こんばんは。
今日も今日とて、日中冷え込みました。
とはいえ朝方は雲が多かったものの昼間は大分晴れ間も覗きましたので、日の当たる時は結構ましだったように思います。
毎日、うちのすぐそばで立っておられる警備員さん、日が照る随分楽よとか言われますけれど空気そのものが冷えてるようで、お世辞にも楽とは
言いがたいのでは、と感じておりました。
そんな日の朝は雲で覆われ、きんとするような冷たさはないものの寒いのには変わりなかったようですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/7d/abc86164ba7d695d89e8ce25b5871929.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/d1/c79c2fd459790efa24aa2b864f5528e0.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/1c/a35240bd2c47e4a45281fe08310f3fef.jpg)
三枚目のはバスで車屋さんに行く途中で撮ったものです。
天使のはしごと言われる、とても綺麗な日の射し方だったのですけれど、写真だと今一つのようですね。
昨日申しておりましたように、今日は井戸の埋め戻しのお祓いに参らせて頂きました。
どこでもそうなのでしょうけれど、最近は古い井戸や畑に撒くようにと作られていた井戸等も段々と使われなくなり、全て更地にしてその上に
新たな建物を建てるようになってきておるようです。
これもまた申しましたけれど、井戸を掘るのは相当な労力とそれに伴う金銭的なものもかなり発生致します。
飲み水として使わなくても、夏場の水やりとか洗車等に使うのであれば十分賄えると思うのですけれど、なんとも勿体無い話だなぁ、とつい
考えてしまいます。
埋め戻した上で今度は新たに水道管を引き込んでくる、ついなんだかね;と感じるのは古い人間の証拠ですね;。
とは申せ、これも仕事として承りましたので、井戸におられました神々に失礼のないようお帰りして頂くお祭りをさせて頂きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/65/d769686a4ecb9198b85b7bc829ecd96a.jpg)
お祭りを始めたのはちょうど正午頃でこれくらいの時間ですと陽射しもかなりあり、空気は冷たいものの寒くてかなわないというほどではあり
ませんでした。
雪等も当然降っておらず、その意味ではお天気に恵まれ良い日に外祭(がいさい)、読んで字の如し、外でのお祭が出来て良かったと感じてお
ります。
ご依頼して頂いた方はお互い馴染みとなった俗に言う土建屋さん(ちょっと言葉悪いですけれど;)の社長さんです。
これもまた以前に申したかと思いますけれど、昨今工事に入る前にお祓い等のご依頼を受けるのはこの土建屋さんが主でして不動産関係という
のか上もの、いわば家を建てる段階に入る時の業者さんといわれる方々からはどうしてか、あまりお声が掛かりません。
もっとも、うちのような零細なところではなく、より大きな神社さん等へご依頼されるからかもしれませんけれど;。
そうだとしても、地鎮祭やそのようなお祭り自体が減ってきておりますのは事実です。(それもうちだけかもしれませんけれど;)
その土地に坐します諸々の神々、そのような存在に対して敬意を表す意味に於いても古より自分たち日本人がごく当然のように致してきた一種の
儀式ではありますけれど、これはやはりなされて然りかと考えます。
自分たち人間だけが住まっておるわけではありません。
元々、誰のものでもない土地を人間が後であれこれと理由をつけて己が物としたのならば、せめてそこに住まわせて頂くのだからという敬虔な心
をもって致すべきなのではとも考えます。
一番最初に工事を行うこのような土建屋さん方は、やはり直接に土地を触る(という言い方しか思いつかなかったのですけれど)わけですので
特に井戸等は後々何かあっては困るとお考えの方が殆どらしく、ちゃんとお祓いしてほしいと言ってこられます。
何かあるとはどういうことか、と具体的に説明は出来ずとも、やはり長年使ってきておられた井戸にはそれなりの神様等がおられるであろうから
こそ、その神々に対して失礼のないよう、もっと言えば要するに祟り障りのないように、ということなのだと思います。
このことは以前にも同じようにお話したかと思います。
それだけ水というのは大事なものだということなのでしょうね。
今日はその土建屋さんの従業員の方と、そこへ新たに住居を建てる側の建築屋さんの双方の方がお祭りに参加されました。
その祭りに入る前にどれくらいの深さの井戸なんでしょうね、とコンクリの蓋をずらして中を覗き込んでみますと、大よそ6メートル強程の
深さがありました。
上から覗き込みながら話をすると、井戸の壁に声が反響して響くくらいでした。
底にはまだ水が見えており、昨日も申しましたようになんとはなしにそこへずっと佇んでおるような龍の姿を感じるのでした。
祭りを始めて祝詞を奏上し井戸そのもののお清めを致す際、先ほど感じた龍にもどこかで詫びる思いを抱きながら井戸の中へ塩やお酒等を撒いて
いきました。
祭りの最後、昇神(しょうしん)と申しまして、此処へ坐しました神々、また気持ちの中ではその龍をも元の神倉(みくら)へお帰り下さいと警蹕
(けいひつ)のおーーーという声をあげさせて頂きました。
神々は祀られておられるであろう社、或いは水の源流でしょうか、お帰りになられたかと存じます。
