もう既に何日かたってしまったが、リオデジャネイロパラリンピック予選を兼ねたブラインドサッカーアジア選手権大会が終わった。昨年同じ場所で開催された世界大会の際は観客として観戦したりメディアとして取材したりということもあったのだが、今大会は完全に応援モード。チケットを購入しサポーターとして日本戦全試合を生観戦した。(決勝、日本のパラリンピック出場の可能性が消滅したイランvs韓国戦、その他も観戦)。そこからの目線で大会を振り返ってみたい。
もう既にご存知のかたも多いようにブラインドサッカーのプレー中、観客が声を出すことは厳禁だ。監督、GK、ガイドの声による指示、選手間のコミュニケーション、相手選手の「ボイ」という声などが聴き取れなくなるからである。したがってサポーターが声を出せるのは試合前やハーフタイム、あるいは試合中のわずかな間隙をぬって、ということになる。試合前も選手紹介などの場内アナウンスの妨げにならないようにしなくてはならない。コールリーダーを始めとするサポーターたちもそのあたりのことは既に熟知していて、不慣れな観客に「プレー中に静かにするのも応援です」といったように呼びかける。私自身は何が起こっているかそのすべてを把握したいほうなのでサッカー観戦の際は黙ってピッチを注視しているのが常だが、今回は何が何でもパラリンピック出場権を獲得してほしい。もし自分の声が少しでも選手たちの後押しになるのならば、“全力で応援したい”。そのことだけを胸に会場に通った。声を出さない時は熟視出来るし。
パラリンピック出場権獲得のためには、6か国のうち2位以上に入る必要があった。グループリーグの対戦順は、中国、イラン、韓国、インド、マレーシア。初戦、2戦目といきなりロンドンパラリンピックに出場した両チームと対戦することになった。日本はこの両国のうち、どちらかの上にたつ必要がある。大会前のインタビューで魚住監督は勝ち点11、出来れば12をとりたいと発言している。つまり2連戦で最低でも2引き分け、もし初戦を落とした場合はイランに勝って1勝1敗で乗り切りたいということだろう。
そして迎えた大会初日の中国戦、心配された雨もあがり満員の観客が日本代表を後押しする。仮設スタンドは世界大会の時よりも増設(!)され、三方からすり鉢状にピッチを囲む作りになっている。応援する声もよりダイナミックに選手たちの耳に届くはずだ。例えばハーフタイムには観客全員が立ち上がり高くかざした手をつなぎあう。そしてニッポンコール。つながれた手が徐々にほどかれ頭の上で拍子を刻む。ニッポン!チャチャチャ、ニッポン、!チャチャチャ、…。もちろん私もありったけの念をこめて選手たちに想いを送る。
日本代表は格上の中国相手に、失点を絶対に許さない守備重視のやり方で試合に入っていく。引き分けでも勝ちに等しい日本としては当然の選択だろう。前半はダイヤモンド型にコンパクトに配置されたフィールドプレーヤー、そしてGK佐藤大介(ゴリ)の好守もあり0-0で折り返す。しかし後半7分均衡が崩れる。中国はCK(コーナキック)のチャンスに4人全員が上がる。ファーストディフェンダーの川村玲(リョウ)が中国選手にうまくブロックされ、ワン・ヤーフォンがドリブルで中央に持ち込む。そして一度ボールを止め、ほんのわずかボールを下げる。そのボールの小さな音の動きに黒田智成(トモ)、佐々木ロベルト泉(ロベルト)、田中章仁(アキ)がわずかに反応する。それは日本の選手たちの集中の証。しかしボールを下げたのはワン・ヤーフォンのフェイントだ。1歩2歩とドリブルで前進し、ファーサイドを狙いすましたゴールを放つ。逆を取られたかたちの日本の選手たちの反応が遅れる。ニア側に一瞬重心がかかっていたGKゴリも反応ができない。日本側のミスではなく、中国のうまさでゴールを奪われた。
しかし当然中国に先制されるのは想定内のはず、日本がどう攻撃のスイッチを入れるのか注視した。まずは連続して失点しないようにゲームを落ち着かせる。そしてタイムアウト。その後はリョウが高い位置からプレスをかけ他の3人もラインを上げる。ボール奪取できれば攻撃に転じるという狙いだったのだと思う。だが試合巧者中国を相手に、思うようにいかない時間帯が続く。監督の「ライン上げろ!」という言葉は聞こえてくるものの中国を押し込むことは出来ない。残り時間が8分をきったところでロベルトに代わり加藤健人(カトケン)が投入される。これは明らかに攻撃のギアをもう一段上げるといいシグナル。期待をもって見つめたものの中国ゴールを脅かすことはほとんどできず、0-1の敗戦。完敗とまでは言わないまでも完全にしてやられた敗戦だった。
