『ティステルの足跡 -明かされなかった話-』
「紹介が遅れたね、これは俺の家内のタティアーナ」
「初めまして、コーランの昔のお友達の方ですね」
そういって、差し出された右手に、ティステルは戸惑いを覚えた。
(手なんか握れるかよ)
頑なな気持ちでティステルがそれを拒もうとした時だった。
「おお、コーラン、ここに居たか」
エワルドとカスパルの2人がやって来た。
「きれいな奥さんもらったな、お前」
カスパルが目を細める。
「まぁ、積もる話は後にして、とりあえず挨拶を始めたいんだ。3番ホールに集まってくれ」
とエワルドが言うので一向は、場所を移した。
(あれから10年か)
時間が経てば、当たり前の話、色んな事が変わり人も変わり行く。
この会場に居る全ての顔ぶれと知り合いという訳では無いにしても、過去の面影を曳きながらも、新しい物で溢れている―――それは、ある意味では、お互いをつなぐ距離が長くなった、という事にもなるんだろうか?とティステルは思う。つながりがどこかであるにしても、かつての様に、毎日、出会う訳でもない。考えてみれば、その「かつても」も半年に1回は別れ、顔を見ないままに過ごし再び会う。その度に、どこかで「お互い知ってはいても距離が出来た」という感覚を覚えた事をティステルは思い出す。ただ、その再び会うという期間が延びたというだけ。ただそれだけで、慣れている筈がどこか違うという変な感覚をティステルは手にしていた。
「卒業してから10年。どんな風だったのかは、それぞれの人が1番知っていますけれど、その人以外は知らない物があります。今夜の短いひと時を使って、その間の話を少しでも聞くことが出来る場にしたいと思います。挨拶は、この位にしまして、歓談の時間としたいと思います」
幹事役のエワルドが緊張からか、少し早口でそう言い切ると演壇から降り、会合が始まる。
(あんまり俺は、自分自身に大した事ないんだけどなぁ)
他人から見れば変化はあったかも知れないが、自分から見て、どこかどんな風になったのかは、見えないとティステルは思う。そして、あまり他人の移り変わりを、ティステル自身は見たくなかった。それも嫉妬から来るもので、他人の「自分よりも幸せ」という名の「事実」を受け入れる事が出来なかった。自分という存在が、霞んでしまう、或いは、話した所で、それは人の胸には残らない、そう強く思えたのは、何よりも、コーランに「あの時の話」をしたくないからだった。
(言い訳だな)
今は、もっともな事を言っても、「言い訳」にしかならないだろう、とティステルは小さく笑い、そっとホールから出た。
(こういう大勢の場所は苦手だな)
近い喧騒を遠くで聴く様に、ティステルはフロントがある1階フロアへと繋がるエレベータの前に立った。すると、
「あっ、ティステル・・・だよね」
ドアが開き、中から出て来た女性が彼を指差してそう言った。
(ミラン・・・?)
10年前の夏の終わりに、偽者に会っているので、思わず眉をひそめた。
「・・・私よ。本物の。ホラ」
そういうと、女性は身分を明かすIDカードを取り出してティステルに見せた。
「どうしたの?何かあったの?」
「いや、何も」
見えすいた嘘だな、と思いつつも、冷静にそうミランの問いかけに答えた。
「じゃあ、何でこんな所に?抜け出そうとしてたんじゃないの?」
「いや、そういう訳じゃ」
図星の癖に何をそこまで誤魔化す必要がある?ともう一人の自分がティステルに問いかける。
「そう言う訳なんでしょ?コーランがらみね。その感じからするに。相変わらず解り易いわね」
ティステルはどう切り返すべきか悩んだ。
「折角来たんだから、最後まで居ないと来た意味、無くなるよ。もっとも、あんまり気乗りしなかった所、ありそうだけどね」
そういうと、ミランはティステルの手を引いた。
「招待状を送ったのは、他ならないティステルなんだから、あたしの相手は最低限してよね」
「おいおい」
折角帰れると思ったのに、元の木阿弥になってしまったティステルである。
「探したぜ。行き成り居なくなるなよ、お前は」
ホールに戻ると、エワルドが焦った顔を浮かべていた。
「全く10年前もそうだったよな。行き成り1人だけ特別講習になんか出かけて、それっきりその年は会えないって言う事しやがって」
エワルドは、ティステルを小突いた。
「へぇ~、そんな事したんだ」
ミランは可笑しそうな表情を浮かべる。
