笠原弘子『Si Si Ciao ~ロマナの丘で~』(1995年)を聴いてみる。
東京MXTV093chでの最終話を迎えたので、セレクト。トリプルヒロインそして黒い兄弟達とロミオは、大人の時代になって、再会出来たのだろうか?と思うが、また、会いましょうと言って良いのだろうか?『ロミオの青い空』。
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木田麻衣子「おはようございます。“Morning on”第2幕、木田麻衣子です。さてえ、3月13日月曜日、13日の曇り空のブルーマンデーです」
効果音99「またか」
効果音98「7日間苦しく辛い日々だよ。やってらんねーよな。何とかしろよ」
木田麻衣子「効果音様達の、もう参っちまったー、叫びは今日も健在ですね」
((三◎(ェ)◎三))з-|おはようございます、狸のポツです|
木田麻衣子「これはこれは、ポツ様」
((三◎(ェ)◎三))з-|ども。土星とは無縁の御狸です|
印台淑丘「ここで、皆の君の僕の私のあなたの地球の印台淑丘くんキタ━(゚∀゚)━!だよ。みんなおはよー。僕は、皆の君の僕の私のあなたの地球の印台淑丘だよー。3月13日月曜日だよー。僕がいれば今日も明日も今週も全てうまく行くさ」
黄色い効果音「きゃー印台くん、カッコいいー」
黄色い効果音2「印台くんサイコー」
印台淑丘「ありがとー」V
黄色い効果音「皆の君の僕の私のあなたの地球の印台くんキタ━(゚∀゚)━!」
印台淑丘「さあ、今日も今週も皆に幸せ、届けるよー」
拍手・喝采の効果音
黄色い効果音・黄色い効果音2「よろしくお願いしまあす。幸運まってまあす」
木田麻衣子「はい、黄色い幸せで満ちた――事になった所で、以上、“Morning on”でした」
現代の明日への希望とは、どんなものなんだろうか?どんな風になる、どんな風に成りたい、とこの現代は思っているのだろうか?と厨2的に思う。
私も友情物語描きたい――と思った1995年から1996年。けれど、友情のあり方もよく解らないのに、よく描こうなんて思ったなあと思う。
22年の歳月の中、皆、一応に心身共に大人になっているのに、私は、取り残された子供である。何とも情けないが。
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涼風鈴子「はい、はよーざいますー。涼風鈴子どすー。“Morning on”どすー。さあて、みなさあん、毎度のお話ですが、今日はー、ブルーマンデー。天候も悪くて、ヤですね、ヤですねっ、ヤですねっ!やってらんないですねっ!」
SOLO「おはようございます、SOLOです。涼風さんは、いつでもすっ飛ばしますよね?」
涼風鈴子「いやそうでもないにだよ。ブルーマンデーのお約束にだよ」
SOLO「さすがは涼風さん」
涼風鈴子「だがネタ切れだあ」
SOLO「確かに」
涼風鈴子「まあ今週もだらだらいくな、うむ。では時間だ。以上、“Morning on”でした」
遂に来た最終話。長い道程であった。
昨今、東京MXTV093chで22年前、1995年のアニメーション物語『ロミオの青い空』が放映され、今日で最終話となる。
そんな折り、ふと20から23年前の事を思い返してみた。
1994年、中学1年になるのだろうか?その年は、記憶が確かなら、篠原美也子に出会い、1995年、中学2年くらいで、『ロミオの青い空』に出会い、自作物語『シンガーソングライターズ』を未完で書き、1996年に映画『耳をすませば』に出会い、自作小説『瞳の向こうの世界』を書き、1997年は、高校1年という感じで推移して行き、その辺りで、鷺沢萌の作品にも出会った気がする。
出逢いのシーズンだったんだなと思うが、『ロミオの青い空』の影響もあってなのか、人恋しい時期でもあったような記憶もある。
結局、己の力量・器量のなさから、友人は出来ても長い付き合いには、なれず・ならずであったのは言うまでもない。
その当時、学習塾限定の同窓の人間数人と知り合い、短い時間内の限定的な付き合いが多く続いた。何せ、通う学校内では嫌われ者であり、地元から疎まれていた柵もあったので、私の人間付き合いは、そう言った、外部的で限定的な付き合いしか出来ないでいたのと共に、そう言った柵情報を除いて、0から1から関係を築きたかった頃であった。(それは、後の西暦2000年に叶う夢でもあった。)
そんな付き合いが横行し、結局、長く深い人間関係を築く事は出来ず、地元の柵を越えた人付き合いも、結局はうまくはいかず挫折に終わり、今ではボッチである。
地元の柵とは、何を隠そう、私の厨2病とは別の黒歴史であり、私という人間を嫌いになるための情報である。その当時、もし、LINEやSNSという通信手段が今みたいに横行していたら、確実に、自殺かニート・引き籠りだったろう。
『ロミオの青い空』のような友人付き合いに、アルフレドのような友人が出来たらいいのに――と今、ふりかえると、そんなユメがあったのだろうと思う。ことごとく叶わなかったが、忘れかけていた記憶が溢れてきた。当時の通う学校繋がりの人付き合いよりも、全く知らない別の学校繋がりの人付き合いに慣れて、親しんでしまい、その皺寄せは今になって来ている。それを感じたのは、先々週のある出来事だった。さぞ、他人からみたら滑稽だった事だろう。
この世の中、人間関係であぶれたらもう最後という環境が6から18歳の世代に、構築されてしまっている所もあるようだが、とんでもない話である。
今尚、人間関係はズタズタであるボッチでかつ人に嫌われやすい私。そんな私が形成されたのがそんな時だったなと今ごろ思えたので、書いてみた。