攻撃のスイッチを段階的にいれていくのではなく、もっと早い時間帯に攻撃のアクセルをぐっと踏み込んだ方がよかったのではないか。リスクマネジメントをしつつ段階的に攻撃的に移行して得点が奪えるほど、中国はヤワな存在ではないのではないか。得失点差を考えても、0-3はまだしも0-2になることを恐れる必要はなかったのではないか。選手のコンディションなどによる諸事情があったのかもしれないが、正直かなり不満の残る試合内容であった。
しかし格上中国に敗れることはスタッフ、選手ともに想定内だろう。その場合は次戦のイランに勝てばいい。というか勝たなくてはならない。
東北大震災の年末にあえて宮城で開催された4年前のロンドンパラリンピックアジア予選、引き分け以上でパラリンピック出場が決まることになったイラン戦、クリスマスイブの寒空のなか祈るような気持でピッチを見つめたことを思い出す。しかし後半に2点を奪われ、するりとこぼれ落ちていったパラリンピック初出場の夢。その悔しさからスタートした魚住ジャパン。“夢”ではなく“現実”に手にするための4年間でもあったはずだ。
勝利が必要な試合で勝ちきることができるのか?
まさに魚住ジャパンの真価が問われる試合となったブラインドサッカー日本代表vsイラン代表の重要な一戦は、くしくもサムライブルーのワールドカップ予選とほぼ同時刻のキックオフとなった。ブラインドサッカーを優先した観客は584人、雨の影響もあったのか前日の中国戦1292人の半分以下となった。
中国代表は昨年の世界大会で目にすることがあったがイラン代表は4年間見たことはなく、大会初日のイランvsインド戦を観戦した。そこで感じたことは、日本の守備はイランの攻撃を抑え込むことなら出来るだろうということ。イランの攻撃力は4年前からさほどあがっているとは思えなかったが日本の守備力は格段にあがっているからだ。
しかしイランから得点を奪うことは出来るのか?
日本vsイラン戦の試合前練習ではイランのGKショジョイヤンを注視していた。背が高いだけでなく体も柔らかく反応も速い。このGKから得点を奪うのは至難の業だ。正直、80%くらいの確率でスコアレスドローに終わる可能性が高いのではと脳裏をよぎる。同時に「そんな予想など蹴散らしてくれ!」と強く心のなかで願う。
この試合でもっとも惜しかった場面は前半終了間際のコーナキックからの黒田智成(トモ)のドリブルシュート! コーナーキックのチャンスを得た日本はカトケン、ロベルトの3人があがる。前日にはほとんど見られなかった光景だ。屈強なロベルトが相手選手をガードし空けたスペースをトモが中央へドリブル、ゴール左隅に左足の強烈なシュートを放つ! しかしイランGKが弾き出す。崩しとしては完璧だった。しかしGKショジョイヤンにとっては、シュートコースが限定されていたということもあり、さほどむずかしいシュートには感じられなかった。
監督が試合終了後に語っているように、危ない場面はほとんどなかった。これは確かに日本の守備力向上のたまものだ。そして世界選手権から課題とされていた攻撃力。その成果がもっとも発揮されるべき日、それがこの日のイラン戦だった。しかし日本は得点を奪うことは出来なかった。それが現実だ。引き分けでよかった4年前には敗れてしまったイラン戦。勝ちにいった2015年は、“負け“に近い引き分けに終わった。
選手たちもかなりショックだったろう。私もへこんだ。帰宅してサムライブルーの試合を録画観戦する予定だったがどうでもよくなった。冷静に考えて予選突破の確率は限りなく低くなった。日本は残り試合全勝しても勝ち点10。一方のイランは中国に負け他の試合に全勝した場合は日本と同じ勝ち点10だが、もし中国と引き分けてしまえば勝ち点が11となり日本は及ばない。イランのGKから中国といえどもそう簡単に点は取れないだろうし、そもそも中国は無理にイランに勝つ必要もない。
そして大会3日目は韓国戦。決して簡単な相手ではない。
この日はキャプテン落合啓史(オッチー)が先発。「オッチー、魂をピッチに注入してくれ!」などと心のなかで叫ぶ。そういえば、4年前の予選で韓国には先制されながらも強烈な逆転シュートを決めてくれたのがオッチーだった。試合は前半14分にトモがFKから先制、後半10分にはGKからのパスをゴール前で受けたリョウが韓国GKと1対1になり2点目。ブラインドサッカーのGKは相手と1対1になっても狭いエリアを飛び出すことは許されない。手が届く位置にあっても手を伸ばすことも許されない。そういう意味ではGKにとって一番悔しい形の失点なのかもしれない。実際、GKチ・チュンミンはとてもとても悔しそうだった。「この悔しさは翌々日のイラン戦にぶつけて、無失点に抑えてくれ!」と密かにスタンドから念を送った。
