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サッカー狂映画監督 中村和彦のブログ

電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画「蹴る」が6年半の撮影期間を経て完成。現在、全国で公開中。

障がい者サッカー7団体統一ユニフォーム

2017年06月29日 | 障害者サッカー全般
各障がい者サッカー7団体の代表選手がJFAハウスに集まり、統一ユニフォームがお披露目された。
私も当然行ってきた。

サムライブルーやなでしこジャパンとは異なるものの、今後の国際試合では7団体が同じ青いユニフォームに身をまとい代表としての誇りを胸にプレーすることになる。
左胸の日の丸の下にはそれぞれの協会のエンブレムが配置され、各々がたどってきた歴史も感じさせる。

そのユニフォームで最初に世界に挑むのは電動車椅子サッカー。明日、アメリカへと飛び立つ選手たちも全員が集結し、壮行会に参加した。

来月トルコデフリンピックに参加するデフサッカー男子代表も電動車椅子サッカーに続き、同じユニフォームで世界に挑む。

ユニフォームは、フィールドプレイヤーが青、キーパーは黄色。セカンドユニフォームは、それぞれ白、緑となっている。

将来的にはサムライブルーやなでしこジャパンと同じユニフォームに統一ほしいと思う。そのためにはいろいろとクリアにすべきこともあり、田島会長の言葉を借りれば「半歩前進」したということになる。

7団体の横のつながりは、着実に深まっていると感じる。

デフフットサル、ソーシャルフットボール、電動車椅子サッカー、デフサッカー、ブラインドサッカーと盛りだくさんの5日間

2017年03月21日 | 障害者サッカー全般

この5日間(3月16日~20日)は障害者サッカーの大会・合宿・イベントがめじろ押しだった。
16日はデフフットサルのチャレンジカップ。18日は電動車椅子のドリームカップ。19日はデフサッカー男子日本代表の合宿。20日はブラインドサッカーの日本対ブラジル戦。その他、デフサッカー女子日本代表合宿、CPサッカー日本代表の練習、埼玉のCPサッカーチーム主催の『ボーダーフリーサッカー』などには残念ながら足を運ぶことはできなかった。

本来なら一つ一つのイベントごとに記事を書きこんだほうが良いのかもしれないが駆け足で振り返っておきたい。


 まず16日に東京大田区で開催された、聞こえない聞こえにくい人たちによるフットサルであるデフフットサル・チャレンジカップ。当初はデフフットサル男子日本代表、韓国代表、ウズベキスタン代表の3か国が争う形の国際大会として準備が進められていたがウズベキスタンが来日することが出来ず、代わりとしてソーシャルフットボール(精神障害のフットサル)関東選抜チームが出場。ウズベキスタンが参加出来なかったことは残念だが、エキシビションマッチとは言え、別の障害者サッカーチームが大会に参戦するというある意味画期的な大会ともなった。急遽の出場が可能であったのも昨年4月に障がい者サッカー連盟が発足し、各障害者サッカー間の横のつながりが出来たからこそだろう。
 3試合行われたうちの第1試合はデフフットサル男子日本代表とソーシャルフットボール関東選抜チームとの対戦。全国から集まってきているというタレントの差、そして何よりもチームの成熟度の違いが出てデフチームが4-0で勝利した。デフチームも2015年11月の世界大会でいったんチームは解散、川元監督が再任され昨年11月に2019年の世界大会へ向けて船出したばかりではあるものの、急造チームであるソーシャルフットボール関東選抜チームに比べれば成熟というか、わかり合っているという意味である。ただソーシャルチームもポストを2度叩くなど惜しい場面もあった。
 2試合目はソーシャルチームと韓国フットサル代表のエキシビションマッチ。これまでも、知的障害者サッカー日本代表vsろう者サッカー日本代表、知的障害者フットサル日本代表vsデフフットサル日本選抜の対戦などがおこなわれてきたが、異なる障害者間の国を越えた対戦はおそらく初めてなのではないだろうか?ソーシャルチーム竹田選手の豪快な得点で幕を開けた試合は点の取り合いとなり、最終的には韓国が9-6で勝利した。
 3試合目は、デフフットサル日本代表と韓国代表の公式戦。前半はベテラン船越選手、テクニシャン東海林選手の活躍などで日本代表が相手を崩した得点を積み重ねるものの、韓国が個人技で追いつくという展開。しかし前半終了間際の韓国選手の退場(フットサルはサッカーと違い2分後の選手の補充が可能)からは完全に日本のペースに。結果としては吉野選手の6ゴールを始めとする怒涛のゴールラッシュとなり日本代表が19対5と韓国を撃破し、チャレンジカップの覇者となった。結果は素晴らしいものとなったが日本のベンチ入り選手12名に対し韓国は7名。日本は圧倒的に有利な状況でもあった。
 ウズベキスタン来日中止に見られるように国際大会を成立させることはなかなかむずかしい。今後は例えばいくつかの障がい者サッカーの日韓戦を同時開催してはどうだろうか?知的障害者サッカー、ブラインドサッカー、デフサッカー等々。
 また大会には日本の手話、韓国手話、国際手話の3つの手話通訳がついた。そういった点もとても興味深かった。
 大会の詳細は下記参照。
http://jdfa.jp/news/deaf_futasal_challengecup_20170316/


