食べログの提訴の件で書いた記事に、お店側からのコメントや食べログのアルバイト(と名乗っている人)からのコメントがあり、それがいろいろ考えさせられることもあったので、そのあたりをちょっと整理してみた。お店の人からすると納得いかないところもあるだろうけれど、あくまで1つの意見だということで。
食べログの提訴で問われるソーシャルメディアの責任 - ビールを飲みながら考えてみた…
食べログ提訴:ソーシャルメディアと「削除」の意味 - ビールを飲みながら考えてみた…
お店側からもらったコメントというのが、食べログに「掲載」されることに否定的な内容だったのだけれど、こうしたお店側は何故、食べログに「掲載」されたくないのだろうか。もらったコメントからその理由を推測すると、
1)お店側のプライバシーの問題
2)利用者のマナーの問題
3)投稿内容の信頼性の問題
に分けられると思う。
1)お店側のプライバシーの問題というのは、「店は家と兼用で、玄関が世界発信されてます」というような問題だ。これはなかなか難しい。掲載されている写真が「店」か「自宅」かで扱い方も変わるだろう。
冷たい言い方をすれば、この時代店舗経営にはそういうリスクも含まれるとも言えるし、だからこそ一定の手続きで「削除」できるような仕組がサイト側に必要だともいえる。
2)利用者のマナーとは、勝手に写真が撮られる、勝手に掲載されるというもの。最近のマナーが崩壊しているという現状をわかりつつも、飲食業はお客様優位の世界だ。お客様をおもてなしし、楽しんでいってもらうというのがベースだろう。飲み屋なんかではお客さんの「わがまま」が前提になることもある。
そういった前提にたつと、写真を撮られたくなければ店側で事前に防衛策をとらねばならない。つまり「店内での撮影はご遠慮ください」「弊店の写真をインターネット上に掲載することはご遠慮ください」といった張り紙やアナウンスくらいは必要だろう。
3)投稿内容の信頼性の問題も挙げられる。「嫌みなコメントだと思ったら、定休日に食べたと書いてる」とか「僕はアルバイトで複数のIDを駆使して、飲食店の悪口かいてます」というコメントを見ると、こうした問題が小さくないのだなぁと思う。
こうした一部のいい加減な評価も、全体としての投稿数が多くそれ以外の適切な評価が多ければ全体としてはバランスのとれた評価に落ち着く。つまり「みんなの意見は案外正しい」という世界観が実現される。しかしこれは都心部の店舗の話だ。地方へ行けばそもそもまだまだ投稿数が少ない。1つの意見の影響力がまだまだ大きい。
だから削除は適切だと言う気もないのだけれど、少なくとも「食べログ」が今以上に一般の人にも利用されるまではこうした問題は続くのだろう。
ところで、当然といえば当然だけど、もらったコメントでは、
4)食べログの評価自体に納得いかない
という意見無かったけれどこうした感情をもっているお店もあるだろう。しかしこれは問題外だ。お店の側がどう評価していようと、これは一般の人々の評価であり、またただの「一般論」でしかない。辛いもの好きな人にとっては当てにならないかもしれないし、味覚の違う旅行者にとっても評価が異なるのは当たり前だ。その上での「評価」でしかなく、それに腹を立てるのはお門違いだし、評価を高めたければ多くの人に認められる「味」を作り出せばいい。
ところで、お店側にとって「食べログ」にメリットを感じるのは、「無料」で自らの店舗の宣伝を行ってくれるからだろう。しかし「無料」である以上、お店側が発信したい情報が掲載されるとは限らない。自ら情報を選別したければ、「ぐるナビ」のように、広告料を支払ってメディアに掲載される情報をコントロールしなければならない。
仮にうちはお金は支払ってでもいいから、掲載される情報は自分たちが発信したいものだけにしたい、と考えているお店があった場合、インターネット上の「口コミ」はどのように取り扱われるべきだろうか。この場合、「食べログ」のように「口コミ」を集めるサイトと「ブログ」のような個人メディアとは分けて考えなければならないだろう。
「口コミ」サイトの場合、それによってサイト運営者が「商売」をしているわけであり、何らかの責任が求められるのは仕方がない。Googleのような検索サイトでも、特定のページを検索対象から外す方法がある。問題は、どのような場合に「対象外」や「削除」ということだろう。その結果、「集合知」としての効果や可能性は低下するかもしれないが、それだけネットサービスが社会化されたということでもある。
ただし個人のブログなどへの記載の制限をすることは難しいだろう。これは個人の「表現の自由」との兼ね合いからだ。
いずれにしろインターネットの時代で情報をコントロールすることは無理がある。個人の行動や意見、思想、感情は「ライフログ」として蓄積され、データベース化され、マーケティングや行動支援として利用されていく。自分たちにとって都合のいい情報だけが流通するようにコントロールする、そうしたメディアとだけ付き合っていくという時代は終わったのだ。
