2008年、ようやくコレを見つける事が出来た。たかが抜け殻だが、これを見て、ああ、夏が来たねー!という感じである。
2008年夏に布石を残した「寝台特急はやぶさで行く、九州撮り鉄・乗り鉄の旅」の2人旅を総括をしてみたい。
結論・結果は、「大成功」だった。同伴の方の尽力ぶりには脱帽で、何から何までやってもらい、感謝の言葉が見つからないくらい有り難いと思っているしうれしかった。また、この様子を沢山の方がご覧頂けかつコメントまで頂けた事にも、感謝を申し上げたい。
ひさひざの遠征で、2年2ヶ月半ぶりの鉄道長距離紀行となった。もともと、出無精癖があり、遠くへ行く事はなく、ましてや移動と滞在時間が1日以上かかるということ、それがひとりでもなければ、親兄弟等の身内親戚と共に行うものではないのは、学生時代の修学旅行は除けば、本当に経験回数が足りないので、大あらわになるのは言うまでもない。特に心情的な面で。 10年位前に、かつて友人だった人間と人生初の「大阪地区乗鉄ツアー」を3日間程だったと思うが挙行した。しかし、「様々な見知らぬ電車に乗れた」事を除けば、それは私は失敗だったと思う。ツアーの時間が経過するにつれ、友人との会話の口数は少なくなるは、電車に乗ってばかりで飽きて来た、と言われるは、お前の乗車マナーはなっ
ていない等、欠点を言われたりした面ばかりが後に残っている。特にそのツアーの最終日に乗った最初で最後になった500形新幹線「のぞみ」号車中は、いまだに嫌な思い出が染み付いたままである。疲れもあったんだろうが、鬱屈とした空気は思い出したくもないし、2度と体験したくも無い。たとえ、私に多くの事で責任があったのを認めたとしてもである。
そんな経緯から、かなり今回も、やれるかは不安だったし、問題が起こりそうなので、ツアー参加を断ろうかと思っていたし、切符も手配がつかないだろうと思っていた。また、10年前と同じ事が起きるんじゃないか…という思いがあったし、同伴の方は、常日頃、顔を会わす方なので、余計であった。人間関係やら信頼関係やらが壊れないか、とても心配だった。
それは、2年前のつよんじゅん様プロデュースの『‘‘急行かすが,,オフ』に『名阪オフ』についても同じだったが、それらのオフ会の前に、何回か遠出はしないようなオフ会は行っていたので、多少なりとも不安は少なかったが、心配はしていた。
こんな遠征となると、やはり自分という人間性が否応なしに出て来て、良いも悪いもさらけ出るので、恐ろしいには恐ろしく、ダメダメ人間の私にとっては、相手にあまり自分の事を悟られてしまうと、「嫌われ」たり「馬鹿にされ」たりがあるので、出来ることならば、避けたい所だったりする。ましてや私は悪い意味での「おしゃべり」な人間なので、言わなければ良い事も口にしてしまうし、2人で沈黙が長い間経過する事が嫌な質なので、ついつい話のネタ的に、話してしまうし、ポカもしでかす。
旅ではないが、一度、しっこたまクダラナイ醜い心の深淵まで含めた話をしまくって、友人を辞められた事すらあったりするので、自分を抑えるようにしていてはいるが、焼石に水である。今回も500パーセントやってしまったので、同伴の方には多大なる苦労をかけてしまった事は言うまでもない。人前になると、やたらとなりふりかわまず的に「ハイ」になる癖があるから余計である。それは、つよんじゅん様達も感じている不可解な私の面だろうと思うし、ヤバイなとは思っている。それは、「相手に嫌われたくなくて、相手にされないのが怖いから」だという事が、今回で解ったので、もし出来る事ならば、ご理解を頂きたい。
「客車寝台特急」に「九州地区のJR特急」に「西鉄特急」と、鉄分は濃厚で、写真撮影(撮り鉄)も初体験し、かつ、撮影場所(これは、同伴の方があるインターネットのサイトで見つけた)で自然と戯れる事が出来、全ての話を静かに聞いてくれた同伴の方と時間を過ごせ、相互間の理解が深まった事が、初めに話した「満足」の根拠である。
反面、寝台特急列車を不慣れな駅での写真撮影で被写体を隠してしまう位置に立って撮影しまい怒鳴られた事、貴重品を宿泊施設に忘れて取りに戻った事と言った思い出したくない記憶も残し、同伴の方には多大なる迷惑をかけてしまった事は、失敗と共に多いに考え直さなければならない事である。幸にして今回は、それが大きく日程に左右しなかったのは、奇跡が起きたとしか良い様が無いし、許して頂いた同伴の方の寛大さには、感謝しきれない。ありがとうございます。
