新古今和歌集の部屋

尾張廼家苞 恋歌二5

尾張廼家苞 四之上



(意、上の句は序。夕烟たつとかゝる。四五の句折かへして心うべし。
 人をおもふおもひのたえずして、恋すといふ名のたつがくるしと也。)
   海邊戀         定家朝臣
广の蜑の袖に吹こす汐かぜのなるとはすれど手にもたまらず
 なれゆけばうき世なればやすまのあまの塩焼衣まどほ
 なるらむといふ哥をとりて、衣を風にかえて、風は袖になれ
 ても手にとられずといへるにて、大かたには馴たる人の逢がた
 きをたとへたる也。(上句は序須磨の蜑の袖には馴といふ料、吹こす塩
                風のは手にもたまらずといふべき料也。一首の意は心
 にてはなるゝけれども、とりとめて
 あふ事のかたしとなり。     )結句は、伊勢物語の哥、とりと
 めぬ風にはありともとあるがごとし。二ノ句、吹こすはふく
 とのみにてもよろしき歌なるを、こすといふ事あまり


 てきこゆ。(これは旅行といひても旅の事なれば、行といふもじあ
          まれるといはんがごとし。かやうの事、萬〃ある事にて、もじ
 数にあはせ
 てよむ也。)
   摂政家哥合に      寂蓮
ありとてもあらぬためしの名取川くちだにはてねせゝの埋木
 本歌、みちのくにありといふなる名取川なき名とり
 てはくるしかりけり.名取川瀬〃の埋木云〃.(あらはればいかにせんとか逢
                               みそめけんとあり。あり
 とてもといひ、名を取といひ、くちはつるといひ、瀬〃
 の埋木といふ。みなこれらの哥より出し詞なり。  )四ノ句のだには、死ぬる事
 をねがひはせねども、あはでなき名を立られんよりは、
(なき名を立らるゝといふ事
 は、一首のうへにすべてみえず。)死なりともせよといふ意也。(一首の意
                                     は、世になが
 らへて在とても、某は誰を恋してえあはぬと、あはぬ例にせら
 るゝやうな名がたつ故、夫よりはいつそ死でなりとしまへかしと也。)


   千五百番歌合に     攝政
なげかずよ今はたおなじ名取川瀬〃の埋木くち果ぬとも
 今はたおなじとは、今も既にうき名を立られたれば、
 朽はてたるも同じことぞといふ意也。(朽るとは
                           死る事。)しかれば
 此うへにたとひくちはつるとても歎きはせずと也。(以上此説
                                   のごとし。)
   百首哥奉りし時      二條院讃岐
なみだ川たぎつ心のはやき瀬をしがらみかけんせく袖ぞなき
(たぎつ心とは、恋に心のすゝむ事、心のはやりて堪がたき也。一首の意は、人をこ
 ひしとおもふ心がすゝみて、泪が川の早瀬のやうにながるゝ、涙のしがらみは袖
 なれど、中〃袖でも
 たまらぬとなり。)
   摂政家百首歌に     髙松院右衛門佐



よそながらあやしとだにもおもへかし恋せぬ人の袖のいろかは
(下句は、人を恋する故に、泪の色がかはりて、袖の色までかはりし也。初句は
 我をこふとはしらずとも也。あやしは、あの涙は只の事ともおもはれぬ。人を恋
 するやうな泪であるがといふ意。一首の意は、恋せぬ人のなみだが此やうにくれな
 ゐになるものか。そこにめをつけて、我をこふるとはおもはずとも、よそながらも、
 がてんがいかぬ。あの人は恋をするそうなとおもへかしと也。かく
 いひてすなはち我をこふるそ、うなと思へかしとおもふ也。  )
   百首歌に        式子内親王
夢にてもみゆらむ物をなげきつゝ打ぬるよひの袖のけしきは
 上二句下とかけ合うとし、(上二句は、夢になりともみえそうな
                    物であるがといふ事。夢にもみえぬ
 かしてしらぬ皃をしてゐるといふ餘情あり。一首の意は、かくのごとくふかく
 こひわびて、なげきながらぬる夜の袖は、から紅になる。これほどの事なれば、人の
 うつゝにはよしみえずとも、夢には
 みえそうな物であるがなアと也  )二の句をみせばや人にといひて、と
 ぢめををとかへば、たしかにかけあふべし。(かくいひてもきこゆれど、詞
                      迫切にて、意盡たり。みゆ


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