「で、そっちの人は?コレ?」
エワルドは、右手で一瞬ミランを指し、小指を立てた。
「覚えていない?」
ミランは意地悪く、エワルドに訊ねるが、首を横に振ったので、ティステルが彼女の名前を言った。
「えっ?そんな人、居たっけ?いや、記憶に無いなぁ」
「やっぱりね。私も、あなたの事、名前言われても解らないから、お互い様ね」
静かにそう言うと、ミランはエワルドに右手を差し出して、挨拶を交わした。
「ちょうど、入れ違いにタウに帰える生活だったからね」
ミランとティステルが再会したのは、丁度10年前の初秋だった。
あの頃、秋から冬にかけて、エワルド達は、ニュウ地区に戻っていた上に、春が来ればミランはタウ地区に戻るというすれ違いがあったのだ。
「そういう人が居るなら、ちゃんと教えろよ。肝心な事は本当にお前は話さない奴だよな」
信じられないよ、とエワルドが言う。
「だって、知り合ったは知り合ったけど、うまく続くか解らなかった上に、変な詮索されるのも嫌だったというのが、ティステルの気持ちだったみたいだから」
ミランはティステルの胸の内をサラリと代弁した。
「何だよそれ~。信用してなかったってのかよ、長い付き合いなのに」
勘弁してくれよ、とエワルドはティステルの背中を叩いた。
「盛り上がってるね」
そこへカスパルがやって来た。しかも、コーランを連れてだった。
「この人が、気にしてた人ね、ティステル」
ミランがちらっとコーランを見るとそう言った。
「コーラン聞いてくれよ、ティスに彼女が居たんだぜ~」
エワルドが泣きまねをする。
「へぇ~、そうか。本当に、ティステルは謎だらけな奴だな」
「話難らい事も中にはあるからね」
コーランの言葉にミランがそう言う。
「話難らい…俺らって案外近いようで遠い仲だったみたいだな。ティステルとは」
そのコーランの言葉に、ティステルは苛っと来た。
「まぁそれはそれで良いとして、本当の所をティステルから話して欲しいんだ」
「どうしてそんなに拘るんだよ。もう昔の話だろ?」
触れられたくない話だってある筈。それを言えというのは、酷だろう、とティステルは思う。
「〝これから〟って言う未来の為さ。それが解決すれば、きっとずっとうまく行くような気がするんだ」
何言ってんだよ、とティステルは思う。これまでろくに連絡を取り合ってなかったのに、いきなりそれはないだろう、と思う。特に、お互いをつなぐ「共通」な何かがある訳ではない。
「10年前のあの日、何で俺らを避けて、岬の洞窟のナイトショーに見知らぬ人と楽しそうにしてたのか」
「何言ってんだよ。人違いだろ」
そうは言うもののティステルの血の気は退いていた。
「ティスは、俺らの事が嫌いなのか?」
エワルドの明るい表情がいつしか消えていた。
「おいおい、勘違いで人を攻めるなよ。俺はそんな所なんかへ行くかよ」
冷や汗を隠すのでティステルは精一杯だった。
「それに嫌いな訳ないだろ。嫌いだったら、こんな所に来るかよ。解るだろ、それくらい」
そうティステルが言うと、張り詰めた空気が緩んだ。
(本当は、嫌いだけどな)
胸の中で、ケッと毒づいた。
「――そうか、勘違いだったのか。良かったよ、謎が解けて」
すると、コーランとエワルドから不安の色が消え、過ぎ去りし日の話をし始めた。
「素直に言えばよかったのに」
会合が終わった後、ティステルはミランと一緒に居た。
「言えるかよ、本当の事なんて」
「私には話せたのに?」
ミランに問われ、ティステルは何も言えなかった。
「10年前も昔の話なんだから、笑って言っても済まされたと思うよ」
「いや、駄目さ」
笑えない。
ティステルとしてはそんな単純な物でも軽い物でも無かった。そこは、頑なに守りたい所だった。いや、守らなければ、「自分が負けた」という事をまざまざと突きつけられる結果になると思ったのだ。
「私の偽者に会ったあの夏。別に、約束してた訳でもなかったんだから、ティステルに悪い所なんてないと思うよ」
「けど、奴らは、裏切った、とさえ思ってたんだぜ。言えるかよ、そんな状況で」
「そこは、考えすぎだよ。本当の事を言わない方が、よっぽど裏切りだと思うよ」
「・・・」
何も言えなかった。
そう、何も彼らに罪は無いし、別に、それを敢えて攻め立てようとした訳でもない。ただ、単純に真相を語らないティステルの行動に、彼らの怒りの矛先が回っただけなのだ。
