工作台の休日

模型のこと、乗り物のこと、ときどきほかのことも。

美しきヴェネツィアの風景・・・カナレット展を観てきました

2024年12月21日 | 日記

 先日、新宿のSOMPO美術館で開催の「カナレットとヴェネツィアの輝き」という展覧会を観てきました(12/28まで)。カナレットは18世紀ヴェネツィアで活躍した画家で、ヴェネツィアの風景を美しく、細密に描いたことで知られています。18世紀のヴェネツィアは文化の爛熟期とでも言いますか、既に地中海、欧州の経済大国ではなくなっていたものの、都市国家としての魅力は衰えておらず、折しもこの時代にイギリスの上流子弟の間で流行した「グランドツアー」と呼ばれる大規模な「卒業旅行」の行先の一つでもありました。

 こうしてヴェネツィアを訪れたイギリス人たちが買い求めたのがカナレットの絵とも言われており、今なら絵葉書を買うところでしょうが、裕福な人たちはこれらの絵を土産にイギリスに帰ったわけです。土産にできるサイズですので、巨大な絵は少なく、教会の聖堂を飾るよりも屋敷で飾れるサイズという感じです。ヴェネツィアでもカナレットの絵は美術館にありましたが、お土産で持ち帰った先のイギリスでも多くの美術館や個人が所蔵しており、今回の展覧会もイギリスの美術館から多数来ていました。

美術館入り口にて

 

 もともとヴェネツィアという街はどこをとっても「絵になる」場所ばかりでして、こうしたさまざまな名所をカナレットは描いています。今も変わっていないところも、変わってしまったところもありますが、しばし18世紀のヴェネツィアにタイムスリップした気分でした。ゴンドラも今より大きく、小さな船室を構えていますし、大運河を結ぶ橋もリアルト橋くらいです。名所だけでなく、元首が執り行う「海との結婚式」と呼ばれる行事なども、元首の御座船と共に描かれていますし、レガッタなども題材になっています。浮世絵的な言い方なら「名所ヴェネツィア百景」という感じです。

 細密な絵を描くことができた理由として、カメラ・オブスキュラと呼ばれる道具をカナレットが使っていたとされています。これは原始的なカメラであり、ピンホールを使って画像が写しだされるというもので、後の写真機とは違って画像を定着させることができませんが、それでも画家にとっては見たままの風景を写し取ることができたわけですから、便利な道具だったでしょう。展覧会場にもカメラ・オブスキュラを体験できるコーナーがありました。

 カナレットは絵画だけでなく、素描や版画も遺していて、版画などはなかなか見る機会がありませんでしたので、点数はそれほど多くありませんが、興味深いものでした。また、オーストリア継承戦争の影響もあり、イギリスからの「グランドツアー」が減ってしまうと、今度はカナレット自身がイギリスに出向いて、イギリスの風景を描いています。これもイタリアで見ることはありませんでしたので、新鮮でした。

 展覧会は同時代の画家や、甥のベルナルド・ベロットの作品もありました。甥のベロットはドイツやポーランドで活躍し、伯父さん譲りの細密で美しい風景画を描いています。その描写の正確さが、後年思わぬ形で役立ったそうで、第二次大戦の空襲で灰燼に帰したドイツのドレスデンの復興の際に、ベロットが描いた建物が再建の参考になったそうです。

 私が気になったのはこちら(ちなみに館内は一部を除いて撮影自由でした)。

18世紀頃の画家で作者不詳とのことですが、サンタ・ルチア聖堂とスカルツィ聖堂、とあります。手前のサンタ・ルチア聖堂は19世紀後半に鉄道がヴェネツィアまで通った際に鉄道駅の用地として取り壊されています。今は駅の名前(ヴェネツィア・サンタ・ルチア)として残るのみです。

