新古今和歌集の部屋

醍醐随筆

醍醐随筆
       中山三柳
日野のとやまに、鴨長明が方丈を作れる遺跡と聞て、ゆかしく思ふまゝ我庵より道の程遠からねば、かちよりたづね侍りけるに、かの里さすがいなかびて作りつゞけぬる家居もなく、こゝの藪かげかしこの草むらに、わらやのちいさき二ツ三ツ見ゆるあり。さながらかまどの煙もたえ/"\なる、あはれとおぼゆる。すこし引わけて法界寺といふ薬師堂、むかしはいみじくや有けん、きはめてふりにたれば、くづれなん侍るほどなる。東の方へほそ道あり。岩間をつたひ草をわけて上る事三町ばかり、足もとたど/\しく汗かきてこうじにたれど、こゝなん其あとよといへば、かひ/"\敷見めぐりけるに、山の腰のかけたる所より二丈ばかりなる、岩のさし出て西の方はれやかに伏見淀などの川のおもて、舟の行かふも見ゆればおもしろけれど、下は谷なれば目もあやうくて心やすからず。薪は山なればともしからじ。水はほそき溝川のたえ/"\なる二三人はやしなふべし。されどかの取をき自在に作りなしたる方丈のしつを此岩上にをきたらんは、東の山をろしはげしくて下の谷へ吹をとしてん。かりのやどとはいへど心やすからずば、住がひ有まじ。世うつり時かはりてれいこく変遷するにや。むかしはかくはあらじとおもふ。

寛文十年(1670年)

史料京都見聞記第四巻 見聞雑記Ⅰ
駒俊郎他 編集 宝蔵館発行

1町=109m





1丈=3.03m
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