おみくじ 大凶
古い話である。もう名前はお忘れた。なんでも、かなり山深いところにある神社の話だっ
たが、北陸か、信州か、そのら辺りの神社だった.と思う。
この神社にはかなり以前から、子牛ほどもある白キツネが住んでいるといううわさが
絶えなかった。村人の何人かはそれを見たというが、通常の常識をはるかに超えていたので信じる人は少なかった。狐と言えば、人は常識として、犬ほどの大きさだと思うし、白色ではなくてキツネ色を想像する。
ある日この神社の本殿の裏で、首を食いちぎられた、女の死体と、その横に口を人間の血で真っ赤に染めた、子牛ほどもある大きな白キツネが息も絶えだえに横たわっているのが見つかった。
自殺したのは50過ぎた女だった。大量の睡眠薬を飲んで死んだ。致死量の何倍もの睡眠薬の空瓶が3つも脇に転がっていた。が、死因に付いては疑問があった。彼女が意識不明の時に、狐が首を食いちぎったのか、それとも完全に死体になってから、きつねが食いちぎったのか、いずれにせよ、狐にもまた毒が回ったのである。そして狐も間もなく息絶えた。
彼女の手にはこの神社の大凶のおみくじが握られていた。
もしこのおみくじが大吉ならひょっとしたら、彼女は生きる勇気を得ていたかもしれない。そうだとすれば神社も罪なことをしたものだ。神社が人の死を後押しした形になった。神社が人の死を後押ししてどうなるのか。生死の瀬戸際に立った人の背中を大凶のおみくじという風が1押ししてしまったのである。神の言葉というおみくじは暗示を受けやすい人にとっては、何らかの判断を強いられる人が迷い回っているという状況の中では、時として決定的な役割を果たす。そしてこの件で、村ではしばらく論争が続いた。
さてこの事件が起きてから、このことについては、いろいろ報道されたが、彼女の事についてはプライバシもあって、明らかにされなかったのでこれから先は私のフイクションである。
彼女は生まれて間もなく両親に死別した。施設で大きくなった彼女は年ごろになって、
恋愛をして人並みに結婚したが、子供が生まれなかったということで離婚されてしまっ
た。その後いろいろな職業を転々として最後には飲み屋を経営したが、悪い奴にだまさ
れてすべてを失い、大きな借金だけが残った。
サラ金の取り立ての厳しさは日を追ってまし、また背負い切れないほどの気苦労で、神経は極度に疲労した。食欲不振と睡眠不足が続いて正常な感覚で生活する感覚を失っていた。 彼女は崖縁に立たされた。運が悪いというのか、彼女自身の生きる力が弱かったのか、その間、幾人もの人に出会い、救いを求めるサインを送ったが、だれもそれに気付かず救いの手を差し伸べてはくれなかった。
さらに悪いことには、彼女自身が女盛りを過ぎて50の峠にさしかかり、更年期障害の状態のうえに、すり減った体と心を抱えていた。
人はだれでもこのような状態になると精神的に不安定になり、死を考えるようになる。現
世の苦しみを逃れて、死ねば極楽へ行けると希望をつなぐか、そうだと信じて、生と死の
境をさまようのが こういう状況に置かれた人間のふつうの心理であろう。
この点彼女も並だった。しかしもし彼女に身内がいたならどうなっていただろうか。
人間って苦しい状況は何も変わらなくても、自分の苦しい胸の内を相談に乗ってもらえる人がいたら、大分救われた気持になることだってある。また親身になって相談相手になってもらわなくても、最低話を聞いてもらえるだけでも、すっとすることだってある。
自分の胸のつっかえを吐き出すだけでも、大分楽になることもある。運が悪いというのか、ついてないというのか、そういう運命だと言うことなのか、天涯孤独の彼女にはそこのところがなかった。恐らく最後は神さん頼みでおみくじを引いたのだろうが、最悪の神示が出たのだ。おみくじは大凶だった。
彼女は誰に相談することもなく、万策つきて死を選んだんだろうが、何とも悲しい話である。考えてみると条件が悪すぎる。勢いの盛んな年代から、下りに坂にさしかかって、身体が変調を来している所へ、それもだまされて背負わされた借金があり、加えて天涯孤独という境遇で身近に信頼して相談する人もなく、全てを己一人が背負い込んで、どうにもならない所へ自分を追い込んでしまったのである。
彼女は都会を逃れて、縁の薄い父母のふるさとである、この近くの村を訪ねて帰ってきた。
なにがしかの希望の糸をたぐってはみたものの、何の希望の光が差すわけでも無かった。彼女の回りは全てが暗闇だったのだ。
死を覚悟して、彼女は大量の睡眠薬を飲んだ。そして意識がもうろうとして息も絶え絶えになった頃に先ほどの大きな白キツネに出会ったのだ。
彼女が大量の睡眠薬で死にかけているときに、白キツネは動かなくなった人間を食いちぎった。 彼女が用いた睡眠薬はあまりにも大量だったので、首を食いちぎって血をすすっただけで狐にも致死量の睡眠薬が回り始めたのだった。
口を人間の血で真っ赤に染めた白キツネが村人に発見されたときには、狐はまだ生きていたそうな。しかし誰も解毒剤をあたえなかったので、噂の化け物狐も程なくして死んだそうな。 彼女がまだ意識のある内に、この白キツネにかみ殺されたのか、それとも彼女が完全に事切れてその後に、狐が食いちぎったのか、その辺はつまびらかではない。
此の神社の森には子牛ほどもある大きな白キツネが住んでいるという噂は単なる噂ではなく、真実であった。これを疑う村人は今では、もう誰もいない。