また、スカルツィ聖堂のあたりも、後に大運河を渡るスカルツィ橋がかかり、風景は一変しています。私がヴェネツィアを訪れた際によく泊まっていたホテルがこのあたりですので、18世紀はこんな風景だったんだなと思わせます。ヴェネツィアは18世紀の終わりころにナポレオンのフランスの前に降伏し、共和制の国家ではなくなります。その後は大国の思惑に翻弄されるかのように「持ち主」が変わり、日本で言えば幕末、明治維新の頃に統一したイタリアに組み込まれ、今に至っています。

ヴェネツィアは政体が変わろうが、属する国が違ってもその後も多くの画家を惹きつけていて、展覧会ではモネなどカナレット以降の画家の作品もありました。ヴェネツィアと美術と言いますと、個人的には16世紀くらいまでのルネサンス期の画家に興味が行きがちでしたが、イタリア本国でもあまり見られないくらい、カナレットの作品を堪能しました。今も変わらない場所の絵を見るにつけ、手紙を書くと言ってずっとそのままになっていた現地の友人に、手紙を書いて送ろう、と思い起こさせた展覧会でもありました。

(12月21日に一部訂正しました。スカルツィ聖堂が取り壊されたと書きましたが、今も残っています)

 

 

 


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ちょっと昔のローマ、ミラノの路面電車

2024年12月20日 | 鉄道・鉄道模型

 前回、マエストラーレ通りの路面電車にインスパイアを与えた実車をご紹介しましたが、今日はもう少し実車の写真を多めにお届けします。

1. 1992年2月ローマにて

まだこんな古い車輛が現役でした。右手前が石畳になっています。

多車体連接で部分低床車が入っていました。電車の手前を若い女性が横切っていますが、信号や横断歩道が少ないエリアもあり、この光景はよく見かけました&自分もやりました。

街並み、道路の様子などもお分かりいただけるかと思います。大学4年の卒業旅行でローマを訪れました。オプションで申し込んでいたポンペイ行が成立せずキャンセルとなったため、バチカンを訪れ、そのあとはローマの街を歩きましたが、ツィンガロ(ジプシー)に囲まれたり、腕をつかまれたりと散々でした。脚を棒にして戻ったホテルではエレベーターが途中で止まって閉じ込められ・・・とトラブルてんこ盛りのはずのローマでしたが、それでもなぜか嫌な思いをしなかったのは、最後の最後で無事だったのと、バチカンをはじめ、いろいろな絵画・彫刻を見て、遺跡を訪れることができたからでしょうか。

 

2. 2002年ローマ

特徴あるオレンジ色の車輌。製造者の名を採って「STANGA」とも呼ばれています。市電の「顔」的存在でもあります。

このオレンジ色はイタリア語では「内閣(大臣)のオレンジ色」とも呼ばれているようです。

緑濃淡の塗り分け(後ろの低床車は車体全体をラッピングしています)。夏の昼下がりです。

 

低床車との並びです。

90年代以降日本でもおなじみとなった完全低床車です。

ローマ市の緋色の紋章。中には「S.P.Q.R(ローマ市民及び元老院諸君の略)」と入っています。

オレンジ塗装との並びです。

 

3. 2003年ローマ

部分低床車も健在でした。

コロッセオの近くを走る路線バスもオレンジ色です。この色、フィレンツェのバスでも同じでした。

 

4. 2002年ミラノ

ミラノもクラシカルなトラムが走っていました。バスと同じで扉は片側のみです。やはりオレンジ色です。

 

 

ローマとは異なる石畳などにも注目。建物もさまざまです。右の「M」のマークはメトロ(地下鉄)の入り口です。

ミラノもその後、低床車の導入が進んでいます。2013年に訪れたときは塗装もオレンジからやや黄色がかった色がベースになっていました。

イタリアの場合、思い出したように公共交通機関の塗装が変更されます。今はまた、違う色なのかもしれません。また、東京ではあまりみかけませんが、車体全体をラッピングした広告電車も見かけます。この20年くらいでフィレンツェやヴェネツィア(イタリア本土側が中心です)などでもトラムの導入が進んでいます。ご無沙汰となっているイタリア、なんとか訪れたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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T-TRAKジオラマ ローマ・マエストラーレ通りを作る 番外編 車輌をつくる

