変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
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王家の帰還 ~ルナの航跡 5
連載
/
2006年09月14日 00時23分25秒
----------------------------------------------------------------
<目次> (今回の記事への掲載範囲)
序 章 掲載済
第1章 帰還 ○(3/5)
第2章 陰謀 未
第3章 出撃 未
第4章 錯綜 未
第5章 回帰 未
第6章 収束 未
第7章 決戦 未
終 章 未
----------------------------------------------------------------
第1章 《帰還》 (続き 3/5)
【三年前 A.U.C 2685年 秋】
当時、ブリテン王国は、海峡を挟んだ西ケルト公国と北方の神聖同盟の連合軍と衝突していた。
海軍力に守られた王国は、裏を返せば海軍が突破されれば裸同然とも言える。大陸側には、直接ブリテン王国に到達できる航空兵力が整備されており、王国が誇る海軍は頭上を飛び越えて行く敵機に何もできないでいた。本土を爆撃され、迎撃するにも王国の空軍軽視の風潮が航空機の性能差を呼び、戦意は低迷していた。
そこで王国の海軍では、やりたい放題の敵に対して一矢酬いるための作戦を展開しようとしていた。即ち、狭いドーバー海峡を決死の艦隊が渡り、大陸側の湾岸施設と都市を艦砲射撃で撃滅しよう、というものである。
如何にも幼稚なこの作戦は極めて真剣に検討された。見つかりにくいように作戦は夜間に実行されるため、夜間操艦の特訓が連日連夜繰り返され、艦の高速化のための改造に至っては、水や空気の抵抗を減らすための形状変更から、燃料の改質まで行なわれた。そして王国の艦隊は、決死の覚悟でドーバー海峡を渡り始めたのである。
「艦長! 航空機編隊確認、数およそ百!」
「敵か!?」
「……神聖同盟のカラーを確認! 敵機です。大陸に向かって飛行中。帰還するものと思われます。」
「爆撃の帰りで、荷物(爆弾)は持っていないということか……。動きに変化は無いか?」
「敵機進路変わらず。二分でレーダー域から出ます。気付かれ無かった模様。」
「目視監視員と探索距離がどっこいどっこいのレーダーなんか停めろ! 逆に探知されるリスクの方が高い!」
「レーダー、停止しました。」
「よし。本艦進路そのまま。艦隊に周知! 目標を射程に捕らえるまで、まだ暫くかかるのだからな。こんな所で見つかる訳には行かん。」
艦長の顔が安堵で緩んだその時、新米の監視員が悲鳴に近い声を上げた。
「他の航空編隊確認!! 機数約二十!」
「何だと?」
先任の監視員が、取り乱す部下の監視員と、思わず立ち上がった艦長の双方を制しながら叫んだ。
「タイガー・シャーク型を確認。友軍の編隊です。」
友軍機を新手の敵機と間違えて悲鳴を上げてしまった新米監視員は、バツが悪そうな表情を浮かべるだけだったが、艦長は未だ座ろうとしない。
「まだ早いぞ! どこの部隊だ!?」
「確認できません。」
艦隊が艦砲射撃を行なうにあたり、敵機から攻撃されるのは間違いない。艦隊が攻撃を開始するまで、つまりは湾岸施設が艦の射程に入るまで敵に発見されなかったとして、湾岸防衛を担う敵航空機の第一陣がやって来るまで長くて二十分。そこで艦隊は引き上げるわけだが、敵航空機の攻撃の前に甚大な被害を被るだろう。対応策として、本土からナケナシの友軍航空隊が、敵機を引き付けるためにやって来る算段になっていた。当時の王国としては、改良型の最新鋭機群がドーバー海峡を渡って来るわけだが、その航続距離は現在と比べると未だ短く、帰還することを考えると大陸付近で滞在できる作戦可能時間は二十分が限度といったところ。友軍航空隊が敵航空隊を引き付けているその間に、艦隊は可能な限り退却しなければならない。お粗末な作戦と言わねばならないだろう。何しろ、二十分で艦隊が移動できる距離は、航空機からの避難としては余りに少な過ぎる。それは、友軍航空隊が、その二十分の間で敵航空機隊に艦隊の追撃を諦めさせる程度の打撃を与えねばならない、ということを意味する。その実現性は誰がどうやって検証したのだろう。この作戦の危機レベルは、『困難』を越えて『無謀』と言ってよかった。その上、艦隊が未だ大陸に向けて航行中のこのタイミングで友軍航空隊が来てしまっては、敵航空隊が艦隊攻撃に到着する頃には、友軍航空隊は本土に帰り着いていることだろう。航空戦力の援護が皆無の艦隊が辿る運命を予想するのはたやすい。この時、艦長の脳裏に『撤収』が選択肢として追加されたに違いない。