 翌々日の18日土曜日は電動車椅子サッカーの大会であるドリームカップが神奈川県平塚市で開催された。電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画を5年間撮り進めているが、撮影の一環として平塚まで行って来た。
 20回目を数えるこの大会は、近年においては制限速度10kmの国際ルール争われる、クラブチーム同士の大会としては唯一の大会として存在感を放ってきた。(但し今年の全国選手権大会からは制限速度10kmと国際ローカルルールである6kmの両方で行われることになっている)。
 大会には全国から6チームが集まり3チームずつ2つのグループに分けられ、各グループの同じ順位同士が対戦し順位を争った。優勝したのはNanchester United鹿児島。電動車椅子サッカーは4人対4人で試合が行われるが鹿児島は3人で参戦!鹿児島は予選リーグ初戦で金沢ベストブラザーズ相手に4-0、強豪レインボー・ソルジャーにも2-1と勝利しグループAを1位通過、決勝ではFCクラッシャーズを2-0で破り、見事優勝を果たした。3人のチームが優勝することはもう2度とないのではないだろうか?
 優勝の要因は、7月のアメリカワールドカップ最終メンバーに選ばれた東、塩入選手の高い技術と抜群のコンビネーションである。レインボー、クラシャーズ相手に流れのなかからは点を取ることが出来なかったものの、セットプレーから「分かっているけどやられてしまう」恐るべき精度で得点を積み重ねた。また3人目の選手である野下選手の守備も見事だった。
 またリアガードの有無が明暗を分ける局面もあった。日本代表選手たちは全員がアメリカ製の電動車椅子ストライクフォースに乗っている。純正のストライクフォースには小さなリアガードしか付いていないが、試合中も人工呼吸器を付けている選手や、体が屈曲しているためシートを改造している選手たちなどは、呼吸器や体の保護もあり電動車椅子を改造し大きめのリアガードに改造している選手も多かった。その結果としてリアガードがシュートコースを消し点が入りにくい状況も生まれていた。ワールドカップではリアガードの改造が認められるかどうか不透明であるため、改造して取り付けたリアガードを取り外し元の状態に戻した選手も多い。
 準優勝のFCクラッシャーズは飯島選手を中心にしたチームだが、飯島選手以外の選手の力も上がりチーム力がアップした。クラッシャーズに後塵を拝したYokohama Crackersと Red Eagles兵庫は全国大会優勝も狙えるチーム。今回4位に甘んじたレインボーも含めて秋の選手権大会の熱戦はとても楽しみである。
 国内の選手権大会前の7月にはアメリカフロリダ州でワールドカップが開催される。大会に参戦する日本代表を資金面から支援しようとクラウドファンディングが始まった。各障害者サッカーともに資金面ではとても苦労しているが、電動車椅子サッカーで大変なのは一人では行けない選手が多い点。家族、あるいはヘルパーが同行する必要がある。つまり自己負担が2倍3倍かかることもあるわけだ。
https://readyfor.jp/projects/11639