古い話である。もう名前はお忘れた。なんでも、かなり山深いところにある神社の話だっ
たが、北陸か、信州か、そのら辺りの神社だった.と思う。
この神社にはかなり以前から、子牛ほどもある白キツネが住んでいるといううわさが
絶えなかった。村人の何人かはそれを見たというが、通常の常識をはるかに超えていたので信じる人は少なかった。狐と言えば、人は常識として、犬ほどの大きさだと思うし、白色ではなくてキツネ色を想像する。
ある日この神社の本殿の裏で、首を食いちぎられた、女の死体と、その横に口を人間の血で真っ赤に染めた、子牛ほどもある大きな白キツネが息も絶えだえに横たわっているのが見つかった。
自殺したのは50過ぎた女だった。大量の睡眠薬を飲んで死んだ。致死量の何倍もの睡眠薬の空瓶が3つも脇に転がっていた。が、死因に付いては疑問があった。彼女が意識不明の時に、狐が首を食いちぎったのか、それとも完全に死体になってから、きつねが食いちぎったのか、いずれにせよ、狐にもまた毒が回ったのである。そして狐も間もなく息絶えた。
彼女の手にはこの神社の大凶のおみくじが握られていた。
もしこのおみくじが大吉ならひょっとしたら、彼女は生きる勇気を得ていたかもしれない。そうだとすれば神社も罪なことをしたものだ。神社が人の死を後押しした形になった。神社が人の死を後押ししてどうなるのか。生死の瀬戸際に立った人の背中を大凶のおみくじという風が1押ししてしまったのである。神の言葉というおみくじは暗示を受けやすい人にとっては、何らかの判断を強いられる人が迷い回っているという状況の中では、時として決定的な役割を果たす。そしてこの件で、村ではしばらく論争が続いた。
さてこの事件が起きてから、このことについては、いろいろ報道されたが、彼女の事についてはプライバシもあって、明らかにされなかったのでこれから先は私のフイクションである。
彼女は生まれて間もなく両親に死別した。施設で大きくなった彼女は年ごろになって、
恋愛をして人並みに結婚したが、子供が生まれなかったということで離婚されてしまっ
た。その後いろいろな職業を転々として最後には飲み屋を経営したが、悪い奴にだまさ
れてすべてを失い、大きな借金だけが残った。
サラ金の取り立ての厳しさは日を追ってまし、また背負い切れないほどの気苦労で、神経は極度に疲労した。食欲不振と睡眠不足が続いて正常な感覚で生活する感覚を失っていた。 彼女は崖縁に立たされた。運が悪いというのか、彼女自身の生きる力が弱かったのか、その間、幾人もの人に出会い、救いを求めるサインを送ったが、だれもそれに気付かず救いの手を差し伸べてはくれなかった。
さらに悪いことには、彼女自身が女盛りを過ぎて50の峠にさしかかり、更年期障害の状態のうえに、すり減った体と心を抱えていた。
人はだれでもこのような状態になると精神的に不安定になり、死を考えるようになる。現
世の苦しみを逃れて、死ねば極楽へ行けると希望をつなぐか、そうだと信じて、生と死の
境をさまようのが こういう状況に置かれた人間のふつうの心理であろう。
この点彼女も並だった。しかしもし彼女に身内がいたならどうなっていただろうか。
人間って苦しい状況は何も変わらなくても、自分の苦しい胸の内を相談に乗ってもらえる人がいたら、大分救われた気持になることだってある。また親身になって相談相手になってもらわなくても、最低話を聞いてもらえるだけでも、すっとすることだってある。
自分の胸のつっかえを吐き出すだけでも、大分楽になることもある。運が悪いというのか、ついてないというのか、そういう運命だと言うことなのか、天涯孤独の彼女にはそこのところがなかった。恐らく最後は神さん頼みでおみくじを引いたのだろうが、最悪の神示が出たのだ。おみくじは大凶だった。
彼女は誰に相談することもなく、万策つきて死を選んだんだろうが、何とも悲しい話である。考えてみると条件が悪すぎる。勢いの盛んな年代から、下りに坂にさしかかって、身体が変調を来している所へ、それもだまされて背負わされた借金があり、加えて天涯孤独という境遇で身近に信頼して相談する人もなく、全てを己一人が背負い込んで、どうにもならない所へ自分を追い込んでしまったのである。
彼女は都会を逃れて、縁の薄い父母のふるさとである、この近くの村を訪ねて帰ってきた。
なにがしかの希望の糸をたぐってはみたものの、何の希望の光が差すわけでも無かった。彼女の回りは全てが暗闇だったのだ。
死を覚悟して、彼女は大量の睡眠薬を飲んだ。そして意識がもうろうとして息も絶え絶えになった頃に先ほどの大きな白キツネに出会ったのだ。
彼女が大量の睡眠薬で死にかけているときに、白キツネは動かなくなった人間を食いちぎった。 彼女が用いた睡眠薬はあまりにも大量だったので、首を食いちぎって血をすすっただけで狐にも致死量の睡眠薬が回り始めたのだった。
口を人間の血で真っ赤に染めた白キツネが村人に発見されたときには、狐はまだ生きていたそうな。しかし誰も解毒剤をあたえなかったので、噂の化け物狐も程なくして死んだそうな。 彼女がまだ意識のある内に、この白キツネにかみ殺されたのか、それとも彼女が完全に事切れてその後に、狐が食いちぎったのか、その辺はつまびらかではない。
此の神社の森には子牛ほどもある大きな白キツネが住んでいるという噂は単なる噂ではなく、真実であった。これを疑う村人は今では、もう誰もいない。