日本にとっては2-0の快勝となった。
大会4日目は、日本vsインド戦の前にイランvs中国戦が行われた。日本の立場から言えば中国が勝ってイランには敗れてほしい試合。中国に1位抜けしてもらい、イランと勝ち点で並びたいからだ。人づてに聞いた話では、両チームあからさまな引き分け狙いで“ひどい”試合だったらしい。しかし自分の目で見てみないとよくわからないので、見たくはないが後日映像を見てみた。
感想は、(最後の2分間はおいてとくとして)そういうこともあるだろうな、という感じ。
中国はとにかく負けることだけは避けたい。もしこの試合に負けてインドに引き分けると日本と勝ち点で並んでしまうことだってありうる。グループリーグ最終戦のインドによもや負けることはないだろうが引き分けはあり得ないではない。サムライブルーがシンガポールと引き分けたように。
イランとしては勝つことにこしたことがないが絶対に負けることだけは避けたい。そうやって始まった試合は特に中国が極力リスクを回避した戦い方で試合が進んでいく。自陣でボールをキープしている時間帯も多いし、コーナキックも2人しかあがらない。そのため両チームともに決定機はおとずれない。後半に入ると、さらに守備的な色合いが濃くなってくる。しかし、もし一本の縦パスが通るとGKと1対1のビッグチャンスなるようなポジションに、1人の選手が待ち構えている。そんな戦術もあるだろうなという範囲内ではある。穿った見方をするならばアリバイ的にいると思わないではないが、大勝負のかかったグループリーグの、“サッカー”の戦い方としては、そんな戦術もあるだろうなという範囲内に思えた。 そして最後の2分、イランの選手が壁際で「このまま試合を終わらせようぜ」という感じでボールをキープし始める。それに“乗った”中国は体を寄せるだけでボールを取りにいかない。醜悪な光景でせめてもう少し婉曲的にやってよ!とは思うが、仕方ないのかとも思う。
しかしイランと中国の再戦となった決勝での“お約束”の再演は、もはやサッカーではない。ブラインドサッカーではない。強くそう思った。
今大会はパラリンピック予選でもあるが、アジア選手権でもある。思う存分自分たちにサッカーを披露してくれるだろう。アジアのチャンピオンを決めるにふさわしい決勝になることを期待して観戦した。見所も多々あった。例えば中国選手が右に左に切り返してはドリブルを繰り返す。イランの選手たちはボールの音に反応して左右にスライドする。その時になんと言ったらいいか、見えない空間が見えたような気がした。
「ボイ」という文字が淡い光に包まれて空中を左右に動く。淡い光は4つだ。その4つが左右に動いているうちにずれが生じて漆黒の道ができる。その暗闇のスペースめがけて中国選手が飛び込んでいく。思わずスタンドで息を呑んだ。選手たちもそんな映像を見ているのだろうか。聴覚などの情報をもとに、もともとは視覚を司る脳の箇所で映像を編んでいるのだろうか。錯覚や思い込みかもしれないが勝敗や勝ち点のことなど関係なく無心でピッチを見つめることができたため、ブラインドサッカーのブラインドの部分が少し垣間見れたような気もした。
なんてことを思いながら見ているうちに両チームスコアレスで全後半5分ずつの延長戦へ。そして迎えた延長後半、最後の3分間は“お約束”の再演だった。最初意味がわからなかった。GKの力量から考えてイラン側がPK戦に持ち込みたいのかと最初は思った。
何故?何故? 例えば国からの報奨金などが延長で敗れてしまうことと、PK戦まで残って準優勝に終わることで大きな差があるのだろうか? PK戦に持ち込むことで引き分けという記録を残したいのだろうか?そうすれば両国ともに帰国して面目が保てるということだろうか? それともグループリーグの借りを返す? どちらが? などと考えているうちに終了のホイッスルが鳴った。
これじゃあ、パラリンピック予選だけやって決勝なんかやらないほうがいいじゃないか!大会の最後はとてもとても後味の悪いものになってしまった。
両国が何故そのような選択をしたのか、理由はいまだによくわからない。