 その翌日19日はデフサッカー男子男子日本代表合宿の見学へ行ってきた。7月にトルコで開催されるデフリンピックメンバー発表前の最終合宿である。合宿2日目の19日は流通経済大学サッカー部との練習試合が行われた。
 昔からよく知っている選手、初めて見る選手、16日のフットサル日韓戦でも見た選手、負傷の選手以外は合宿に参加した選手全員が出場した。アピール出来た選手、出来なかった選手、様々だったが、もちろんこの合宿に至るまでのプレーを総合的に判断して最終メンバーが選ばれるのだろう。
 デフサッカーに限らず世界大会に出場する日本代表選手の選考は悲喜こもごも。落選した選手の胸中ははかりしれない。しかし選ぶ監督もまたつらい。...
 デフリンピックとは、ろう者のオリンピック。出場資格は55dB以上である。


 そのまた翌日の20日は世界一のチームであるブラインドサッカーブラジル代表を招いた、さいたま市のノーマライゼーションカップカップに行ってきた。日本代表との対戦である。ブラジル戦を観戦に訪れた観客は1000人を超え、かなり見にくい位置での観戦を余儀なくされた人も多かったようだ。
 ブラジル代表の「とんでもなく凄い」リカルド選手や「こいつもすげーぜ」ジェフェルソン選手が来日メンバーに入っていないことはわかっていたので、試合の注目は大きくなったゴールが試合にどう影響を与えるかという点と、攻撃的にシフトした日本代表の戦いぶりだった。
 ゴールは無人のピッチではあまり差がわからないが、GKが立つとかなりでかい。客観的な立場から見るとゴールが増えて楽しいがGKはかなり苦労しそうだ。
試合は1-4で敗れたが、そのうちのかなりの点数は以前の大きさなら入っていなかっただろう。もちろんシュートするほうも狙う場所自体が変わってきているだろうから単純比較はできないが。
 パラリンピック予選が終わり高田新監督になって以来初めての生観戦となった一戦。噂に聞いていたように以前の守備的戦術とは打って変わって攻撃的にシフトしていた。前半の黒田選手のゴールは狙い通りだったようだが、相手陣内でボールを奪って攻め切ろうという意思は見えるものの奪うべき位置でなかなか思い通りにはボールを奪えずカウンターから失点を喫することも多かった。まだまだ発展途上ということだろう。ファーストディフェンダーが1対1で、あるいは時には2対1でボールを取り切れればベストなのだろうが、抜かれた後のセカンドディフェンダーがいかにくらいつくかも今後の課題となるのだろうか。
 いずれにせよ、
この攻撃的な戦術がどう成熟していくかとても楽しみである。できれば時間帯や状況に応じて以前の守備的な戦術との併用がもし出来れば、さらに強くなると個人的には感じた。
 
試合等の詳細は下記参照
http://www.b-soccer.jp/10190/news/pr170320b1daihyo.html
 また会場ではモバイル動画配信が行われたが、15秒間再生を遅らせるという設定もあり、プレーをスマホで見返すのに便利だった。

 


『JIFF(障害者サッカー連盟)インクルーシブフットボールフェスタ2016』開催

2016年12月28日 | 障害者サッカー全般

 12月24日のクリスマスイブ、東京都多摩市でJIFF(障害者サッカー連盟)主催の 『JIFFインクルーシブフットボールフェスタ2016』が開催された。
 今年4月1日に JIFFが正式に立ち上がって以来、JIFF主催の初めてのフェスティバルである。

