蝉 丸
四番目物 狂女物 作者不明
延喜帝は、侍従の清貫に命じて盲目の第四皇子蝉丸を逢坂山に捨てさせる。清貫は宮を出家させ、蓑と笠と杖を与え立ち去る。前世の報いと諦める宮とそれを憐れんだ博雅三位が藁屋を用意し、見舞うことを約束して立ち去り、宮はただ一人琵琶に心を慰めていた。一方三宮の逆髪は、心が乱れ宮中を逐われ彷徨い逢坂山に辿り着き、水鏡に映る自分のあさましい姿を見る。そのうち蝉丸が弾ずる琵琶の音に魅かれ、藁屋に近づき、思いもかけず弟と姉が知り合い、お互いが手を取り再会を喜び、宿業を嘆き合う。やがて逆髪は別れを告げ立ち去り、涙の蝉丸は、姉宮を見送る。
せみ丸 第一第二の絃は索々として秋の風、松を拂つて疎韻おつ、第三第四の宮は、我蝉丸が調べも四つの、折から成りける村雨かな、あら心凄の夜すがらやな。
せみ丸 世の中は、とにもかくにもありぬべし、宮も藁屋も、果てしなければ。
シテ 不思議やなこれなる藁屋の内よりも、撥音氣高き琵琶の音聞ゆ、そもこれ程の賤が屋にも、かかる調べの有りけるよと、思ふに付てなどやらん、世に懐かしき心地して、藁屋の雨の足音もせで、ひそかに立寄り聞居たり
せみ 誰そや此藁屋の外面に音するは、此程折々訪はれつる、博雅の三位にてましますか
シテ 近づき聲をよく/\聞けば、弟の宮の聲なるぞや、なふ逆髪こそ參りたれ、蝉丸は内にましますか
せみ 何逆髪とは姉宮かと、驚き藁屋の戸を明れば
シテ さもあさましき御有樣
せみ 互ひに手に手を取り交はし
シテ 弟の宮か
せみ 姉宮かと。
同 共に御名の夕つけの、鳥も音を鳴く逢坂の、せきあへぬ御涙、互ひに袖やしほるらん。
※世の中は、とにもかくにもありぬべし、宮も藁屋も、果てしなければ
第十八 雑歌下 1851 蝉丸
題しらず
世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ
江談抄 第三 63