JINCHAN'S CAFE

My essay,My life
エッセイを書き続けることが、私のライフワーク

嘆きのおっぱい

2007年04月30日 14時34分00秒 | ちょ色気

 前回は、ウケていただいてどうも。創作でなく事実であるというのが、可笑しくも哀しい所ですぅ。(トホホ)

 娘の何気ない一言。幼稚園時代には、こんな事も言われたなー。「ねぇねぇ、お母さんって、どうしてションボリおっぱいなの?」あまりの上手いネーミングに笑ってしまったのも事実だが、(失礼ね。ションボリおっぱいなんて。どうせなら’ひかえ目なおっぱい’って言いなさいな。)心の中で子ども相手に無理難題を押し付けたのも事実である。「うーん。お兄ちゃんとあなたに、いっぱいいっぱいおっぱいをあげたら、こうなっちゃったんだよねぇ。」

 本当は貧乳なのである。が、妊娠と同時にむくむくと膨らんできて、出産すると何故だかあふれるようにおっぱいがでてきたのだ。息子も娘も、1年間浴びるように吸い尽くし、元気に育っていった…。おっぱいボーンの時代は、自分の中でもちょっとした黄金期だったので、このまま継続してくれるとよいがと都合のいい事を考えていたのだが、子どもたちがおっぱいを卒業すると同時にしぼんでいき、とうとう元来よりしょぼくれてしまった。’まるで、吉本新喜劇で桑原和男が扮するおばあちゃんみたいなしぼみ具合だねぇ’などと時折苦笑しているが、まぁ仕方ない。それが私なんだから。

 おっぱいと言えば、以前職場でやはり胸が小さいのを気にしていた先輩が、その嘆きをデスク周辺の人に漏らしていた所、それまでうつむいて黙々と仕事をやっていた男性社員がやおら顔をあげ、「そうだよ。おっぱいは大きさじゃないよ!感度と感触だよ!!」と反応しだしたという話があった。これは、ちょっとした逸話として女性陣に瞬く間に広まった。’いつも無口で真面目なあの○○さんが’という冠と、’けだし名言’という修飾をつけて。我々もまだうら若き乙女だったし(リアルに解釈できる程大人でもなく)、セクハラセクハラと大騒ぎするような時代でもなかったので、至ってのんきに「そうなんだー。あはは」と笑って受けとめていた。「やーね」なんて、眉をひそめる人はいなかったと記憶する。何より、その男性社員の人柄が大きかったのだろう。(現代で決してマネなさらぬよう)

 そんな事を、なつかしく思い出す…。