 イベントには障がい者サッカー7団体の関係者や選手たちをはじめ、多くの健常児や障害児童、ご家族や関心のある大人達が参加。電動車椅子サッカー、アンプティサッカー、ブラインドサッカーを体験するとともに、健常者も障がい者も混ざり合うピッチで、ボールを蹴った。
 ピッチ上には、健常児、知的障害児、聴覚障害児童、脳性麻痺、片足切断のアンプティサッカーの選手達が混在。一つのボールを追いかけた。

 また在京のJリーグ(FC東京、FC町田ゼルビア、東京ヴェルディ)、なでしこリーグ(日テレベレーザ、スフィーダ世田谷)、Fリーグ(フウガドールすみだ、ペスカドーラ町田、府中アスレチックFC)等、各チームのコーチや選手、サッカースクール関係者、OGなども参加、健常児・障害児への指導、というか楽しい場作り、そしてともにピッチでプレーした。また聴覚障害のプレーヤーを中心としたチーム、バルドラール浦安デフィオからも監督、選手が参加した。

 北澤JIFF会長をはじめ、元なでしこジャパンの小林弥生さんも参加、元JリーガーでCPサッカー日本代表監督島田祐介氏もともにプレー、元日本代表監督岡田武史氏、日本代表GK川島永嗣選手は、各種サッカーを体験、プレーの難しさを体感していた。

  
 これだけの人々が集まったのも、やはりJIFFが正式に発足しサッカー協会と障がい者サッカー7団体とJFA(日本サッカー協会)が太いパイプでつながったことによるだろう。

 しかし以前より数は少なくとも、各県各地域で各障がい者サッカーが集ったイベントが開催されてきた歴史を忘れるべきではないだろう。
 例えば『メリメロ』は、「障害のあるなし関係無しに『ごちゃまぜ』 にサッカーを楽しむことができる空間作り」を旗印に活動を続けて来たが先日発展的解消をとげた。私も何度か参加させてもらった。

 また2010年に開催された別団体によるイベントには、南アフリカW杯を終えたばかりの川島選手も参加、ブラインドサッカー体験している姿が印象に残っている。
 その時のブログの書込み  
 障害者サッカーのイベントに川島選手が

 ちなみにその時、初めてアンプティサッカーを目撃。ヒッキ選手のボールタッチの柔らかさに驚いた。

 北澤会長もブラインドサッカーにかなり前から関わりを持たれて来た。ロンドンパラリンピック予選の前くらいからは煩雑にブラインドサッカーの現場でお見かけしたように思う。ブラインドサッカー版『ドーハの悲劇』も目の当たりにされていた。 

 岡田武史氏は以前より電動車椅子サッカーに関わりを持たれ、私が電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画を撮るきっかけになった日本代表の壮行試合(2011年)も観戦されていた。

 さらに言えば、岡田氏をフランスワールドカップアジア予選の真っただ中、監督に抜擢した故・長沼健JFA会長(当時)は、晩年、ハンディキャップサッカー連盟会長として知的障がい者サッカーと深く関わられた。2006年のドイツ大会ではご一緒することができた。

 そういった前史があって、今に連なっている。もちろん順風満帆な流れではなく、様々な問題を抱えながらの歴史だっただろう。


 具体的にどのイベントというわけではないが、以前のイベントでは健常者と障害者がともにプレーする、一同に会すること自体が目的のように感じられ、「楽しさ」が全面に押し出され「素晴らしいこと」で終わっていると思うことも少なくなかった。また『健常者、障害者ともに』ということを強調するがあまり各々の障害理解にはつながっていないような気がすることも多かった。

 もちろん健常児・健常者にとって何らかのきっかけになればで良いのだが、その場での疑問にも明確に答え得る人が少なく、浅い理解で満足しているように思えることもあった。

 やはり大切なのはその場で何かを感じて、その後も継続して考え続け、出来れば発信につなげることだろう。
 そのことが『サッカーなら、どんな障害も超えられる』 ということにつながっていく。