2024年12月18日 | T-TRAKジオラマ ローマ・マエストラーレ通り

 今回のT-TRAKジオラマには実際には走らせることはできませんがトラムの線路も敷設していました。その車輛たちをご紹介しましょう。

1   現代的な3車体連接車

こちらはトミーテックの福井鉄道F1000形を塗り替えました。いったん1000番のサーフェーサーを軽く吹き、外舷22号(海軍の薄緑系迷彩色ですね)で上半分の緑色を、Mr.カラーのデイトナグリーンで下半分の色を吹きました。黄色い帯はデカールです。扉のところに赤い帯や緑の帯のデカールを貼り「ここから乗るorここからは乗り降りできない」の表示としました。

こちらは動力を入れてあり、自走もできます。

実際のローマの市電です。モデルはこの車輛です。多車体連接です。このあたりは石畳などもないアスファルト舗装のエリアです。

2 クラシカルな3車体連接車

お次はこちら。ちょっと古めの車輌です。

こちらもトミーテックの製品ですが、筑豊電鉄の2000形をベースにしています。こちらは日本の道路事情に合わせて左側通行に対応した製品ですので、扉を後尾車の方から先頭車(パンタグラフのある方)の進行方向右側に移植し、前方の窓を後方に移植しました。扉の窓ガラスのところに文字が印刷されていましたが、タミヤエナメルの溶剤を綿棒に吸わせてからこすって落としました。

切り継ぎ工作は何十年経ってもあまり得意ではないなあ。以前同じ内容の工作を行い、上の緑2色に塗り分けたものを作っています。

参考までに広電の路面電車(右側)を並べて見ました。

こちらも1000番のサーフェーサーで吹いてから彼の地の路面電車の独特なオレンジ色(私はトラフィックオレンジと勝手に命名しました)に塗りました。Mr.カラーの58番黄橙色からオレンジ、赤などを混ぜて作りました。最初は59番サファリオレンジから作ったのですが、明るすぎてあのくすんだような色が出ませんでした。なお、こちらは動力を入れず、中の椅子に人形を座らせています。

前頭部などは特にいじっていないので、筑豊電鉄そのままです。

車体にはさまざまな看板を貼りました。ネットから落としたロゴなどをラベルシールにプリントしています。切り継ぎ部を隠すという意味もあるんですけどね。

「ラ・レプブリカ」(地元・ローマの日刊紙)

「モンテ・ディ・パスキ・ディ・シエナ銀行」現存する最古の銀行だそうで、1472年創業だそうです。レオナルド・ダ・ヴィンチ20歳、マキアベッリ3歳の頃です。

「サン・ベネデット」彼の地のミネラルウォーターです。ローマでも見かけましたが、むしろフィレンツェ以北の北イタリアでよく見かけます。

反対側の車体から

「コリエレ・デッロ・スポルト」彼の地のスポーツ紙です。サッカー記事が充実している感じです。

こちらは「アウトスプリント」、日本の「オートスポーツ」のようなモータースポーツ専門誌です。イタリアに行った時に必ず買っていました。

モデルはこちらの2車体連接車です。なんとも言えない味がある車輌です。石畳などにもご注目

最後にこちらは路面電車ではありませんが、こんな編成も。

国際鉄道模型コンベンション会場では他のモジュールとつなげず、単体での展示でしたので、本線にこちらを飾っていました。

こちらも塗り分け的にはローマの路面電車風ですが、ローマの地下鉄、ということでだいぶ前にクロスポイントの営団(東京メトロ)02系を塗り替えたものです。動力車以外はクロスシートの内装を入れました。ロングシートの車輌もありますが、都市交通とは言ってもロングシートではなくプラ製のクロスシートを配置している場合もあります。