龍は、これはいつも申しておりますようにあくまでも自分の想念の中でのものですけれど、その身体を翻すかの如く、水底深くから駆け上がって来
太陽の光にその鱗の一枚ずつを煌かせながら、それまでは灰色に燻っていたかのような体色を鮮やかな青とも緑とも取れる色に塗り替えるように
して輝きながら飛び立っていったように感じられました。
それまで井戸の底で、曲がりなりにも自分の役目を果たしていたやもしれませんが、今はそれも忘れられ、己が存在すら覚束ない様であったかの
ような龍でしたけれど、ひとたび自由を得た身は龍本来の姿へと今一度生まれ変わり、果てない空へと駆け去って行ったようでした。
実際には井戸をお祓い致すことで、これまで水を頂いてきたことへの感謝とこれからそこを普通の土地として使えるようにするという事を申し
上げるお祭りですけれど、今回は古井戸におりました(と勝手に感じていた;)龍をそこの場所から解放させて頂けたのかもしれません。
野生の鳥獣類、時として手負いとなり図らずも人の手により治療等を施され然る後にまた自然へとかえされることがありますけれど、この度の
この龍も、後になり思ったのはそのような感じでした。
井戸へ捕らえられていたというわけではありませんけれど、先にも述べたように己が役目も果たせなくなった龍は自分が居ることすら虚しく感じ
ておったのでは、と思えたのでした。
今回、井戸を廃すという事から、これもまた思いがけず龍自身がそこから解放されるという運びになったのかとも感じております。
どこへ翔けて行ったのか、それこそ龍に尋ねなければわかるはずもありませんけれど、どうぞ自由を存分に味わった後は己が持てる才能を十分に
果たしてもらえれば、と考えます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/c7/2aca60280780e0358174403a33dc8ba2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/06/a294887c67e9cad3687bf3ab94896c4c.jpg)
今日は井戸のお祓いについて書かせて頂きました。
たまには;?神主らしいことしないと、ですね;。
お祭りの後はどうしたか、また気が向けば明日にでも綴ってみたいと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/21/e4a5d3fd330d94676cc973a26e442dd7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/a3/4b239619b547ee37bf61bf180209cfa7.jpg)
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。
今日も今日とて、日中冷え込みました。
とはいえ朝方は雲が多かったものの昼間は大分晴れ間も覗きましたので、日の当たる時は結構ましだったように思います。
毎日、うちのすぐそばで立っておられる警備員さん、日が照る随分楽よとか言われますけれど空気そのものが冷えてるようで、お世辞にも楽とは
言いがたいのでは、と感じておりました。
そんな日の朝は雲で覆われ、きんとするような冷たさはないものの寒いのには変わりなかったようですね。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/7d/abc86164ba7d695d89e8ce25b5871929.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/17/d1/c79c2fd459790efa24aa2b864f5528e0.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/50/1c/a35240bd2c47e4a45281fe08310f3fef.jpg)
三枚目のはバスで車屋さんに行く途中で撮ったものです。
天使のはしごと言われる、とても綺麗な日の射し方だったのですけれど、写真だと今一つのようですね。
昨日申しておりましたように、今日は井戸の埋め戻しのお祓いに参らせて頂きました。
どこでもそうなのでしょうけれど、最近は古い井戸や畑に撒くようにと作られていた井戸等も段々と使われなくなり、全て更地にしてその上に
新たな建物を建てるようになってきておるようです。
これもまた申しましたけれど、井戸を掘るのは相当な労力とそれに伴う金銭的なものもかなり発生致します。
飲み水として使わなくても、夏場の水やりとか洗車等に使うのであれば十分賄えると思うのですけれど、なんとも勿体無い話だなぁ、とつい
考えてしまいます。
埋め戻した上で今度は新たに水道管を引き込んでくる、ついなんだかね;と感じるのは古い人間の証拠ですね;。
とは申せ、これも仕事として承りましたので、井戸におられました神々に失礼のないようお帰りして頂くお祭りをさせて頂きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/65/d769686a4ecb9198b85b7bc829ecd96a.jpg)
お祭りを始めたのはちょうど正午頃でこれくらいの時間ですと陽射しもかなりあり、空気は冷たいものの寒くてかなわないというほどではあり
ませんでした。
雪等も当然降っておらず、その意味ではお天気に恵まれ良い日に外祭(がいさい)、読んで字の如し、外でのお祭が出来て良かったと感じてお
ります。
ご依頼して頂いた方はお互い馴染みとなった俗に言う土建屋さん(ちょっと言葉悪いですけれど;)の社長さんです。
