サッカー狂映画監督 中村和彦のブログ

電動車椅子サッカーのドキュメンタリー映画「蹴る」が6年半の撮影期間を経て完成。現在、全国で公開中。

オレンジデイズ そして中途失聴者

2010年07月31日 | 手話・聴覚障害
再放送していたオレンジデイズを初めて見た。
見たことがなかったので疑問ばかりが湧いてきて。
中途失聴者の紗枝は心を閉ざしてしゃべらないで手話しか使わないということのようだが、
手話を覚えるまでは、一切のコミュニケーションを絶ってたの??
何故手話を覚えようと思ったの?
どうやって手話覚えたの?
なぜあんなに手話がうまい設定なの?
なぜしゃべらない?なぜしゃべらせない(ドラマを作った側が)?
櫂(妻夫木)が元々手話が出来る設定みたいだから、
彼とはつながろうと思って手話を覚えたということなのかな????
途中の会を1回見だけだから、わからないのも当たり前かもしれないが。
あ、手話自体はしっかりしていた(私が言うのもおこがましいが)

オレンジデイズはともかく、
中途失聴者は失聴後、聞こえない自分を受け入れるのに長い時間を要する。
自殺を考えた方も多い。
最初のうちは、聞こえない自分を認めたくないため、手話を学ぶ事にも相当抵抗があるようだ。
中途失聴者の大変な部分は、しゃべるのは健聴者とまったく同じなのに聞こえないこと。
私が通っている手話講習会には、中途失聴・難聴者のクラスがあるが、
会話していて、健聴者と全く同じような発音であるため、つい音声言語で答えてしまいそうになる。
わかっていても。






サッカーバカ蔵

2010年07月30日 | 映画「アイコンタクト」について
本日付(30日)のデイリースポーツで「アイ・コンタクト」が取り上げられ、
“映画界のサッカーバカ蔵”と命名される。
名誉なことで。

ところで、コミュニケーションをとるためにボール拾いから距離を縮め、という風な一文があるのだが、
サッカーが好きな方ならお分かりになると思うが、転がってきたボールは蹴りたいんである。
ボール拾いをして手伝っている側面もあるが、ただ蹴りたいだけという側面もあって、合宿に行く時はスパイク・ユニフォームを必ず持参、いつでも手伝いますというか、隙あらばボールを蹴ろうというか。
そうやっていつでも臨戦態勢を整えていたおかげで、人が足りない時にミニゲームに参加。
「しょってるぞー」とか叫ぼうとして聞こえないことに気付き、声によるコミュニケーションがとれない大変さを体験できたりとか。
(続きはまたいつか)




日経新聞夕刊

2010年07月28日 | 映画「アイコンタクト」について

福岡より帰京、羽田から試写会場へ直行。定員を上回る方々が来場。
ありがたい限りだが、階段に座布団を敷いて見てもらったりで少々申し訳なかった。

日本経済新聞7月27日夕刊社会面で、映画「アイ・コンタクト」の事を取り上げてもらう。その中で、ひょっとしたら誤解されてしまうかもしれないと思えた部分があったので補足説明をしたい。以下の部分である。

「聴覚障害者の間でも、聴覚や手話のレベル、受けた教育内容は様々。かつてろう学校では手話が禁止された時代があり、大人になってから手話を覚えた人もいれば、正確な発音方法を身に付けた人も。」

文章上の流れで、大人になってから正確な発音を身に付けた人がいるように誤解する人もいるかもしれないが、大人になってから正確な発音を身に付けた人はいない。
手話を覚えた時期は実に様々で、気付いたら手話を使っていたという人から、本格的に手話を覚え始めたのはチームに入ってからという人までと実に幅広い。ちなみに大人になってから手話を覚えたのは、ろう学校には通わず、一般の学校にインテグレートしていた人達である。インテグレートした人達の中にももっと早い時期に手話を覚えた人ももちろん存在する。

また、ろう学校では、手話が禁止されていた時代でも、先輩から後輩へと手話が伝えられてきたという歴史も有する。