 閉会式の挨拶でも北澤会長がそういった意味合いのことを述べられている。

(以下は閉会式の岡田武史氏、北澤会長の閉会式での挨拶。当日の様子を撮影した映像をインサートしていますので雰囲気は伝わるかと思います)
 【JIFF】JIFFインクルーシブフットボールフェスタ2016 岡田武史氏、北澤豪会長コメント動画  


 私自身は当日撮影等に追われていて時間的な余裕もなかったのだが、インクルーシブのサッカーを見て思ったのは、かなりガチの瞬間が多かったこと。
健常児が障害児からガチンコでボールを奪う、障害児も懸命にボールを取り返そうとする。もちろんそこには笑顔はない。しかし真剣にサッカーを、フットサルをプレーしている姿がある。
「楽しい」って、そういうことだったりもするだろう。
 何か少しだけインクルーシブサッカーの進化形を見たような気がした。

 また健常児がアンプティの選手にパスを出す場合、足は1本しかないわけでより正確なパスが求められる。もちろんスペースへのパスもより工夫が必要だ。CP(脳性麻痺)の選手にパスを出す場合は麻痺していない方の足で受けやすいようなパスを出すべきだったり、場合によっては健常児だけでプレーしているよりもより高度な瞬間的な判断が要求されることもあるだろう。あるいは接触プレーで倒した場合、さすがにそこまでの接触はよくないと学習もするだろう。知的障害児にはあまり複雑な動きは要求できないと学習するだろう。聴覚障害児とはジェスチャーやアイコンタクトが有効だと感じるだろう。
 そうやって身をもって『障害』を 体感できるのも、サッカーを互いが真剣にプレーするからだ。 

 


単行本『サッカーならどんな障がいも超えられる』発売

2016年10月15日 | 障害者サッカー全般

『サッカーなら、どんな障害も超えられる』 

今年
41日に発足した障がい者サッカー連盟のキャッチフレーズだ。各障がい者サッカーの大会には必ず横断幕が掲げられ、パンフレットの裏表紙を飾る。そして『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』という本が講談社より発売された。

著者は旧知の江橋よしのり氏。「購入しなきゃなあ」と思っていたところ献本していただき早速読了した。

 

 内容は、ブラインドサッカー、アンプティサッカー、電動車椅子サッカーの選手などへの取材を軸にあたかもオムニバス青春小説(本人談)のようにまとめたもの。

 ブラインドサッカーは男女含めて4名の選手が取り上げられ、幼いころから見えない選手やある程度の年齢になって失明した選手などを織り交ぜブラインドサッカーが多面的に浮かび上がってくる。アンプティサッカーは、エンヒッキ・松茂良・ジアス選手の半生を通して日本のアンプティサッカーの歴史そのものが見えてくる。冒頭で取り上げられた電動車椅子サッカーの永岡真理選手からは競技に対しての強い想いが伝わってくる。もちろん競技への想いの強さは他の選手たちにも共通するものだ。

 
 
またブラインドサッカーと対比してデフフットサル(及びサッカー)の植松博美選手夫婦を取り上げたコラムでは、聞こえづらさの多面性や顔を上げないとプレーできないデフフットサル(サッカー)の独自性にふれられている。
 その他ソーシャルフットボール(精神障がい者のフットサル)に関しては医師の立場からのコラムが掲載。知的障がい者サッカー、CP(脳性麻痺)サッカーは紹介だけだが、7つの障がい者サッカーへの入り口としては最適な本だ。


 
この本は女子サッカーにもこだわった本になっている。そういった意味でも興味深い。著者の江橋氏は、なでしこジャパンが一躍有名になる以前より地道に女子サッカーの取材を続けてきた人であるし当然の流れでもあるだろう。
 
