前回は車内を中心に見てきましたが、もう一度車の外に出てみましょう。
車体に貼ったコーラやセブンアップ、ミシュラン、エルフのデカールは市販品です。また、モンツァサーキットのロゴも自作デカールで貼っています。
カウンターなどがある側とは反対側です。側面の引き戸が半分開いています。扉の近くにはプロパンガスのボンベでしょうか。
こちらはカプセルトイで売られていたもので、スケールも1/24ということで使ってみました。白地に赤い字で「VIETATO FUMARE」とありますが、これはイタリア語で「禁煙」の意味です。火気厳禁なのでこのあたりでタバコ吸うなよ、ということでしょうか。
車の外にはキッチンカーにはお約束のメニュー黒板があります。これはキットのパーツです。キットにもデカールが入っていますが、イタリアのサンドイッチ屋さんですので、メニューもイタリア語で、通貨の単位はリラにしています。そう、このジオラマ、欧州の通貨統合前の話なのです。
黒い折り紙に白の極細のペンで実際の寸法の倍の寸法でメニュー、値段を書き、それを縮小コピーし、切り出して貼っているというつくりです。
「POLE POSITION・・・パニーノまたはサンドイッチとドリンク」、「FASTEST LAP・・・パニーノまたはサンドイッチとクロワッサンとドリンク」、「GRAND PRIX・・・ランプレドット(前回ご紹介したもつ煮込み)をパンで挟んだもの、クロワッサン、ドリンク」と、メニューもレースに因んだ名前でいろいろ考えてしまいました。
登場人物たちの紹介です。店の主です。
もともとどこかのレストランで修行していたところ、独立してこの仕事を始めたのでしょうか。レースの週末はこうしてサーキットで軽食を提供しています。店を始めたのは1975年とあります。ラウダが最初のタイトルを獲った年だよ、とこのご主人は付け加えます。さて、人形についてはどこから調達すべきか迷いました。マスターボックスのトラックドライバーも食指が動きましたが、体格の良さから前回もご紹介したイタレリの「TRUCK SHOP ACCESORIES」に入っていたドライバー人形です。この人形、他のメーカーの人形と比べますとかなり彫りが深いというか、既に木彫りの人形のようです。しかし、その方がディティールの塗り分けに向いていました。腕にもタトゥーのモールドがありましたが、削っています。
エプロンはケント紙から作り、腰のひもの結び目はエポキシパテから作っています。エプロンの前側のオレンジのマークは文具店や100均で売っているシールを貼ったものです。あちこちでシールを今回は使っています。 帽子をかぶっていますがどこか特定のチームの贔屓という訳ではないという意思表示なのか、イタリア空軍の国籍マークを入れてあります。Tシャツの背中はマルティニのマークを入れました。
お店のスタッフはもう一人、店主の娘という設定です。
ICMの「女性自動車整備士・1910年代」のキットのうちの一体です。前掛けは店主のエプロンと同様、紙で作っています。以前は夫婦でキッチンカーを切り盛りしていたようですが、娘が大きくなってお母さんは経理やら仕入れやらということで表に出ることが減り、娘が手伝っているようです。
お客さんです。男性はタミヤのキャンパスフレンズ(初代)の彼です。もともと濃いめの顔をしていたので、瞳を少し大きめにして西洋人になっていただきました。
フェラーリの地元、モンツァですが、イタリアつながりということでベネトンのファンのようです。ベネトンのロゴは1/43キットのデカールをばら売りしていたのを見つけて買ってあったものです。手には彼の地のスポーツ新聞を持たせています。実際にイタリアだからと言って全員フェラーリファンということはなく、以前出会ったファンの中にはマクラーレンが好き、と公言している方もいました。
もう一人は女性です。彼女はタミヤのキャンパスフレンズ2のリュックを背負った女性です。こちらの方の方がより日本的な顔立ちですので、肌の色などで白人女性っぽく仕上げました。イタリア人が全員彫りが深いわけではないので、こんなイメージの方もいるということでご勘弁ください。