「でも、ティステルの気持ち、解らないでもないよ。見てると、本当に、彼らは近くて遠い所にいる感じだもんね。ティステルの事、3割気にして6割気にしないで、1割は解らないって感じだもんね」
「だろ。だから本当の事なんか…」
「ちゃんと、ティステルが本当の事を言わないのが全ての原因だと思うけどね」
ティステルの話をさえぎってミランは続けた。
「彼らとの事は、もう、仕方ないから。だから、せめて私には、本当の事をちゃんと話してね」
口調は優しかったものの、胸倉をつかんで問い詰められたような感じをティステルは抱いた。
「気持ちは、ちゃんと言葉にしないと、伝わらないって事。今回の事で、忘れないでいてね」
「伝わらないか」
言わなくても、伝わっている。
それがティステルが、他人大勢を見ての結論だった。何故に、自分だけが言わなければ伝わらないのか、不思議だった。
「とりあえず、これからは、あんな風に、突然、関係を切るような事、しないようにしてね。ひとりになるのは嫌だから。また、連絡するね。じゃあ」
そう言うと、ミランは背を向けて夜の街の中に消えていった。
振り返る事は一度もしないで。
その時、ティステルの中で、1枚のアルバムが閉じられた気がした。
彼女の事も、忘れてしまおう。
過去は消えない。そして刻み込んだ日々がその出会った人、一人一人に映るのもまた、消えない。
(本当の、これからは、誰も居ない所から始めたい。ゴメンな、ミラン)
雑踏の中、立ち止まって消えた背中を見つめていたティステルも背を向けた。
すべてを0から始める為に。
「紹介が遅れたね、これは俺の家内のタティアーナ」
「初めまして、コーランの昔のお友達の方ですね」
そういって、差し出された右手に、ティステルは戸惑いを覚えた。
(手なんか握れるかよ)
頑なな気持ちでティステルがそれを拒もうとした時だった。
「おお、コーラン、ここに居たか」
エワルドとカスパルの2人がやって来た。
「きれいな奥さんもらったな、お前」
カスパルが目を細める。
「まぁ、積もる話は後にして、とりあえず挨拶を始めたいんだ。3番ホールに集まってくれ」
とエワルドが言うので一向は、場所を移した。
(あれから10年か)
時間が経てば、当たり前の話、色んな事が変わり人も変わり行く。
この会場に居る全ての顔ぶれと知り合いという訳では無いにしても、過去の面影を曳きながらも、新しい物で溢れている―――それは、ある意味では、お互いをつなぐ距離が長くなった、という事にもなるんだろうか?とティステルは思う。つながりがどこかであるにしても、かつての様に、毎日、出会う訳でもない。考えてみれば、その「かつても」も半年に1回は別れ、顔を見ないままに過ごし再び会う。その度に、どこかで「お互い知ってはいても距離が出来た」という感覚を覚えた事をティステルは思い出す。ただ、その再び会うという期間が延びたというだけ。ただそれだけで、慣れている筈がどこか違うという変な感覚をティステルは手にしていた。
「卒業してから10年。どんな風だったのかは、それぞれの人が1番知っていますけれど、その人以外は知らない物があります。今夜の短いひと時を使って、その間の話を少しでも聞くことが出来る場にしたいと思います。挨拶は、この位にしまして、歓談の時間としたいと思います」
幹事役のエワルドが緊張からか、少し早口でそう言い切ると演壇から降り、会合が始まる。
(あんまり俺は、自分自身に大した事ないんだけどなぁ)
他人から見れば変化はあったかも知れないが、自分から見て、どこかどんな風になったのかは、見えないとティステルは思う。そして、あまり他人の移り変わりを、ティステル自身は見たくなかった。それも嫉妬から来るもので、他人の「自分よりも幸せ」という名の「事実」を受け入れる事が出来なかった。自分という存在が、霞んでしまう、或いは、話した所で、それは人の胸には残らない、そう強く思えたのは、何よりも、コーランに「あの時の話」をしたくないからだった。
(言い訳だな)
今は、もっともな事を言っても、「言い訳」にしかならないだろう、とティステルは小さく笑い、そっとホールから出た。
(こういう大勢の場所は苦手だな)
近い喧騒を遠くで聴く様に、ティステルはフロントがある1階フロアへと繋がるエレベータの前に立った。すると、
「あっ、ティステル・・・だよね」
ドアが開き、中から出て来た女性が彼を指差してそう言った。
(ミラン・・・?)
