2024 4月12日 (金曜日) 曇り日→晴れ

朝方が涼しい
昨日の午前中に畑全体を軽く耕運機がけをしておいたので
その一部にサクを作って小松菜の種を蒔いておく。
〇ワケギ・シュンギク・カキ菜を獲って義姉に・・
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庭の日陰にニラバナが咲く。

昨日、友人宅に用事もあって出かける。
庭に綺麗な花が咲く。

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昨夕方、忍城に寄ってみた。

サクラは既に散り始めている。

この光景を見ると
退職時なんか書けというのでこれを書いた。
〇”散る桜 残る桜も 散る桜”・・が浮かぶ。
夕方16時も回ったが古墳公園に再度寄ってみた。雲も出て少し涼しくなった。
桜も色は変わってきたが大木の幹に、隠れるようにして小さい花が咲く

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話は戻って
〇交換が遅くなったがタイヤをノーマルに交換に行った。
行きつけですぐにやってもらった。
気温がぐんぐん上がってきた。


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新潟日報 日報抄 記事

県内でもあちこちで桜が満開になり始めた。
記録的な猛暑と日照り、そして暖冬少雪を経ても、
いつものようにきれいな花を咲かせる自然の力に恐れ入る
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▼詩人の
萩原朔太郎の作品に花見をうたったものがある。
きらきらとした日の光を受けた桜の下で戯れる
「青春の男女」に思いを寄せ
「いかに幸福なる人生がそこにあるか」「よろこびが輝いてゐることか」と詠んだ
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▼ただし「憂鬱(ゆううつ)なる花見」と題したこの詩は、
朗らかなる光景とは対照的に
「暗い室内にひとりで坐(すわ)る」自分にとって、
花見の歌声が「かぎりなき憂鬱のひびきをもつてきこえる」と吐露する。
「閉ぢこめたる窓のほとりに力なくすすりなく」とすらある
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▼心情をどこまで読み取れているか分からないが、
共感の思いで引用した。
年齢を重ね、淡いピンクの花びら群を素朴に美しいと思えるようになったが、
人並みながら挫折を味わった若いころは、咲き誇る桜のまぶしさが疎ましかった。
浮き立つように明るければ明るいほど、惨めな思いを際立たせた
〇共感するところもあるなあ~!
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▼寒暖差が激しい春は生活環境の変化もあり、
心身に変調を来しやすい季節とされる。
新生活に期待したい一方で、
ストレスで心沈む時間を過ごしている人も少なくないのでは。
花に心を向ける余裕もないかもしれない
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▼でも、同じような心境の人がいる、自分だけじゃない-と思えたら、
気持ちもちょっと楽になる。
「日本近代詩の父」とされる朔太郎の詩が時代を超えて読み継がれていることが、
その証しではないか。
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荻原朔太郎のことは群馬が勤務先であったので前橋市もよく出かけた。
前橋の敷島公園はバラで有名だ。この公園の中に下の詩の碑”帰郷”があって
私は気に入っている。
〇上毛新聞社を訪れたのも20代後半のころだ!
若手社員で作ったのリーダクラブで訪問をして
記事を書く時の注意や基本を学んだ!ことも今になって思い出される。
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〇
わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔[ほのほ]は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
「帰郷」(『氷島』1934)より
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なんか情景が鋭く思い起こせる碑であった。
すごいと思った20歳後半のころだったなあ~
あの頃の感受性は消えてしまったなあ~・・・