くぅも晴れるや!!てぃらさんさん!!

統合失調症のおいらの思うこととか考えたこと書いています
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大げさでへたれのおっさん

2012-07-18 05:01:11 | おおげさでへたれのおっさん
大げさでへたれのおっさんは

ある種こころがつながることを知る

こころはつながるんだけど

こころの声が聞こえたとき

意地悪な声にも遭遇することになる

その声に対して

反応を抑えるのはむずかしい

そして反論することも難しい

反論は反応していることの延長

同じ土俵に立つことになる

言葉の数は疲れている度合いを示すとして

こころの声が単語なら

相手は疲れている

そしてさまよえる声としてターゲットを探している

そして禁句に反応する人間を探しとりつく

いわば末期の声なんだ

末期の声は強い

これを抑える方法はある

そもそもの概念やストーリー自体を疑うこと

作られたストーリーと既成概念だからだ

そして疑問符を逆に突きつけるまで行くとすごいんだろう

ストーリーはいったい誰が書いたんだろう

その概念をなぜ当てはめようとするのだろう

自分のストーリーは本当に自分が書いているのか

それならなぜある概念を当てはめようとするのだろう

なぜそう表現することができるのか

それはそもそもその声は声の主自身では

こころがつながると自分自身の声と

他人の声との区別をまず始めないといけない

自分自身の声は心臓が反応する

心臓が反応しつつ合理的な意味を持つ

だから誰かとつながったとき心臓も反応する奴は

合理的であり直感的に誰の何なのかがわかる

だから末期の親の危篤を知る事があったり

胸騒ぎを感じたりする

これが鍛えてある人はそれが誰なのかを

直感的に感じることもできる

そうやってこころをつなげていく

おいらには到底むずかしい話だけどね







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