鴨着く島

大隅の風土と歴史を紹介していきます

翔んでる高齢者!!

2025-01-13 20:31:25 | 日記
一月は所属するシルバー人材センターの仕事で、かつて大隅半島を走っていた国鉄大隅線が廃止になったことを記念して(?)作られた「鹿屋市鉄道記念館」に勤務する月なのだが、今日はこれまでに遭遇したことのないような高齢者(男性)が午前中に2名も訪れた。

どちらも定年退職後に日本国中を車中泊のできるバン型タイプの車に乗って回っているというのだ。

遠くから来ると言っても今年4月から勤務している中では、関東や中部・関西・福岡などからの自家用車か飛行機か鉄道かは様々だが、たいていは五月連休や夏の盆休みに鹿屋にやって来て序でに記念館を見ておくというパターンがほとんどだ。

特に多いのがやはり帰省子で、夫の実家か妻の実家かの違いはあるが、その範疇の県外からの訪問者が多い。

その他には鉄道マニアで、特に廃線の後をわざわざ遠方から訪ねてくる奇特なタイプも少なからずいる。

ところが今日やって来た二人の人物はそれらとは一線を画している。

まず本人の経歴においてはこの鹿屋との関係は一切ないし、とくに鉄道マニアというわけではない。

もっとも9時に開館して間もなく来館した最初の人物は69歳、埼玉県在住だが元私鉄の運転手だったそうである。

だから大隅線は国有鉄道だったということもあり、それが廃線になったということに特に感慨はないようだ。なにしろ首都圏でも有数の私鉄勤務だったから、「廃止」などは考える事すらできないのだろう。

その人が私鉄を少し早めに退職したあと、年金世代になってからは自動車で国内を旅して回る楽しみを覚え、車中泊のできる軽ワゴンの中に大きなバッテリーを積んで宿泊時の調理から暖房まで賄いつつ旅をしているという。

今度の旅は、正月元旦の夜中に埼玉の家を出発し、途中でご来光を拝みつつ南を目指したのだそうだ。

「女房には初日の出を見に行ってくると言い残したまま、どこに行くとも告げずに出発した」という。「奥さんや家族が心配しているでしょう」と向けると、「全然・・・。かえって家族間の距離があった方が楽」と意に介していない。

話の節々からは仲の悪い夫婦・家族関係ではないようだ。時々離れた方が気晴らしになるそうだ。

――いつ帰るんですか?

「家では家庭菜園をしていて、3月には種蒔きやらが始まるので、その頃までには帰りますよ」といたってのん気である。

無事に帰って下さいよと送り出したが、その10分か15分後に来館した人がまた似たような人で、この人は車中泊のできる結構大きな普通車に乗っていた。

「北海道から海を二つ渡って来た」と言うので、「津軽海峡と関門海峡ですな」と応じるとそれから話が弾んだ。

ーーいつ向こうを出たんですか?

「9月28日だったかな。もう2か月半になりますよ」

これを聞いて呆気に取られていると、

「いやあ、雪と氷が嫌いなんでね」と本音とも冗談ともつかないような答。

鹿児島は3回目だそうで、薩摩半島側の指宿温泉や日置市の湯之元温泉などの情報にとても詳しいのには驚かされた。

たしかに冬の北海道の雪害のきびしさからすれば、こっちは天国だろう。

生い立ちまで語ってくれたが、北海道は室蘭の出身だそうで、両親は戦前は樺太に赴任していて結構裕福だったそうだが、敗戦とともに落ち延びて室蘭の引揚者住宅に入ってから、本人は生まれたそうだ。

小さいころ、磁石の付いた棒か紐を引っ張り回して鉄屑を集めていたというから、その窮乏生活が偲ばれる。

奥さんは10年くらい前に亡くなり、子どもは二人の男の子がいるのだが、余りうまく行ってないようだ。

――北海道にはいつまでに帰るんですかね。

「雪の心配がなくなる4月から先、たぶん5月ですよ」

――そうですか、とにかく道中気を付けて。

二人とも年金生活者で、車の維持費とガソリン代と食費はまかなえているようだ。ある意味、結構なお気楽生活と言えるだろう。

しかし何にしても事故や病気・怪我をしたら危うい。

とにかく二人の無事な旅路を願うばかりだ。




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