パーカーのオレンジ色はGMカラーの朱色5号をベースにしています。この色、何かと便利で、この車のシートなどにも使いました。この女性しティフォシなのか、帽子にフェラーリのロゴが入っています。リュックの後ろについているマークはハイキューパーツの雪のデカールという雪をテーマにした模様の中にあったペンギンの頭の部分です。
で、改めてこの風景については少しご説明しましょう。舞台はモンツァサーキットのスタンド裏。時は1991年9月6日、イタリアグランプリの初日の朝です。予備予選(当時は下位チームを対象に「予選に出走するための予選」がありました)が終わり、サーキットにそろそろ人が入り始める時間帯です。このキッチンカーも混雑に向けて下ごしらえや仕込みを行い、少しばかり時間ができたので店の主人は一休みしています。一人の若い女性が朝食を買いに訪れています。
「大きい荷物ね。どこから来たの?」「ローマからよ」「夜行列車?」「そう、今朝ミラノに着いて、ここまで来たわ」「遅れなかった?」「うん、40分くらいかな」「じゃあ良かったわね。フェラーリはどっちのファン?」「そりゃアレジよ」「そうよね。ここで週末は開けているからよかったらまた寄ってね。じゃ、これがポールポジションセットよ」
そして、これがこの年のイタリアGP前に起きたちょっとした事件でした。プログラムに間に合わなかったので、主人がわざわざ「ニュース」として張り出しています。
「移籍 シューマッハ→ベネトン モレノ→ジョーダン モンツァから」とあります。実際に1991年イタリアGPでは、前戦のベルギーでデビューしたM.シューマッハが一戦のみでジョーダンからベネトンに電撃移籍、ベネトンにいたモレノが代わりにジョーダンに移籍し、大きな話題となりました。デビューしたばかりの若者をトップチームの一角に入りつつあったベネトンが獲得した、というのは、当時ファン初心者だった私にも驚きでした。
歩いてきた青年も腹ごしらえでしょうか。それとも、プログラムを買いに来たのか。
キッチンカーの中には今日のコース上のスケジュールも貼ってあります。
マシンが走っている時間はちょっと手が空きますが、セッションとセッションの合間はまた混雑です。
だいぶ長くなってしまったので、細部については次回、またご紹介したいと思います。
車体に貼ったコーラやセブンアップ、ミシュラン、エルフのデカールは市販品です。また、モンツァサーキットのロゴも自作デカールで貼っています。
カウンターなどがある側とは反対側です。側面の引き戸が半分開いています。扉の近くにはプロパンガスのボンベでしょうか。
こちらはカプセルトイで売られていたもので、スケールも1/24ということで使ってみました。白地に赤い字で「VIETATO FUMARE」とありますが、これはイタリア語で「禁煙」の意味です。火気厳禁なのでこのあたりでタバコ吸うなよ、ということでしょうか。
車の外にはキッチンカーにはお約束のメニュー黒板があります。これはキットのパーツです。キットにもデカールが入っていますが、イタリアのサンドイッチ屋さんですので、メニューもイタリア語で、通貨の単位はリラにしています。そう、このジオラマ、欧州の通貨統合前の話なのです。
黒い折り紙に白の極細のペンで実際の寸法の倍の寸法でメニュー、値段を書き、それを縮小コピーし、切り出して貼っているというつくりです。
「POLE POSITION・・・パニーノまたはサンドイッチとドリンク」、「FASTEST LAP・・・パニーノまたはサンドイッチとクロワッサンとドリンク」、「GRAND PRIX・・・ランプレドット(前回ご紹介したもつ煮込み)をパンで挟んだもの、クロワッサン、ドリンク」と、メニューもレースに因んだ名前でいろいろ考えてしまいました。
登場人物たちの紹介です。店の主です。
もともとどこかのレストランで修行していたところ、独立してこの仕事を始めたのでしょうか。レースの週末はこうしてサーキットで軽食を提供しています。店を始めたのは1975年とあります。ラウダが最初のタイトルを獲った年だよ、とこのご主人は付け加えます。さて、人形についてはどこから調達すべきか迷いました。マスターボックスのトラックドライバーも食指が動きましたが、体格の良さから前回もご紹介したイタレリの「TRUCK SHOP ACCESORIES」に入っていたドライバー人形です。この人形、他のメーカーの人形と比べますとかなり彫りが深いというか、既に木彫りの人形のようです。しかし、その方がディティールの塗り分けに向いていました。腕にもタトゥーのモールドがありましたが、削っています。
