鴨着く島

大隅の風土と歴史を紹介していきます

日南線・神話の旅④

2018-09-14 09:40:16 | 古日向の謎

 《番外編》

今回は立ち寄らなかったのだが、日南線の日向北方駅から北に500m足らずの所に「串間(櫛間)神社」がある。

江戸時代までの旧名を「十三所大明神」といい、明治以降の神社再編で串間郷の郷社となった。串間地方の総鎮守であった。

主祭神はホホデミノミコトで、あの青島神社と同じである。あちらは島そのものが「鴨就(着)く島」であり、そこでホホデミと海神の娘トヨタマヒメが逢瀬を重ねた。

この串間神社では神社の東南500㍍ほどの場所に鎮座する「母体神社」にトヨタマヒメが祭られ、一年に一度トヨタマヒメの方から串間神社のホホデミに会いに行くという神事(祭礼)がある。

すると北方の串間神社のある辺り一帯を「鴨着く島」に仮託していることになろうか。島とあれば普通は海に囲まれた島を想い浮かべるので、青島の方に軍配が上がりそうである。

しかし、実は「島(しま)」という言葉の意味合いの中に「生きていく土地・場所」があるので、その意味にとれば必ずしも一笑に付すわけにはいかない。

というのは串間神社の鎮座する大字「串間」という場所柄がいわゆる「聖地」的な場所なのである。

大字「串間」は東を大矢取川、西を大平川が流れ、北方駅のすぐ南で両者が合流している一帯に名付けられており、川が言わば天然の掘割となっている。このような所は中世以降は砦や平城(館)が造作される場合が多い。安全だからである。

串間市観光協会のサイトによると、神社の創建年代は不明だが、1300年代に当地の地頭であった野辺氏によって修築がなされたということが分かっており、中世の半ば過ぎには建立されていたことが判明している。

主祭神ホホデミのほかの十二神についての情報はないのだが、おそらく天照大神はじめとする皇孫系の神々が中心であろう。

いずれにしてもこの串間神社も他の日南線沿線の神社と同様、「日向神話(高千穂神話)」の一翼を担う神社であることに変わりはなく、タギシミミやホスセリなど日の目を見ない数々の神々をも祭っているのは日南地方の一大特徴で、最初のころ書いたように「奇観(奇特)」と言ってよい。

思うに、敗者であるホスセリ(海幸彦)とタギシミミまでもが祭られているのは、江戸時代にこの日南地方を広く支配した飫肥の伊東氏自身が、戦国末期の木崎原の戦い(1572年)で島津氏に完敗し、日向一円から没落していったという敗残者の悲哀の歴史を味わっていたことと無縁ではないだろう。

 

 【まとめ】

以下に、日南線沿線で祀っている神社名と祀られている祭神名を一覧しておく。

(※日南線路線では北から南へという道筋になる。)

宮崎神宮(宮崎神宮駅)神武天皇・ウガヤフキアエズノミコト・タマヨリヒメ

 同(皇宮神社)…元宮とも言われる。神武・タギシミミ・カムヌナカワミミ

青島神社(青島駅)ヒコホホデミ・トヨタマヒメ・シヲツチ(塩筒)

潮嶽神社(北郷駅)ホスセリ(海幸彦)・ホホデミ(山幸彦)・ホアカリ(尾張氏祖)

吾田神社(日南駅)タギシミミ・アヒラツヒメ(同母)・アメノホヒ(出雲臣祖)

吾平津神社(油津駅)アヒラツヒメ

鵜戸神宮(最寄りの駅は油津)ウガヤフキアエズ・タマヨリヒメ 他三神

串間神社(日向北方駅)ホホデミノミコト 他十二神

           (日南線・神話の旅④終わり)


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