伊達だより 再会した2人が第二の故郷伊達に移住して 第二の人生を歩む

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ジャコシカ154

2020-09-06 20:21:44 | ジャコシカ・・・小説

 一度訪ねてみたいなどと話しが弾み、その折に、姪御様がその伯母様の所から高校に通われ、卒

 

業後は東京の服飾の専門学校に入り、そして現在は前述の「フローラ」で働いているということを

 

お聞きしました。

 

 そんな話しの中であや様の生家のことに話しが及び、あなた様の名を伺いました。

 

 野木という名に最初私しの記憶は、何の反応も示しませんでした。

 

 「ああ、自分の旧姓と同じ名字だな」と思っただけでした。

 

 しかし、話しが進む内に、突然雷に打たれたような衝撃を受けました。

 

 その人の名は鉄五郎、しかも語られるその人物像が母から伝えられ、かつ残された僅かな写真の

 

記憶と重なるところが多かったのでございます。

 

 

 私の生年月日は昭和9年3月10日、生地は封書の所で誕生からずっと変わっていません。

 

 父鉄五郎は大工で、私が3歳の時突然家を出て、以来行き方知れず生死も分かりません。

 

 

 私には父の記憶は、3歳の時別れたのですから殆んど何もありません。幽かで断片的なそれと覚

 

しきものも、後で紛れこんだものか、あるいは自分が創り上げたものなのか定かでありません。

 

 

 さて、ここまでお読みいただきまして、手紙はまだごみ箱かストーブの中に投げ入れられていま

 

せんでしょうか。

 

 未だあなた様の掌の中にあり、しぶとくも眼を煩わせ、さらにその先に関心を繋げておられるの

 

であれば、次に母について語らせて頂きたく思います。

 

 

 母の名は春江、旧姓は高田と申します。

 

 昭和8年2月、24歳で父と結婚、7年前の昭和30年6月10日46歳で病のため亡くなりました。

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