運転台の後ろにはローマ市の紋章をつけました。扉の横に丸いオレンジ色がありますが、これは扉を開けるためのボタンです。彼の地の鉄道車輛の多くは自分でドアを開けるタイプのものが多いです。外吊り扉になっているものもあり、その場合は左右の扉が合わさるあたりにノブのようなものがついていて、それをガチャガチャ動かして開ける姿をみかけます。なお、戸閉は乗務員が一斉に操作しています。

こちらは丸ノ内線の02系のイメージを崩すところまではいかず、ご覧になった方から「これ02系でしょ」とよく言われました。

 

 

 

 

 

 


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東海道新幹線60周年企画もののプラレール

2024年12月15日 | 鉄道・鉄道模型

 前回「マエストラーレ通り」の番外編を書きます、と書きましたが、ちょっと写真が間に合わなかったので、先にこちらの記事をアップします。楽しみにしていた方(どれくらいいらっしゃるか分かりませんが)、ちょっとお待ちください。

 東海道新幹線開業60周年という話は先日もいたしましたが、それにちなんだこんなものがあります、というのが今日のお話です。

タカラトミーのプラレールでは、東海道新幹線60周年企画として「0系新幹線ひかり号」と「超特急ひかり号」のセットを発売しました。

0系のひかり号の方は分かりますが、左側の赤い新幹線がきになりますよね。こちらは「超特急ひかり号」として当時発売された「赤い新幹線」で、それを復刻したものです。兄はプラレールでよく遊んでいたようで、私も子供の頃、赤い新幹線は見た覚えがあります。幼少期の兄がプラレールで遊ぶ姿も写真が残っています。ちなみにわざわざ赤と白にしたのは子供に受ける色使いだったから、ということだそうで、おおらかな時代だったということでしょう。窓回りに帯が入っていないというのは、試作車のA編成みたいです。

 早速赤い方から見てまいりましょう。現代の新幹線の金型を使い、赤白に塗り分けたものですが、雰囲気は出ています。

そして、0系です。

よく見ると「ひかり号」のサボが印刷されていて、開業当初のイメージが再現されています。

真ん中の車輌は1等車(グリーン車)でしょうか。扉の枠の部分が金色になっています。芸が細かいですね。

後尾側です。

 

二つの編成を並べてみました。

また、乗車券を模したカードも入っています。

赤い方はともかく、0系ひかり号の方は印刷も繊細で、手荒な扱いには向かず、大人のコレクション向きに見えます。そういうわけでこのプラレールの車輌たちは子供の目に入らない場所にしまわれており、いつか走り出すときを待っています。

 

 

 

 

 

 


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T-TRAKジオラマ ローマ・マエストラーレ通りを作る(12)

2024年12月12日 | T-TRAKジオラマ ローマ・マエストラーレ通り

 前回このテーマでお届けしてから1か月以上経ってしまいました。埴輪見たり、基地に(二つも)行ったり、本業も多忙だったりで相変わらずなのですが、本日もお付き合いください。

 ジオラマのディティールについてはこれでひとまず最終回です。

イタリア国旗とEU旗の建物ですが、その横にトラクが見えます。「EURO TRANS」というありそうな名前の運送業者です。これもカーコレクションのキャンターを塗り替えたものです。手前側にカトーのパルサーを塗り替えたパトカーと、緑色のワーゲンゴルフ(こちらはWiking 1/160)がいます。

政府機関とおぼしき建物から人出てきました。分かりづらいですがパトカーの奥に二人立っています。こちらは武装したお巡りさんで、もともとは100均で売っていた兵隊さんの1/150人形を塗装したものです。最近では特にそうですが、欧州でもテロ対策から警察官も重武装で防弾チョッキもつけて警備に当たっている姿をみかけます。パルサーのパトカーは国家警察の明るいブルー色です。実はこのパトカー、一部のモデラーさんから「カトーのパルサーを塗り替えたとは思えなかった。だまされた(笑)」とお褒めの言葉をいただきました。