10年前の夏の終わりに、偽者に会っているので、思わず眉をひそめた。
「・・・私よ。本物の。ホラ」
そういうと、女性は身分を明かすIDカードを取り出してティステルに見せた。
「どうしたの?何かあったの?」
「いや、何も」
見えすいた嘘だな、と思いつつも、冷静にそうミランの問いかけに答えた。
「じゃあ、何でこんな所に?抜け出そうとしてたんじゃないの?」
「いや、そういう訳じゃ」
図星の癖に何をそこまで誤魔化す必要がある?ともう一人の自分がティステルに問いかける。
「そう言う訳なんでしょ?コーランがらみね。その感じからするに。相変わらず解り易いわね」
ティステルはどう切り返すべきか悩んだ。
「折角来たんだから、最後まで居ないと来た意味、無くなるよ。もっとも、あんまり気乗りしなかった所、ありそうだけどね」
そういうと、ミランはティステルの手を引いた。
「招待状を送ったのは、他ならないティステルなんだから、あたしの相手は最低限してよね」
「おいおい」
折角帰れると思ったのに、元の木阿弥になってしまったティステルである。
「探したぜ。行き成り居なくなるなよ、お前は」
ホールに戻ると、エワルドが焦った顔を浮かべていた。
「全く10年前もそうだったよな。行き成り1人だけ特別講習になんか出かけて、それっきりその年は会えないって言う事しやがって」
エワルドは、ティステルを小突いた。
「へぇ~、そんな事したんだ」
ミランは可笑しそうな表情を浮かべる。
「で、そっちの人は?コレ?」
エワルドは、右手で一瞬ミランを指し、小指を立てた。
「覚えていない?」
ミランは意地悪く、エワルドに訊ねるが、首を横に振ったので、ティステルが彼女の名前を言った。
「えっ?そんな人、居たっけ?いや、記憶に無いなぁ」
「やっぱりね。私も、あなたの事、名前言われても解らないから、お互い様ね」
静かにそう言うと、ミランはエワルドに右手を差し出して、挨拶を交わした。
「ちょうど、入れ違いにタウに帰える生活だったからね」
ミランとティステルが再会したのは、丁度10年前の初秋だった。
あの頃、秋から冬にかけて、エワルド達は、ニュウ地区に戻っていた上に、春が来ればミランはタウ地区に戻るというすれ違いがあったのだ。
「そういう人が居るなら、ちゃんと教えろよ。肝心な事は本当にお前は話さない奴だよな」
信じられないよ、とエワルドが言う。
「だって、知り合ったは知り合ったけど、うまく続くか解らなかった上に、変な詮索されるのも嫌だったというのが、ティステルの気持ちだったみたいだから」
ミランはティステルの胸の内をサラリと代弁した。
「何だよそれ~。信用してなかったってのかよ、長い付き合いなのに」
勘弁してくれよ、とエワルドはティステルの背中を叩いた。
「盛り上がってるね」
そこへカスパルがやって来た。しかも、コーランを連れてだった。
「この人が、気にしてた人ね、ティステル」
ミランがちらっとコーランを見るとそう言った。
「コーラン聞いてくれよ、ティスに彼女が居たんだぜ~」
エワルドが泣きまねをする。
「へぇ~、そうか。本当に、ティステルは謎だらけな奴だな」
「話難らい事も中にはあるからね」
コーランの言葉にミランがそう言う。
「話難らい…俺らって案外近いようで遠い仲だったみたいだな。ティステルとは」
そのコーランの言葉に、ティステルは苛っと来た。
「まぁそれはそれで良いとして、本当の所をティステルから話して欲しいんだ」
「どうしてそんなに拘るんだよ。もう昔の話だろ?」
触れられたくない話だってある筈。それを言えというのは、酷だろう、とティステルは思う。
「〝これから〟って言う未来の為さ。それが解決すれば、きっとずっとうまく行くような気がするんだ」