 ちなみに私も知的障がい者サッカーのドキュメンタリー『プライドinブルー』を制作した後は“ろう者サッカー女子日本代表=もう一つのなでしこジャパン”を追った『アイ・コンタクト』を制作。その当時、障がい者サッカーのなかで唯一の女子日本代表チームだった。そしてその後“もう一人のなでしこジャパン候補”と遭遇、それがこの本でも取り上げられている永岡真理さんである。現在彼女を中心とした電動車椅子サッカーのドキュメンタリーを制作中だ。

 また著者の江橋氏や編集担当の矢野氏はかなり以前からブラインドサッカーなどの取材をおこなっている。
2011年末に宮城県で開催されたブラインドサッカーロンドンパラリンピック予選にも江橋氏は姿を見せていたし、矢野氏がブラインドサッカーを初めて観たのは2005年だという。(私は2006年です)。矢野氏はブラインドサッカーの試合を観に行くと必ずいるし、ミックスゾーンでも鋭い突っ込みをしていた。
 そういったコンビが作った本であるから安心して読むことが出来る。

 

 以下は『サッカーなら、どんな障がいも超えられる』アマゾンのURL
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%AA%E3%82%89%E3%80%81%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%AA%E9%9A%9C%E3%81%8C%E3%81%84%E3%82%82%E8%B6%85%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B-%E6%B1%9F%E6%A9%8B-%E3%82%88%E3%81%97%E3%81%AE%E3%82%8A/dp/4063787184


 以下はこの本への批判ではないが、常々感じていることを少しだけ。
 7つの障がい者サッカーを初めて見るとすると、一般論として圧倒的に魅力を感じやすいのはブラインドサッカーとアンプティサッカーだ。「凄い!」と言いやすい競技とも言える。体験しやすいという共通点もある。メディアも同様にこの二競技には集まりやすいだろう。ことにブラインドサッカーは東京パラリンピックで開催される唯一の障がい者サッカーということもあってダントツの注目度である。もちろんブラサカ関係者の長年にわたる努力の結晶でもあるのだが。アンプティサッカーは今はまだ注目されていなくとも注目されやすい要素はあると思う。
 
 電動車椅子サッカーは迫力もあり派手とも言えるが競技の特殊性故に入り込みやすいとは言えないだろう。
その他の競技は、はっきり言って地味だ。あるいは障害的にもわかりにくかったりする。
 その壁は高いと思う。

 

 自らの経験で言えば、知的障がい者サッカー選手に話を聞く際、こちらの観念がしょっちゅう空回りしていた。そういう時はサッカーボールを取り出して無心に蹴り合うことでなんとかコミュニケーションを図った。デフサッカーに関しても手話や聞こえない人々の世界への理解が必要だったが、サッカーという共通言語がなかったら一歩も前に進めなかっただろう。

 

 きっとサッカーならどんな障壁、障害もきっと超えられる、だろう。健常者側からも障害者側からも。


障がい者サッカーとパラリンピック

2016年09月13日 | 障害者サッカー全般

 「パラリンピックにサッカーはあるんですか?」「どんなサッカーがあるんですか?」
といった質問をこのところよく受ける。

 そこで障害者サッカーとパラリンピックの関係を簡潔に整理しておきたい。

 『障がい者サッカー連盟』に加盟する競技団体は、アンプティサッカー(片足切断もしくは片腕切断)、CPサッカー(脳性麻痺)、ソーシャルフットボール(精神障がい)、知的障がい者サッカー、電動車椅子サッカー(手動ではなく電動の車椅子を使用する重度の障がい)、ブラインドサッカー並びにロービジョンフットサル(視覚障がい者)、デフサッカー(聴覚障がい)の7つ。

 そのうちパラリンピック種目は、CPサッカーとブラインドサッカーの2つ。(ロービジョンフットサルは含まれていない)。パラリンピックでは、CPサッカーのことを7人制、ブラインドサッカーのことを5人制と呼んだりしている。