エプロンはケント紙から作り、腰のひもの結び目はエポキシパテから作っています。エプロンの前側のオレンジのマークは文具店や100均で売っているシールを貼ったものです。あちこちでシールを今回は使っています。 帽子をかぶっていますがどこか特定のチームの贔屓という訳ではないという意思表示なのか、イタリア空軍の国籍マークを入れてあります。Tシャツの背中はマルティニのマークを入れました。
お店のスタッフはもう一人、店主の娘という設定です。
ICMの「女性自動車整備士・1910年代」のキットのうちの一体です。前掛けは店主のエプロンと同様、紙で作っています。以前は夫婦でキッチンカーを切り盛りしていたようですが、娘が大きくなってお母さんは経理やら仕入れやらということで表に出ることが減り、娘が手伝っているようです。
お客さんです。男性はタミヤのキャンパスフレンズ(初代)の彼です。もともと濃いめの顔をしていたので、瞳を少し大きめにして西洋人になっていただきました。
フェラーリの地元、モンツァですが、イタリアつながりということでベネトンのファンのようです。ベネトンのロゴは1/43キットのデカールをばら売りしていたのを見つけて買ってあったものです。手には彼の地のスポーツ新聞を持たせています。実際にイタリアだからと言って全員フェラーリファンということはなく、以前出会ったファンの中にはマクラーレンが好き、と公言している方もいました。
もう一人は女性です。彼女はタミヤのキャンパスフレンズ2のリュックを背負った女性です。こちらの方の方がより日本的な顔立ちですので、肌の色などで白人女性っぽく仕上げました。イタリア人が全員彫りが深いわけではないので、こんなイメージの方もいるということでご勘弁ください。
パーカーのオレンジ色はGMカラーの朱色5号をベースにしています。この色、何かと便利で、この車のシートなどにも使いました。この女性しティフォシなのか、帽子にフェラーリのロゴが入っています。リュックの後ろについているマークはハイキューパーツの雪のデカールという雪をテーマにした模様の中にあったペンギンの頭の部分です。
で、改めてこの風景については少しご説明しましょう。舞台はモンツァサーキットのスタンド裏。時は1991年9月6日、イタリアグランプリの初日の朝です。予備予選(当時は下位チームを対象に「予選に出走するための予選」がありました)が終わり、サーキットにそろそろ人が入り始める時間帯です。このキッチンカーも混雑に向けて下ごしらえや仕込みを行い、少しばかり時間ができたので店の主人は一休みしています。一人の若い女性が朝食を買いに訪れています。
「大きい荷物ね。どこから来たの?」「ローマからよ」「夜行列車?」「そう、今朝ミラノに着いて、ここまで来たわ」「遅れなかった?」「うん、40分くらいかな」「じゃあ良かったわね。フェラーリはどっちのファン?」「そりゃアレジよ」「そうよね。ここで週末は開けているからよかったらまた寄ってね。じゃ、これがポールポジションセットよ」
そして、これがこの年のイタリアGP前に起きたちょっとした事件でした。プログラムに間に合わなかったので、主人がわざわざ「ニュース」として張り出しています。
「移籍 シューマッハ→ベネトン モレノ→ジョーダン モンツァから」とあります。実際に1991年イタリアGPでは、前戦のベルギーでデビューしたM.シューマッハが一戦のみでジョーダンからベネトンに電撃移籍、ベネトンにいたモレノが代わりにジョーダンに移籍し、大きな話題となりました。デビューしたばかりの若者をトップチームの一角に入りつつあったベネトンが獲得した、というのは、当時ファン初心者だった私にも驚きでした。
歩いてきた青年も腹ごしらえでしょうか。それとも、プログラムを買いに来たのか。
キッチンカーの中には今日のコース上のスケジュールも貼ってあります。
マシンが走っている時間はちょっと手が空きますが、セッションとセッションの合間はまた混雑です。
だいぶ長くなってしまったので、細部については次回、またご紹介したいと思います。