落ち着きを取り戻した新米の監視員が状況の変化を告げた。
「友軍機、敵編隊に向かいます!」
艦隊指揮官の威厳を保ちながらも明らかに血の気が引いた顔の艦長の口から、誰とにもなく言葉が続く。
「何を考えているんだ! 大陸には距離があって未だ我が艦隊は攻撃にかかれないぞ! 今敵航空隊に見つかってしまったら……!!」
艦長は知らなかったが、この二十機のタイガー・シャークは俺が率いる編隊だった。王国の航空兵力にあって、俺が率いるこの編隊だけはあらゆる意味で例外だった。俺が皇太子だった当時に、特別に設えた空母戦闘機群。王家の血を引き、王家の秘蹟を受けた俺が操縦する戦闘機は、常人からすれば鬼神の動きに見えたに違いない。我が王家が、正当な皇帝一族の末裔であることが、この能力からも疑いようがない。その俺が鍛えに鍛えた編隊なのだ。数の差は勝敗を決しない。兵法も俺だけは避けて通る。航空機の性能もいい線を行っている。個々のパーツの基本的な性能は、残念ながら大陸には未だ敵わない。だが、目的さえ特定すれば、性能差はカバーできる。航空戦用に特化した機体には、それに不要なものは一切搭載していない。だから俺達の機体は、外見はタイガー・シャークに似ているが、全くの別物と言える。プロペラの形から違うし、ドッグファイトの高G用に燃料供給のパイプ径まで変えてある。誰が乗っても段違いの航空戦ができるはずだ。増してやこれに特化した俺のチームは、王国にあって敵が遭遇したくない唯一の戦隊だろう。無謀な作戦ではあっても、皇太子として俺はこの作戦を成功させなければならず、編隊を率いて推参したのだ。
既に東の空はかすかに白んでいるが、まだまだ夜明けまでは時間を要する頃、僅かに新月の朧光のみがプロペラの回転を仄かに認識させてくれる。首を後方に捻じ曲げて僚機を確認するも、極度に減灯した翼端灯がうっすらと見える程度だ。が、精鋭を以って名を知られた我が隊は、危険を伴う夜間の隠密飛行などお手のものだ。暗闇に沈んでいる海面を見ることは叶わないが、今頃は王国艦隊が大陸沿岸部に取り付く頃だろう。
「『ハモンドオルガン』から『リッケンバッカー』ヘ。神聖同盟航空隊を二時の方向に機数約百を認む。距離三万五千。」
「『ハモンドオルガン』了解。」
索敵機『ハモンドオルガン』から予定通り無電を受け、早暁の方向に隊を導いていく。あと二、三分もすれば接触する距離である。
戦闘が始まるまでの僅かの時間。幾度出撃しても慣れることの無い痺れるようなひととき。このタイミングでは無駄と分かってはいるが、改めてブリーフィングで計画した敵航空隊殲滅の段取りを反芻した。
東に飛んだことで空が少し明るくなり、群青色から緋色へ変わる曖昧な空の狭間にまるで熱帯魚のようにキラキラと光る一群が見えた。全百機で組成された神聖同盟の雷砲艇ニ十個小隊、かなりの規模だ。土手っ腹の太い機体は距離の間隔を鈍らせるが、距離は残すところ八千くらいと読んだ。護衛の機銃艇が僅かしか付いていないのが気になるが、目下の作戦運用はこの雷砲艇の殲滅にある。
俺は敵機の識別標が視認できる距離に肉薄したところで隊を散開させた。
「全機散開!」
右翼に待機していた三番小隊が大きくバンクを切って編隊後方の小隊に突入、展開していったのを目の端で追うのと同時に、こちらもフットバーを思い切り踏み込んで急上昇に転じ、そのまま桿を右舷にひねり倒して半宙返りを切って眼下正面に敵一番編隊を捉えた。左手にはスロットルの把手が握られ、リニアローターエンジンにいつでもムチを呉れられるべく待機している。距離は既に七百を割り込んだか、それ位だろう。照準器の照星が銃撃可能を告げたその刹那、赤ブースト位置にスロットル把手を放り込む。ひといきに回転計の針が跳ね上がり、強力なトルクにぐいぐいと機体が引き込まれていく。
もう一方の桿の先端にある発射ボタンのセーフティを解除してはいるが、一撃必中させるにはまだ我慢だ! とたん、弾幕の束がおおきくかぶさってきたが、鍛え上げられた駿馬のごとくしなる機体がこれをすり抜け、最初の一閃を神聖同盟の雷砲艇に浴びせた。風防のすぐ脇を光条がかすめ、そのたびに悲鳴のような銃弾の切裂き音が耳を貫く。視界のさきに目をやると、薄紫色のケムリの尾を引いてこちらの放った機銃の弾着が、まるでネズミが這うように敵機の胴をなぞっていくのが分かる。一瞬の沈黙を置いて、爆音をとどろかせ、どす黒い煙の広がりとともに四散した機体が海面から飛沫を上げて呑み込まれて行った。
あっけないものである。
<続きますよ、はい>
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