 CPサッカー日本代表とブラインドサッカー日本代表はともにパラリンピックの予選を勝ち上がることが出来ず、リオパラリンピックには出場していない。過去にも出場の経験はない。
 東京大会では残念ながらCPサッカーが外れることになっており、サッカー競技はブラインドサッカーのみとなる。ブラインドサッカー日本代表は開催国としての出場が決まっている。

 アンプティサッカーと電動車椅子サッカーは、東京パラリンピック競技種目として立候補したがともに落選した。

 以下はサッカーに限らず、当該障害の競技種目がパラリンピックにあるのかという観点からもみていく。

 知的障害に関しては、リオパラリンピックでは水泳、陸上、卓球競技がおこなわれている。過去の大会では知的障害者枠の競技もさらに多数あったが、2000年シドニーパラリンピックでバスケットチームに健常者が参加するという不正がありパラリンピックから締め出された。前回ロンドンパラリンピックより一部競技のみ知的障害の選手たちも参加出来るようになった。
尚、知的障がい者サッカーはパラリンピック種目になったことはない。
知的障害のクラス分け判定は難しく、例えば知的障がい者サッカーの世界大会でも書類不備などにより、参加はしたものの失格となった国もあった。

 精神障害はパラリンピックの競技種目にはない。これは治癒の可能性があるからということからだろう。

 電動車椅子サッカーの選手たちがもし他競技でパラリンピック種目をめずすとしたらどうなるだろう。(国際基準のクラス分けで電動車椅子サッカーの選手資格を有する選手に限って)
脳性麻痺の選手たちにはある程度門戸が開かれているだろう。その他の選手たちは可能性があるとしたらボッチャのみということになるだろうか。ただ現実にはなかなか難しいかもしれない。

 聴覚障害者は、パラリンピックとは別に“デフリンピック”という「ろう者の、ろう者による、ろう者のためのオリンピック」がある。デフのオリンピックということである。
 “デフリンピック”第1回大会は1924年にパリで開催(当時はデフリンピックという名称ではない)、パラリンピックよりもはるかに長い歴史を有しているが絶望的なまでに知られていない。
 そのデフリンピックには男女ともにサッカー競技がある。各障がい者サッカーのなかで女子の世界大会があるのはデフサッカー、デフフットサルのみである。
(電動車椅子サッカーは男女ともにプレーするため、女子選手への門戸が開かれている)。
 デフリンピックとパラリンピックは統合すれば良いではないかという意見もあるが、手話言語や情報保障の問題などもあり容易ではない。
 尚、次回の夏季デフリンピックは来年7月にトルコでの開催が決まっている。

 各障がい者サッカーともに、サッカー単独の世界大会も行われている。世界選手権、ようするにワールドカップだ。
 もっとも歴史の浅いソーシャルフットボール(精神障がい)は今年2月に第1回大会が日本の大阪府堺市で開催され日本代表が優勝を果たした。ワールドカップ開催地で閉幕後におこなわれる知的障がい者サッカーは2014年ブラジル大会でベスト4に進出!
また一昨年2014年に東京渋谷区で開催されたブラインドサッカー世界大会は記憶に新しい。

ちなみに私は、知的障がい者サッカー、デフサッカー、ブラインドサッカー、ソーシャルフットボールの各世界大会を撮影もしくは生観戦した。来年の電動車椅子サッカーの世界大会へも撮影に行く予定だ。

これからの世界大会開催予定は以下。
来年2017年
電動車椅子サッカー 7月 アメリカ
デフサッカー    7月 トルコ(単独の大会ではなくデフリンピック。世界選手権は今年6月イタリアで開催された)
CPサッカー    アルゼンチン

2018年
知的障がい者サッカー スウェーデン(W杯開催地のロシアではなくなったようだ)
ブラインドサッカー スペイン

未定
アンプティサッカー 2016年予定の大会が開催見送り、次回大会未定。
ソーシャルフットボール 


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