何言ってんだよ、とティステルは思う。これまでろくに連絡を取り合ってなかったのに、いきなりそれはないだろう、と思う。特に、お互いをつなぐ「共通」な何かがある訳ではない。
「10年前のあの日、何で俺らを避けて、岬の洞窟のナイトショーに見知らぬ人と楽しそうにしてたのか」
「何言ってんだよ。人違いだろ」
そうは言うもののティステルの血の気は退いていた。
「ティスは、俺らの事が嫌いなのか?」
エワルドの明るい表情がいつしか消えていた。
「おいおい、勘違いで人を攻めるなよ。俺はそんな所なんかへ行くかよ」
冷や汗を隠すのでティステルは精一杯だった。
「それに嫌いな訳ないだろ。嫌いだったら、こんな所に来るかよ。解るだろ、それくらい」
そうティステルが言うと、張り詰めた空気が緩んだ。
(本当は、嫌いだけどな)
胸の中で、ケッと毒づいた。
「――そうか、勘違いだったのか。良かったよ、謎が解けて」
すると、コーランとエワルドから不安の色が消え、過ぎ去りし日の話をし始めた。
「素直に言えばよかったのに」
会合が終わった後、ティステルはミランと一緒に居た。
「言えるかよ、本当の事なんて」
「私には話せたのに?」
ミランに問われ、ティステルは何も言えなかった。
「10年前も昔の話なんだから、笑って言っても済まされたと思うよ」
「いや、駄目さ」
笑えない。
ティステルとしてはそんな単純な物でも軽い物でも無かった。そこは、頑なに守りたい所だった。いや、守らなければ、「自分が負けた」という事をまざまざと突きつけられる結果になると思ったのだ。
「私の偽者に会ったあの夏。別に、約束してた訳でもなかったんだから、ティステルに悪い所なんてないと思うよ」
「けど、奴らは、裏切った、とさえ思ってたんだぜ。言えるかよ、そんな状況で」
「そこは、考えすぎだよ。本当の事を言わない方が、よっぽど裏切りだと思うよ」
「・・・」
何も言えなかった。
そう、何も彼らに罪は無いし、別に、それを敢えて攻め立てようとした訳でもない。ただ、単純に真相を語らないティステルの行動に、彼らの怒りの矛先が回っただけなのだ。
「でも、ティステルの気持ち、解らないでもないよ。見てると、本当に、彼らは近くて遠い所にいる感じだもんね。ティステルの事、3割気にして6割気にしないで、1割は解らないって感じだもんね」
「だろ。だから本当の事なんか…」
「ちゃんと、ティステルが本当の事を言わないのが全ての原因だと思うけどね」
ティステルの話をさえぎってミランは続けた。
「彼らとの事は、もう、仕方ないから。だから、せめて私には、本当の事をちゃんと話してね」
口調は優しかったものの、胸倉をつかんで問い詰められたような感じをティステルは抱いた。
「気持ちは、ちゃんと言葉にしないと、伝わらないって事。今回の事で、忘れないでいてね」
「伝わらないか」
言わなくても、伝わっている。
それがティステルが、他人大勢を見ての結論だった。何故に、自分だけが言わなければ伝わらないのか、不思議だった。
「とりあえず、これからは、あんな風に、突然、関係を切るような事、しないようにしてね。ひとりになるのは嫌だから。また、連絡するね。じゃあ」
そう言うと、ミランは背を向けて夜の街の中に消えていった。
振り返る事は一度もしないで。
その時、ティステルの中で、1枚のアルバムが閉じられた気がした。
彼女の事も、忘れてしまおう。
過去は消えない。そして刻み込んだ日々がその出会った人、一人一人に映るのもまた、消えない。
(本当の、これからは、誰も居ない所から始めたい。ゴメンな、ミラン)
雑踏の中、立ち止まって消えた背中を見つめていたティステルも背を向けた。
すべてを0から始める為に。