油屋種吉の独り言

日記や随筆をのせます。

かわいいお客さま。  (1)

2022-11-16 08:43:55 | 小説
 このところ、体の調子があまり良くない。
 とりわけ生来の皮膚の弱さがたたり、ぬく
もると、足といわず手といわず、たちまちか
ゆくなってしまう。

 すり傷、切り傷はご法度だ。
 ひどい時は、湿気の帯びた個所が、かびに
やられたりした。

 わたしは暇さえあれば、まるでお天道さま
にたよろうとするかのように、縁側にすわり
こんだ。
 「日向ぼっこかね」
 となりの奥さんに、よく笑われた。

 ある日の夜、どうしたことか、とりわけ寝
つきがわるかった。

 目を閉じても、わるい夢ばかり見る。
 (起きて、本でも読んだほうがいい)

 わたしはそう思い、ベッドの上でゆっくり
体を起こした。

 ゆうべから冷たい雨がトタン屋根をたたい
ていた。
 秋から冬へと季節が、確かな足取りで、め
ぐりだしていた。

 夜半はめっきり肌寒い。

 二枚のかけぶとん、ずいぶんと軽い。
 それらを一枚ずつ、両手でつかみ、足もと
に寄せると、ていねいに折りたたんだ。

 トントントン、トントン。
 ふいに子どものものと思われる足音を耳に
し、わたしは一瞬からだをこわばらせる。

 寝室わきに踊り場がある。
 その子がそこにのぼり着いたのか、かろや
かな音がやんだ。

 (今ごろ、誰だろう。階下の家族おとなふ
たりはすでに眠っているはず)

 それがあかしに、時おり、一番上のせがれ
の高いびきが二階まで響いていた。

 孫はいるが、車で二十分以上もかかる市街
地に住んでいる。

 理屈の通らない突然のできごとに、わたし
は恐れおののいた。

 ぴっちり閉められたふすまの向こうに、誰
かが立っている。
 そう思うとやたらと、胸がさわいだ。

 最近、今ひとつ、物事を判じられなくなっ
た。この音はこうであると、容易に断じるこ
とができない。

 しかたなくわたしは老眼鏡のかけない、あ
たりのよく見えない眼で、わきにある置き時
計を観ようとした。

 天井を見上げ、腰を浮かす。
 右腕をぐっと突き上げ、垂れ下がっている
紐を、やっとの思いで引っぱった。

 豆電球が淡い光が消え、間もなく、蛍光灯
二本分だけ部屋が明るくなった。

 両目をほそめ、わきにある机の上の置き時
計を眺めた。

 細長い針が音もたてずに、半径が五センチ
くらいの円を描いている。
 長針と短針が、ちょうど午前二時を、形づ
くっていた。

 よしっとかけ声をかけると、わたしはパジャ
マ姿のまま、ふすまを開けようと歩きだした。
 
コメント (1)
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