ああ、鮫島選手は左サイドを駆け上がり、このあたりからクロスを入れたんだろうなあ。
バックスタンド観客席最前列から見ると、サイドの選手は手が届きそうなくらい近い。
前日に観た皇后杯決勝での鮫島選手、彼女が水色のユニフォームを身に纏い左サイドを駆け上がる姿が脳裏に浮かんだ。
かつての東京電力女子サッカー部マリーゼの本拠地Jヴィレッジスタジアムは、5千人収容のサッカー専用スタジアム、だった。
だがそのピッチ上には、現在原発で働く作業員・職員の方々の宿舎が建っている。
一つ前の記事に書いたように前日皇后杯決勝を観戦した後、その日のうちに福島県浜通り相双地区へ移動。
翌日、南相馬市を中心とした小中学生のマーチングバンド『Seeds+』の短編ドキュメンタリー映画の撮影の一環として福島県双葉郡楢葉町のJヴィレッジスタジアム、そしてJヴィレッジを訪れた(もちろん許可をいただいて)。
Jヴィレッジ内の、かつては天然芝だったピッチは現在も駐車場として砂利が敷き詰められて使用されている。
上から見るならばともかく『駐車場』に足を踏み入れると、かつて天然芝のピッチだった面影を探すほうが大変だ。『DREAM』や『百年構想』の看板、照明塔などにわずかながらの面影を残すのみだ。
人工芝だったピッチにも鉄板が敷き詰められている。人工芝のままの場所も駐車場として稼働。地震の影響なのか駐車場として長年使用されてきたからなのか、タッチラインは大きく湾曲している。
そして少し離れた場所にあるJヴィレッジスタジアム。
ゴール裏の得点板の時計は、地震が起きた時刻のままだ。
また翌日撮影に訪れた別の場所の時計は、津波が襲った時刻で止まっていた。
その他にも3月12日の時点で時が止まったエリア。
3月12日は、放射線からの避難が始まった日だ。
それらの多くのこと、そして多くの思いまでをも短編ドキュメンタリー映画に詰め込むことは出来ないが、もう少し格闘して編集を進めていきたいと思っている。
PS しかし資金難で、編集する時間自体を捻出するのにも四苦八苦。