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お店側からもらったコメントというのが、食べログに「掲載」されることに否定的な内容だったのだけれど、こうしたお店側は何故、食べログに「掲載」されたくないのだろうか。もらったコメントからその理由を推測すると、
1)お店側のプライバシーの問題
2)利用者のマナーの問題
3)投稿内容の信頼性の問題
に分けられると思う。
1)お店側のプライバシーの問題というのは、「店は家と兼用で、玄関が世界発信されてます」というような問題だ。これはなかなか難しい。掲載されている写真が「店」か「自宅」かで扱い方も変わるだろう。
冷たい言い方をすれば、この時代店舗経営にはそういうリスクも含まれるとも言えるし、だからこそ一定の手続きで「削除」できるような仕組がサイト側に必要だともいえる。
2)利用者のマナーとは、勝手に写真が撮られる、勝手に掲載されるというもの。最近のマナーが崩壊しているという現状をわかりつつも、飲食業はお客様優位の世界だ。お客様をおもてなしし、楽しんでいってもらうというのがベースだろう。飲み屋なんかではお客さんの「わがまま」が前提になることもある。
そういった前提にたつと、写真を撮られたくなければ店側で事前に防衛策をとらねばならない。つまり「店内での撮影はご遠慮ください」「弊店の写真をインターネット上に掲載することはご遠慮ください」といった張り紙やアナウンスくらいは必要だろう。
3)投稿内容の信頼性の問題も挙げられる。「嫌みなコメントだと思ったら、定休日に食べたと書いてる」とか「僕はアルバイトで複数のIDを駆使して、飲食店の悪口かいてます」というコメントを見ると、こうした問題が小さくないのだなぁと思う。
こうした一部のいい加減な評価も、全体としての投稿数が多くそれ以外の適切な評価が多ければ全体としてはバランスのとれた評価に落ち着く。つまり「みんなの意見は案外正しい」という世界観が実現される。しかしこれは都心部の店舗の話だ。地方へ行けばそもそもまだまだ投稿数が少ない。1つの意見の影響力がまだまだ大きい。
だから削除は適切だと言う気もないのだけれど、少なくとも「食べログ」が今以上に一般の人にも利用されるまではこうした問題は続くのだろう。
ところで、当然といえば当然だけど、もらったコメントでは、
4)食べログの評価自体に納得いかない
という意見無かったけれどこうした感情をもっているお店もあるだろう。しかしこれは問題外だ。お店の側がどう評価していようと、これは一般の人々の評価であり、またただの「一般論」でしかない。辛いもの好きな人にとっては当てにならないかもしれないし、味覚の違う旅行者にとっても評価が異なるのは当たり前だ。その上での「評価」でしかなく、それに腹を立てるのはお門違いだし、評価を高めたければ多くの人に認められる「味」を作り出せばいい。
ところで、お店側にとって「食べログ」にメリットを感じるのは、「無料」で自らの店舗の宣伝を行ってくれるからだろう。しかし「無料」である以上、お店側が発信したい情報が掲載されるとは限らない。自ら情報を選別したければ、「ぐるナビ」のように、広告料を支払ってメディアに掲載される情報をコントロールしなければならない。
仮にうちはお金は支払ってでもいいから、掲載される情報は自分たちが発信したいものだけにしたい、と考えているお店があった場合、インターネット上の「口コミ」はどのように取り扱われるべきだろうか。この場合、「食べログ」のように「口コミ」を集めるサイトと「ブログ」のような個人メディアとは分けて考えなければならないだろう。
「口コミ」サイトの場合、それによってサイト運営者が「商売」をしているわけであり、何らかの責任が求められるのは仕方がない。Googleのような検索サイトでも、特定のページを検索対象から外す方法がある。問題は、どのような場合に「対象外」や「削除」ということだろう。その結果、「集合知」としての効果や可能性は低下するかもしれないが、それだけネットサービスが社会化されたということでもある。
ただし個人のブログなどへの記載の制限をすることは難しいだろう。これは個人の「表現の自由」との兼ね合いからだ。
いずれにしろインターネットの時代で情報をコントロールすることは無理がある。個人の行動や意見、思想、感情は「ライフログ」として蓄積され、データベース化され、マーケティングや行動支援として利用されていく。自分たちにとって都合のいい情報だけが流通するようにコントロールする、そうしたメディアとだけ付き合っていくという時代は終わったのだ。
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腐ったサイト。
赤子をおぶってする飲食店もある。
気に入らないならスタッフに言え。
くさったネット社会。
生身で生きろ。
陰口をわざわざスタッフに言うの我慢して、家まで持って帰って、PCに書き込む。
すごい労力だ。
頑張れ、カカクコム。
ちなみにこのブログは★1つ・・ 著者の文章はクオリティ低すぎて読みにくいし、内容はありきたり
再訪は無い。
被害店の名前出すと、逆に疑わしい店への風評被害を作り出しかねないんですよね。それは私も望むところではないので・・・
こういう記事を投稿するんだよなぁ。