 さらに線路の方向に向かいますと

市バスが走っています。こちらは「ワールドバスコレ」のメルセデスシターロバス・シルバー塗装で、メーカーのデモ塗装でしょうか。前面の行先表示も「CITARO」となっていました。車体裾を赤く塗り、行先も自作デカールで作ってローマのバスに化けさせました。

右手前側ですが、青いメタリックの方はカトーのクラウンを塗り替えたもの、その奥は1台100円の「中華ミニカー」を塗り替え、行燈をつけたタクシーにしたものです。

中に運転手、乗客を入れています。実際にローマ市のバスの中にはこういった塗装のものがありました。行先は「C.MASSIMO」とありまして、「チルコ・マッシモ」行となっています(実際に終点となっているかは不明)。こちらは古代ローマの戦車競技場の遺跡で、今も公園のような形で残っています。

ジオラマ右側、教会のあるあたりに目を向けてみましょう。

教会の手前の原っぱです。

トミーテックの人形を塗り替えています。いろいろなチームのジャージを着ていることから、みんな思い思いに集まってプレーしている感じでしょうか。ローマとラツィオもいます(本当ならチームの成績はともかくお洒落な柄のヴェネツィアも再現したかった)。背後のネットはタケダモケイの「パンチフィルム」で、透明板に模様が印刷されたものです。1mmのプラ棒で支柱を作りました。芝生はタミヤのテクスチャーペイントを使っています。タケダモケイの製品はジオラマ内の人形でも随分と使っています。

教会の向こう側から三人の男たちが何やら話しています(ピンボケですみません)。

子分「親分、俺たちが言っていた教会、あんな立派でしたっけ。それに教会の横にあった杉の巨木のなくなって、グラウンドになっている」

親分「このあたりで教会ってあれしかないぞ。杉の根元に俺たちが隠した・・・あっ刑事さん!」

刑事「お前ら娑婆に出てきて早速悪だくみか?あの教会はやめておけ。セキュリティが厳重になっているからな」

親分「とんでもない。またくさい飯なんて食いたくないですよ、それにしても随分人が集まっているな」

刑事「お前らあの教会のこと知らないんだな。しょうがねえ、塀の中にいたときのことだものな」

 

教会です。黒塗りの車やら、高位聖職者やら、さらにはテレビ局の中継車とにぎやかです。こんな会話が聞こえてきます。

「本日は枢機卿猊下にお越しいただき、ありがとうございました。おかげさまでこの教会もきれいになり、ラファエロの絵画の修復も済みました。空き地もグラウンドとして整備できましたので、憩いの場となっております」

「教皇様にもお知らせしましょう。何より、杉の巨木の上に落雷があって、その根元から大金が出てきたとは、まさに天からの恵みとしか・・・」

「このすぐ近くの私共の銀行の金庫から盗まれた現金が、このような形で見つかったというのは、これ以上にない喜びでした。このお金を寄付させていただくことで我々も社会貢献が・・・」

教会の入り口中央には枢機卿がいます。横には修道士と修道女も立っています。枢機卿はプライザーのフランチェスコ派と思われる修道士を塗り替えて高位聖職者になっていただきました。フランチェスコ派の修道士はアッシジの聖フランチェスコにルーツを持ち、簡素な衣装が特徴です。教会入り口のラファエロの絵はネットから落としたものです。イタリアの教会、美術館などでは、建物の入り口にこういったバナーやターポリンの幕が掲示されたりしています。

枢機卿の向かって左隣はラツィオ貯蓄銀行の関係者や市役所か政府の文化担当でしょうか。銀行から盗まれたお金が近くの教会の木の下に埋めてあって。ある夜の雷で木に直撃、倒れた巨木をどかしていたら・・・というのは、昔観たフランス映画のオチから採りました。