以上が、今回の総括である。こんな風に、日々、満足が行き楽しめる生活を送りたいと切に思うし、全ての人がそうなれれば、なお、良い。
結論・結果は、「大成功」だった。同伴の方の尽力ぶりには脱帽で、何から何までやってもらい、感謝の言葉が見つからないくらい有り難いと思っているしうれしかった。また、この様子を沢山の方がご覧頂けかつコメントまで頂けた事にも、感謝を申し上げたい。
ひさひざの遠征で、2年2ヶ月半ぶりの鉄道長距離紀行となった。もともと、出無精癖があり、遠くへ行く事はなく、ましてや移動と滞在時間が1日以上かかるということ、それがひとりでもなければ、親兄弟等の身内親戚と共に行うものではないのは、学生時代の修学旅行は除けば、本当に経験回数が足りないので、大あらわになるのは言うまでもない。特に心情的な面で。 10年位前に、かつて友人だった人間と人生初の「大阪地区乗鉄ツアー」を3日間程だったと思うが挙行した。しかし、「様々な見知らぬ電車に乗れた」事を除けば、それは私は失敗だったと思う。ツアーの時間が経過するにつれ、友人との会話の口数は少なくなるは、電車に乗ってばかりで飽きて来た、と言われるは、お前の乗車マナーはなっ
ていない等、欠点を言われたりした面ばかりが後に残っている。特にそのツアーの最終日に乗った最初で最後になった500形新幹線「のぞみ」号車中は、いまだに嫌な思い出が染み付いたままである。疲れもあったんだろうが、鬱屈とした空気は思い出したくもないし、2度と体験したくも無い。たとえ、私に多くの事で責任があったのを認めたとしてもである。
そんな経緯から、かなり今回も、やれるかは不安だったし、問題が起こりそうなので、ツアー参加を断ろうかと思っていたし、切符も手配がつかないだろうと思っていた。また、10年前と同じ事が起きるんじゃないか…という思いがあったし、同伴の方は、常日頃、顔を会わす方なので、余計であった。人間関係やら信頼関係やらが壊れないか、とても心配だった。
それは、2年前のつよんじゅん様プロデュースの『‘‘急行かすが,,オフ』に『名阪オフ』についても同じだったが、それらのオフ会の前に、何回か遠出はしないようなオフ会は行っていたので、多少なりとも不安は少なかったが、心配はしていた。
こんな遠征となると、やはり自分という人間性が否応なしに出て来て、良いも悪いもさらけ出るので、恐ろしいには恐ろしく、ダメダメ人間の私にとっては、相手にあまり自分の事を悟られてしまうと、「嫌われ」たり「馬鹿にされ」たりがあるので、出来ることならば、避けたい所だったりする。ましてや私は悪い意味での「おしゃべり」な人間なので、言わなければ良い事も口にしてしまうし、2人で沈黙が長い間経過する事が嫌な質なので、ついつい話のネタ的に、話してしまうし、ポカもしでかす。
旅ではないが、一度、しっこたまクダラナイ醜い心の深淵まで含めた話をしまくって、友人を辞められた事すらあったりするので、自分を抑えるようにしていてはいるが、焼石に水である。今回も500パーセントやってしまったので、同伴の方には多大なる苦労をかけてしまった事は言うまでもない。人前になると、やたらとなりふりかわまず的に「ハイ」になる癖があるから余計である。それは、つよんじゅん様達も感じている不可解な私の面だろうと思うし、ヤバイなとは思っている。それは、「相手に嫌われたくなくて、相手にされないのが怖いから」だという事が、今回で解ったので、もし出来る事ならば、ご理解を頂きたい。
「客車寝台特急」に「九州地区のJR特急」に「西鉄特急」と、鉄分は濃厚で、写真撮影(撮り鉄)も初体験し、かつ、撮影場所(これは、同伴の方があるインターネットのサイトで見つけた)で自然と戯れる事が出来、全ての話を静かに聞いてくれた同伴の方と時間を過ごせ、相互間の理解が深まった事が、初めに話した「満足」の根拠である。
反面、寝台特急列車を不慣れな駅での写真撮影で被写体を隠してしまう位置に立って撮影しまい怒鳴られた事、貴重品を宿泊施設に忘れて取りに戻った事と言った思い出したくない記憶も残し、同伴の方には多大なる迷惑をかけてしまった事は、失敗と共に多いに考え直さなければならない事である。幸にして今回は、それが大きく日程に左右しなかったのは、奇跡が起きたとしか良い様が無いし、許して頂いた同伴の方の寛大さには、感謝しきれない。ありがとうございます。
以上が、今回の総括である。こんな風に、日々、満足が行き楽しめる生活を送りたいと切に思うし、全ての人がそうなれれば、なお、良い。