この撰集よりさきに、千五百番の歌合せさせ給しにも、すぐれたる限りを撰ばせ給て、この道の聖たち判じけるに、やがて院も加はらせ給ながら、猶このなみにはたち及びがたしと卑下せさせ給て、判の言葉をばしるされず。御歌にて優り劣れる心ざしばかりをあらはし給へる、中/\いと艷に侍けり。
上のその道を得給へれば、下もをのづから時を知る習にや。男も女も、この御世にあたりて、よき歌よみ多くきこえ侍し中に、宮内卿の君といひしは、村上の帝の御後に、俊房の左の大臣ときこえし人の御末なれば、はやうはあて人なれど、官あさくてうち續き、四位ばかりにて失せにし人の子也。まだいと若き齡にて、そこひもなく深き心ばえをのみ詠みしこそ、いとありがたく侍けれ。
この千五百番の歌合の時、院の上のたまふやう、
こたみは、みな世に許りたる古き道の者どもなり。宮内はまだしかるべけれども、けしうはあらずとみゆめればなん。かまへてまろが面を起こすばかり、よき歌つかうまつれよ
とおほせらるゝに、面うち赤めて、涙ぐみてさぶらひけるけしき、限りなき好きのほども、あはれにぞ見えける。さてその御百首の歌、いづれもとり/\なる中に
薄く濃き野邊のみどりの若草に跡まで見ゆる雪の村消え
草の緑の濃き薄き色にて、去年ふる雪の遅く疾く消けるほどを、おしはかりたる心ばへなど、まだしからん人は、いと思ひよりがたくや。この人、年つもるまであらましかば、げにいかばかり、目に見えぬ鬼神をも動かしなましに、若くて失せにし、いと/\をしくあたらしくなん。
※薄く濃き 巻第一 春歌上 76 宮内卿 千五百番歌合に春歌