龍魚伝説
ずーっと遠い、昔の話しである。伊豆の、ある海に面した小さな村に、元(げん)という、少年は住んでいた。父親は、元が三歳の時に亡くなった。元の家族は、病弱な母と姉と兄の四人で、細々と暮らしていたが、心根の優しい兄弟思いの姉と、働き者の兄のお陰で、温かい家族生活を送っていた。しかし、ある時、元の一家に、次々と不幸が襲いかかった。兄が、近所の裕福な仲間に誘われ、バクチという悪い遊びに手を出し、とうとう、田畑を売り払い、大きな借金を残し、放蕩したのである。病弱の母は、兄の不始末が原因で、悲しみと、苦しみの中で、短い一生を終えた。年頃の姉は、親類の強い勧めもあり、遠い町に嫁いでいった。 一人ぼっちになった元は、乱暴な少年に変わった。村人達は、乱暴な元を、厄介者扱いにした。中でも元より五歳年上の、近所の、僅は、欲張りのうえケチで、意地悪で、弱い者いじめの天才であった。一人ぼっちで、貧乏な元は、いじめの絶好な対象であった。元は、いじめられる度に、海辺に行き泣いた。ある時、元がいじめられ泣いていると、不思議な老人が、元に話しかけたが、その時、元は、口をきりっと結んで、何も答えなかった。僅の、いじめは益々激しくなった。元は海の中に入って泣いた、波の砕ける音が、母の優しい声に聞こえた、元は自ら命を絶つつもりであった。その時また、あの不思議な老人が声をかけた。老人は、岸辺に元を連れ戻し、静かに諭すように言った。「お前のその温かい涙を、無駄にしてはいけない。世の中には、無駄なものは何一つないのだよ」。元の溢れる涙で、小石に何かを描いて、元に手渡した。数日後、不思議なことに、その石は、あの優しい、温かい、懐かしい母の顔に変わっていた。 元は、いじめに合う度に、涙で、小石に顔を描いた、何時しか、元は、村の人達や出会う人達の顔も描いた。しかし、描いても描いても、あの優しい、温かい、懐かしい、母のような顔にならなかった。元の心に、苦しみが生まれた。悲しかった。悩みが体中を支配した。疲れはて、何時しか、浜辺の岩の上で眠ってしまった。気が付くと、あの不思議な老人の、優しい眼差しがあった。元は、老人に尋ねた。「私の描く顔には、人間らしさ、温かさ、が感じられないのはどうしてですか。」老人は、何時もの、静かな口調で、「全ての人の心の中には、正直さ、清らかさ、明るさ、凛々しさ、勇気を持っているのだが、多くの人達は、その真実の心が、在ることに気づかないのだ。気づかない人には、その心が、顔に表れないのだよ。お前が、真実の人に、会いたいのなら・・・」と、その不思議な老人は、傍らの大きな石に、魚の絵を描いた。そして、元に向かって、「この石を運んで、お前の家に置け。」と言って、つぎのように話を進めた。「これは、龍魚といって、地獄の海の守り神だ。これを、お前の家に置いておけば、決して、悪人は入って来ない。万が一、悪人が入ってきても、必ず改心し、社会に役立つ人間に、生まれ変わる。但し、お前の正しい心根を、失ったら、成就はない。」と、言い残して去っていった。元は、悲しい時や、寂しくなると、海にいった。優しい、母の声が、波の砕ける音と共に、聞こえきた。白い沫の中に、老人の、言葉が浮かんできた。静かな海を、眺めていると、元の心の中に、つらいいじめや、冷たい羞恥に、撃ち耐える勇気が、波が打ち寄せるように湧いてきた。
ずーっと遠い、昔の話しである。伊豆の、ある海に面した小さな村に、元(げん)という、少年は住んでいた。父親は、元が三歳の時に亡くなった。元の家族は、病弱な母と姉と兄の四人で、細々と暮らしていたが、心根の優しい兄弟思いの姉と、働き者の兄のお陰で、温かい家族生活を送っていた。しかし、ある時、元の一家に、次々と不幸が襲いかかった。兄が、近所の裕福な仲間に誘われ、バクチという悪い遊びに手を出し、とうとう、田畑を売り払い、大きな借金を残し、放蕩したのである。病弱の母は、兄の不始末が原因で、悲しみと、苦しみの中で、短い一生を終えた。年頃の姉は、親類の強い勧めもあり、遠い町に嫁いでいった。 一人ぼっちになった元は、乱暴な少年に変わった。村人達は、乱暴な元を、厄介者扱いにした。中でも元より五歳年上の、近所の、僅は、欲張りのうえケチで、意地悪で、弱い者いじめの天才であった。一人ぼっちで、貧乏な元は、いじめの絶好な対象であった。元は、いじめられる度に、海辺に行き泣いた。ある時、元がいじめられ泣いていると、不思議な老人が、元に話しかけたが、その時、元は、口をきりっと結んで、何も答えなかった。僅の、いじめは益々激しくなった。元は海の中に入って泣いた、波の砕ける音が、母の優しい声に聞こえた、元は自ら命を絶つつもりであった。その時また、あの不思議な老人が声をかけた。老人は、岸辺に元を連れ戻し、静かに諭すように言った。「お前のその温かい涙を、無駄にしてはいけない。世の中には、無駄なものは何一つないのだよ」。元の溢れる涙で、小石に何かを描いて、元に手渡した。数日後、不思議なことに、その石は、あの優しい、温かい、懐かしい母の顔に変わっていた。 元は、いじめに合う度に、涙で、小石に顔を描いた、何時しか、元は、村の人達や出会う人達の顔も描いた。しかし、描いても描いても、あの優しい、温かい、懐かしい、母のような顔にならなかった。元の心に、苦しみが生まれた。悲しかった。悩みが体中を支配した。疲れはて、何時しか、浜辺の岩の上で眠ってしまった。気が付くと、あの不思議な老人の、優しい眼差しがあった。元は、老人に尋ねた。「私の描く顔には、人間らしさ、温かさ、が感じられないのはどうしてですか。」老人は、何時もの、静かな口調で、「全ての人の心の中には、正直さ、清らかさ、明るさ、凛々しさ、勇気を持っているのだが、多くの人達は、その真実の心が、在ることに気づかないのだ。気づかない人には、その心が、顔に表れないのだよ。お前が、真実の人に、会いたいのなら・・・」と、その不思議な老人は、傍らの大きな石に、魚の絵を描いた。そして、元に向かって、「この石を運んで、お前の家に置け。」と言って、つぎのように話を進めた。「これは、龍魚といって、地獄の海の守り神だ。これを、お前の家に置いておけば、決して、悪人は入って来ない。万が一、悪人が入ってきても、必ず改心し、社会に役立つ人間に、生まれ変わる。但し、お前の正しい心根を、失ったら、成就はない。」と、言い残して去っていった。元は、悲しい時や、寂しくなると、海にいった。優しい、母の声が、波の砕ける音と共に、聞こえきた。白い沫の中に、老人の、言葉が浮かんできた。静かな海を、眺めていると、元の心の中に、つらいいじめや、冷たい羞恥に、撃ち耐える勇気が、波が打ち寄せるように湧いてきた。
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