グループリーグに話を戻す。
もし日本がイランの立場だったとして、中国が超守備的な戦術だった場合は日本も無理はしないでスコアレスドローでいいという戦い方をするだろう。いやしないのかもしれないが、少なくともそうしてほしいと個人的には思う。しかし壁際での“お約束”キープを持ちかけられたらどうするのか? おそらくそこは拒否するのだろう。個人的にはもう少し露骨でない形で引き分け狙いにうまく持っていってくれないかな、とは思うだろう。もちろん仮に日本が“お約束”に乗ったとしても非難しないし、試合後には拍手も送る。このあたりは様々な考え方があると思う。
ともかくイランvs中国戦の結果を受けた日本代表はまずは5−0でインドに勝ち、翌日の韓国vsイラン戦の結果を待つことになった。日本代表のリオパラリンピック行きを願う立場からすると韓国を応援するしかない。ということで「テーハミングッ(大韓民国)」コールだ。
その声が心に響いたかどうかはわからないが前半終了時点で0−0。日本としてはそのまま終わってくれればいい。しかし韓国はパラリンピック出場権をえるためには勝利が絶対に必要。しかし後半イランが先制点を奪う。なんとか韓国に頑張ってもらいたいと選手名や「カジャ!ハングッ(レッツゴー!韓国!)」と叫んだりしたが最終的には0−4と敗れ、日本と韓国のパラリンピック出場の可能性が消滅した…。しかし落ち込む前に、こちらの勝手な都合で応援した韓国にエールを送らなくてはならない。第一声を発したのはちょんまげ隊のツンさんだったろうか。心を込めて「テーハミングッ」と叫んだ。
入れ代わりに日本代表がピッチに入ってくる。数字上は消化試合となった試合の相手は大会を通じて成長したマレーシア。
選手たちは気持ちの切り替えも大変だったろうが、豪雨のなか見守った観客に勝利をプレゼントしてくれた。
そして翌日の3位決定戦では日本代表は韓国にPK戦で敗れ4位に終わった。
4年前の予選と今回の個人的な心情の違いを述べるとすると、前回はただただ悔しい。そして今回は、もやもやに包まれた敗北感。正直言って、今回は一度も「よっしゃー」と心の中から思える瞬間がなかった。
期待が大きかった分、現実を受け入れられないということもあるのかもしれない。私でさえそうなのだから、選手たちはどうなのだろう。未来に向けて無理な言葉を発するのではなく、心を休めてほしい。
このあと、世界大会に引き続き有料での開催は特筆すべきとか、混ざり合う社会とか、障がい者サッカー7団体のうち東京パラリンピックで開催されるのはブラインドサッカーだけとか、サッカーを通じてわかりにくい障害も理解してほしいとか、いろいろ書いていたらグジャグジャになってしまったので、やめときます。
ところで今大会で初めてブラインドサッカーを観たという人がけっこういたのだけど、GKを晴眼者がやっていること、また健常者であるGKの能力が勝敗に直結するということへの素朴な疑問を複数の人から聞いた。視覚障害者が晴眼者からゴールを奪うのもブラインドサッカーの魅力の一つであるが、無得点に終わった試合などは疑問を感じるかもしれない。確かに私自身も9年前に初めてブラインドサッカーを見た時に思ったことだ。その疑問を当時の風祭監督に質問した記憶がある。
夏期、冬期含めて健常者の選手はブラインドサッカーだけなのではないだろうか。冬期パラリンピックの滑降競技のガイドなんて選手以上に選手という気もするけれど。
将来的に、健常者が選手として出場する競技はいかがなものかという議論は出てくるのかもしれない。もう既に議論の俎上に上がったのかもしれない。だかたといってルール変更はかなり難しいだろう。
まあブラインドサッカーは、オリンピックにおける男子サッカー(他の競技は基本的には世界一を決めるがサッカーは年代別の世界一でしかない)のようにパラリンピックのドル箱競技として生き残っていくのかもしれない。
またしてもまとまらなくなってきた。批判とか皮肉で書いているのではありません。誤解なきように。
ちなみに4年前パラリリンピック予選の書き込みはこちら
http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/a230f3a4557ff1e02c3e2b97aae5d50a
http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/b7c3f5090f26b5be26ac2ffdaf4dd8fa