これもまた以前に申したかと思いますけれど、昨今工事に入る前にお祓い等のご依頼を受けるのはこの土建屋さんが主でして不動産関係という
のか上もの、いわば家を建てる段階に入る時の業者さんといわれる方々からはどうしてか、あまりお声が掛かりません。
もっとも、うちのような零細なところではなく、より大きな神社さん等へご依頼されるからかもしれませんけれど;。
そうだとしても、地鎮祭やそのようなお祭り自体が減ってきておりますのは事実です。(それもうちだけかもしれませんけれど;)
その土地に坐します諸々の神々、そのような存在に対して敬意を表す意味に於いても古より自分たち日本人がごく当然のように致してきた一種の
儀式ではありますけれど、これはやはりなされて然りかと考えます。
自分たち人間だけが住まっておるわけではありません。
元々、誰のものでもない土地を人間が後であれこれと理由をつけて己が物としたのならば、せめてそこに住まわせて頂くのだからという敬虔な心
をもって致すべきなのではとも考えます。
一番最初に工事を行うこのような土建屋さん方は、やはり直接に土地を触る(という言い方しか思いつかなかったのですけれど)わけですので
特に井戸等は後々何かあっては困るとお考えの方が殆どらしく、ちゃんとお祓いしてほしいと言ってこられます。
何かあるとはどういうことか、と具体的に説明は出来ずとも、やはり長年使ってきておられた井戸にはそれなりの神様等がおられるであろうから
こそ、その神々に対して失礼のないよう、もっと言えば要するに祟り障りのないように、ということなのだと思います。
このことは以前にも同じようにお話したかと思います。
それだけ水というのは大事なものだということなのでしょうね。
今日はその土建屋さんの従業員の方と、そこへ新たに住居を建てる側の建築屋さんの双方の方がお祭りに参加されました。
その祭りに入る前にどれくらいの深さの井戸なんでしょうね、とコンクリの蓋をずらして中を覗き込んでみますと、大よそ6メートル強程の
深さがありました。
上から覗き込みながら話をすると、井戸の壁に声が反響して響くくらいでした。
底にはまだ水が見えており、昨日も申しましたようになんとはなしにそこへずっと佇んでおるような龍の姿を感じるのでした。
祭りを始めて祝詞を奏上し井戸そのもののお清めを致す際、先ほど感じた龍にもどこかで詫びる思いを抱きながら井戸の中へ塩やお酒等を撒いて
いきました。
祭りの最後、昇神(しょうしん)と申しまして、此処へ坐しました神々、また気持ちの中ではその龍をも元の神倉(みくら)へお帰り下さいと警蹕
(けいひつ)のおーーーという声をあげさせて頂きました。
神々は祀られておられるであろう社、或いは水の源流でしょうか、お帰りになられたかと存じます。
龍は、これはいつも申しておりますようにあくまでも自分の想念の中でのものですけれど、その身体を翻すかの如く、水底深くから駆け上がって来
太陽の光にその鱗の一枚ずつを煌かせながら、それまでは灰色に燻っていたかのような体色を鮮やかな青とも緑とも取れる色に塗り替えるように
して輝きながら飛び立っていったように感じられました。
それまで井戸の底で、曲がりなりにも自分の役目を果たしていたやもしれませんが、今はそれも忘れられ、己が存在すら覚束ない様であったかの
ような龍でしたけれど、ひとたび自由を得た身は龍本来の姿へと今一度生まれ変わり、果てない空へと駆け去って行ったようでした。
実際には井戸をお祓い致すことで、これまで水を頂いてきたことへの感謝とこれからそこを普通の土地として使えるようにするという事を申し
上げるお祭りですけれど、今回は古井戸におりました(と勝手に感じていた;)龍をそこの場所から解放させて頂けたのかもしれません。
野生の鳥獣類、時として手負いとなり図らずも人の手により治療等を施され然る後にまた自然へとかえされることがありますけれど、この度の
この龍も、後になり思ったのはそのような感じでした。
井戸へ捕らえられていたというわけではありませんけれど、先にも述べたように己が役目も果たせなくなった龍は自分が居ることすら虚しく感じ
ておったのでは、と思えたのでした。
今回、井戸を廃すという事から、これもまた思いがけず龍自身がそこから解放されるという運びになったのかとも感じております。
どこへ翔けて行ったのか、それこそ龍に尋ねなければわかるはずもありませんけれど、どうぞ自由を存分に味わった後は己が持てる才能を十分に
果たしてもらえれば、と考えます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/c7/2aca60280780e0358174403a33dc8ba2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/06/a294887c67e9cad3687bf3ab94896c4c.jpg)
今日は井戸のお祓いについて書かせて頂きました。
たまには;?神主らしいことしないと、ですね;。
お祭りの後はどうしたか、また気が向けば明日にでも綴ってみたいと思います。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/21/e4a5d3fd330d94676cc973a26e442dd7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/a3/4b239619b547ee37bf61bf180209cfa7.jpg)
本日もこのブログへのお付き合い、真に有難うございました。
感謝申し上げます。