一 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣
一 常盤なる山の岩ねにむす苔のそめぬみどりに
春雨ぞ降
増抄云。ときはの山と云名所をよめるなるべし。
春になれば春雨ふりて、山がみどりに成を
染るといふなり。苔といふものは、冬もあほくして、
雨をまたずして、みどりに成ものなるなれば、
そめぬみどりとよめり。ときはとは、常住不
變の義なるゆへに、ときわの山の苔なる故
に、そめぬみどりと取あわせてよめり。そめぬ
みどり、此哥にかぎるべきにや。
頭注
むすとは生る事
なり。
一 清輔ノ朝臣の許にて雨中苗代と云ことを
よめる 勝命法師
頭注
雨中の中の字はよ
まず虚字也。
親重。美濃ノ守。佐渡ノ守、藤ノ親賢ガ子。二
首入
一 雨ふれば小田のますらおいとまあれや苗代水を空に
まかせて
増抄云。苗代と云は、春になりて、去年とり
ておきたる種をたわらに入て、水につけて
おく也。たなヰとその水を云なり。たなヰより
とりいだして、田にまきてはやすを、苗代と
いふなり。それへ入るゝ水を、なわしろ水といふ也。
代とは、なへを生ず所なり。今時も鷹場に
鶴のヰる所を、つるのしろといふこゝろ也。
哥の心を云に、ますらおが、入るゝ水を雨がふる
ゆへに、水をいれねば、空次第にしておきて、
ひまなるとなり。まかするとは、水を入るゝを
頭注
いとまあれやとは
さだめて雨にて
水がまさるべければ
ますらおは隙にて
あらんやいなやと
おもひやりてよめる
哥なり。
水をまかするといへば、任るといふをかけて云也。
ますらおとは、賤夫とかくなり。
※まかするといへば 漑灌の字を当てる。「漑」だけで「まかせ」と読む。