の句は序。夕烟たつとかゝる。四五の句折かへして心うべし。
人をおもふおもひのたえずして、恋すといふ名のたつがくるしと也。)
海邊戀 定家朝臣
須广の蜑の袖に吹こす汐かぜのなるとはすれど手にもたまらず
なれゆけばうき世なればやすまのあまの塩焼衣まどほ
なるらむといふ哥をとりて、衣を風にかえて、風は袖になれ
ても手にとられずといへるにて、大かたには馴たる人の逢がた
きをたとへたる也。(上句は序須磨の蜑の袖には馴といふ料、吹こす塩
風のは手にもたまらずといふべき料也。一首の意は心
にてはなるゝけれども、とりとめて
あふ事のかたしとなり。 )結句は、伊勢物語の哥、とりと
めぬ風にはありともとあるがごとし。二ノ句、吹こすはふく
とのみにてもよろしき歌なるを、こすといふ事あまり
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てきこゆ。(これは旅行といひても旅の事なれば、行といふもじあ
まれるといはんがごとし。かやうの事、萬〃ある事にて、もじ
まれるといはんがごとし。かやうの事、萬〃ある事にて、もじ
数にあはせ
てよむ也。)
摂政家哥合に 寂蓮
ありとてもあらぬためしの名取川くちだにはてねせゝの埋木
本歌、みちのくにありといふなる名取川なき名とり
てはくるしかりけり.名取川瀬〃の埋木云〃.(あらはればいかにせんとか逢
みそめけんとあり。あり
とてもといひ、名を取といひ、くちはつるといひ、瀬〃
の埋木といふ。みなこれらの哥より出し詞なり。 )四ノ句のだには、死ぬる事
をねがひはせねども、あはでなき名を立られんよりは、
(なき名を立らるゝといふ事
は、一首のうへにすべてみえず。)死なりともせよといふ意也。(一首の意
は、世になが
らへて在とても、某は誰を恋してえあはぬと、あはぬ例にせら
るゝやうな名がたつ故、夫よりはいつそ死でなりとしまへかしと也。)
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千五百番歌合に 攝政
なげかずよ今はたおなじ名取川瀬〃の埋木くち果ぬとも
今はたおなじとは、今も既にうき名を立られたれば、
朽はてたるも同じことぞといふ意也。(朽るとは
死る事。)しかれば
此うへにたとひくちはつるとても歎きはせずと也。(以上此説
のごとし。)
百首哥奉りし時 二條院讃岐
なみだ川たぎつ心のはやき瀬をしがらみかけんせく袖ぞなき
(たぎつ心とは、恋に心のすゝむ事、心のはやりて堪がたき也。一首の意は、人をこ
ひしとおもふ心がすゝみて、泪が川の早瀬のやうにながるゝ、涙のしがらみは袖
なれど、中〃袖でも
たまらぬとなり。)
摂政家百首歌に 髙松院右衛門佐
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よそながらあやしとだにもおもへかし恋せぬ人の袖のいろかは
(下句は、人を恋する故に、泪の色がかはりて、袖の色までかはりし也。初句は
我をこふとはしらずとも也。あやしは、あの涙は只の事ともおもはれぬ。人を恋
するやうな泪であるがといふ意。一首の意は、恋せぬ人のなみだが此やうにくれな
ゐになるものか。そこにめをつけて、我をこふるとはおもはずとも、よそながらも、
がてんがいかぬ。あの人は恋をするそうなとおもへかしと也。かく
いひてすなはち我をこふるそ、うなと思へかしとおもふ也。 )
百首歌に 式子内親王
夢にてもみゆらむ物をなげきつゝ打ぬるよひの袖のけしきは
上二句下とかけ合うとし、(上二句は、夢になりともみえそうな
物であるがといふ事。夢にもみえぬ
かしてしらぬ皃をしてゐるといふ餘情あり。一首の意は、かくのごとくふかく
こひわびて、なげきながらぬる夜の袖は、から紅になる。これほどの事なれば、人の
うつゝにはよしみえずとも、夢には
みえそうな物であるがなアと也 )二の句をみせばや人にといひて、と
ぢめををとかへば、たしかにかけあふべし。(かくいひてもきこゆれど、詞
迫切にて、意盡たり。みゆ
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