車列も立派ですね。

先頭のカラビニエリ(憲兵警察)のパトカーですが、1台100円のいわゆる「中華ミニカー」を塗り替えたものです。

そのあとにあまり似ていませんが90年代に発売されていたトミックスのベンツ、さらにその後ろはカトーのセドリックです。枢機卿は随分と立派な車に乗っているようです。パトカーの前方の芝生のグラウンドのネットには黄色いフィアット500の看板があります。これは実際の彼の地の広告をネットから落としています。

トンネルの上にはテレビ中継車が停まっています。イタリアの公共放送「RAI」のロゴが入っています。この中継車、その昔出ていたバンダイの「ワーキングビークル」を塗り替え、RAIのロゴを自作デカールで貼り付けました。

ここまで12回に分けてジオラマの話を書いてまいりました。人形についてはもっと一人一人にストーリーを持たせ、この人はどういう理由でここに立っている、または歩いているのか、どこから来て、どこに行くのかなどを考えながら配置したかったのですが、何分時間がなく、やっつけ仕事になってしまった感があります。

また、緑が少なくなってしまったのも致し方ないところです。本来はローマも街路樹がたくさん植えてあるのですが、このジオラマで街路樹まで再現すると建物や自動車、人形などが見えなくなってしまうというジレンマに陥ってしまい、結局植えなかったという経緯があります。これが田園風景なら自分の好きなように木を植えることも可能ですが、都会の風景ですとこういう難しさもあります。

さらに言えばローマはもっと黒ずんだ(失礼)と言いますか、決してきれいな街ではありません。でも、あまりそういう部分を無理に再現するのも悪趣味だなと思いまして、きれい目な方に振らせていただきました。ジオラマをご覧になった他の作者さんからは、ローマというよりバルト三国とか、もっと北の国の風景がモデルではというコメントもありまして、なるほどなあ、というところです。

JAMに来場した私の模型仲間の一人は、さまざまな市販パーツを転用したり、時には食玩の軍用ワーゲンを塗り替えたりということで「アイデアの勝利だね」といったニュアンスの感想を述べていました。私自身もお金に糸目をつけないようなことはできませんので、いきおい市販品をなんとか自分の力量で他に転用したりといったことをしています。某バンドのCDの惹句ではありませんが「ジャンルを無視、アイデアを駆使」というところでしょうか。

 またT-TRAKジオラマショーに出展した際には「神は細部に宿る」ことが好きな高校生たちが目いっぱい近づいて見てくれており、こちらもそのたびに説明させていただきました。この時にもアドバイスしたのですが、例えば1台100円のミニカーもただ置くだけではなく、色を塗り替えたり、最低でも灯火に色を差すくらいの一工夫でだいぶ変わりますよ、市販品でも手を加えるとオリジナルになります、といったことをお話ししました。また、お金をかけずに他の製品、キットから転用できるものや、模型屋さんの店先で何らかの理由で「アウトレット価格」となっているものもありますので、経費を抑えたいという(特に)学生モデラー諸氏におかれましては、アイデア次第でジオラマ、レイアウトにも活用できるものもあるのではと思います。強豪校に叶わない、と思っている学生モデラーさんには、まずはこういったアイデアの部分を磨いてみてはいかがでしょうか。自分が考えたアイデアだけならタダですよ。

 さて、ミリタリーものはともかく、鉄道模型に関して自分が作るジオラマは、空想も含めて割ときれいな世界を切り取っているように思います。今回のジオラマのサイズのものとなりますと、学生時代につくったものがありますが、仕事を持ちながらここまで作っていくというのは、やはり苦労が伴いました、また、8月の数日のために間に合わせたような作りの箇所があり、早速ガタが出ています。少しレストアさせていただく予定です。

 ひとまずローマ・マエストラーレ通りの記事は結びとしますが、次回は番外編として電車ネタを書いていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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