退屈しないように シニアの暮らし

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さて何をしようか

幸福な世界

2015-02-22 06:35:02 | 韓で遊ぶ


最後の旅

深い山奥の村に70歳の年老いた母と暮らす息子がいました。
息子は村中に知れた孝行者でした。息子は、ややもすると老い先短いと泣き言を言う母の面倒を良く見ていました。
母のしわの多い手をとって爪を切ってあげていたある日、母が遠慮がちに聞きました。
「ここからは遠いだろうね。」
「どこのことだい。母さん。」
「あの、ソウルとか言うところだよ。」
「何で、行きたいのかい。」
「いや、この有様で行くって、どこに行けるもんか。」
生まれてから、ただの一度も山を越えて村の外に出たことのない母でした。70歳の母は、死ぬ前にたったの一度でいいから広い世界を見たいというのが願いでした。
もう、何回目になるかわからないソウルの話でしたが、車に乗れば酔ってしまい、村の中の外出でさえままならない母が、この山の村からソウルまで行くと言うことは、ただ事ではありませんでした。
「かあさん、、、」
ある日、息子はリヤカーを改造して横になれるようにして、生涯ただ1回もしたことのない母のソウル見物を準備しました。
「母さん、ソウル見物させてあげるよ。」
「本当かい。今行くのかい。」
母は幼い子供のように喜びました。
「そうだよ、母さん。」
その姿を見ている息子の口元にも穏やかな笑みが浮かびました。
「ちょっと待ってよ。ならば荷物をまとめないと。」
母が荷作りしようとたんすの奥深くから取り出したのは、きれいに畳んで風呂敷に包んでしまっておいた死に衣装でした。
「いや、これを何で。」
息子は当惑しましたが、母の気持ちがわかるようで、どうしてもやめさせることができませんでした。もしかしたら、生涯最後の旅行になるかも知れないと言う思いがしたからです。
息子はリヤカーを引いて山を越えて川を渡りました。額の汗をぬぐって息子は母が喜ぶ姿を思ってがんばりました。ですが気持ちとは違って長い旅行に力が尽きた母はだんだん元気がなくなって行きました。
道で寝て、道で目を覚ます日が何日か続きました。
母と息子の特別な自家用車が丘を越えて、とうとうソウルの入り口に到着した時、息子はただ慟哭してしまいました。
あんなに恋しかった新転地がすぐ目の前なのに、母親は死に衣装の包みをしっかりと胸に抱きかかえたまま息を引き取っていたのです。
コメント
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