人生の贈り物 朝日新聞から
作曲家の新実徳英さんが、朝日新聞の取材で話されたことである。
「降ってくる音を書き留め作品に 」と言う行がある
常人には理解が難しい台詞であるが、これは何も音楽だけではなく
芸術界や宗教界では 実感できる人も多いのではないか
僕はこのフレーズを実感しながら作曲していた。
(天から)降ってくると言うのか、どこから鳴ってくると言うのか、全然わからないが
、どこからともなく響いて聞こえてくる音楽フレーズを、楽器や歌声を使わずしてキャッチすることがある。
僕は何時、どこで、どんなときに,メロデイが聞こえてくるかはわからないので、すぐ書き留められるように、
いつもポケットに五線紙を用意して持ち歩いている。
そして聞こえているメロデイを書き留めないと、一旦聞き逃すと同じものは再び聞こえてくることはない。だから何があっても書留めを最優先にしている。じっとしていても、歩いていても、会話をしていても、書き物をしていても、ピット聞こえてくる。
丁度流れ星を見ているような現象だ。
僕は自分の意志で作った物ではないから、天空・神の世界から響いてきて、それを僕がキャッチしてノートダウンしていると言うのが現実だ。
別な言い方をすれば、テレビの電波は見えないが、受像器があれば画面に映るように、神がくれる音の波長を僕という受信器が受信するのだと思っている。
僕は楽器や、自分の歌声を使わないで作曲している。
平家物語序章も、延命十句観音経もこうして作曲した。
いや作曲は神様で僕は単にそれを楽譜に移し替えたというのが実際の姿である。八十才を超えてからは聞こえなくなったけれど、こう言う形で五十年間に譜面に落としたのが1000曲以上もある 。
世間的には作曲者は、僕になってはいるが、実際の現実は神様?だと思っている。
まさか作曲者の名前を神様とは書けないから。
でも小林亜星さんみたいに夢の中で作曲したという記憶(鎌様から授かった)は一度も無い。