ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

ぐるりのこと。:木村多江とリリー・フランキーが演じた90年代の困難さと希望

2009年05月17日 | 映画♪
「ハッシュ!」以降、うつ病などもあって活動が止まっていた橋口亮輔監督の新作。何よりも、こんな風に年をとれればいいなぁ、結婚をするのも悪くないかもなぁ、と思える映画。どこにでもいそうなあるカップルの10年を通じて、しかし橋口亮輔監督の射程は激動の90年代という時代の背後にあった深い断絶や僕らをとらえている強迫観念をすくいとる。木村多江とリリー・フランキーという異色カップルを通じて、生きることの「希望」を描いた傑作。


【あらすじ】

「お、動いた!」小さく膨らんだお腹に手を当て、翔子(木村多江)は夫のカナオ(リリー・フランキー)とともに、子を身籠った幸せを噛みしめていた。しかし、そんなどこにでもいる二人を突如として襲う悲劇…初めての子どもの死をきっかけに、翔子は精神の均衡を少しずつ崩していく。うつになっていく翔子と、彼女を全身で受け止めようとするカナオ。困難に直面しながら、一つずつ一緒に乗り越えていく二人…。(goo 映画より)

【「ぐるりのこと。」予告編】



【レビュー】

子供を亡くしてしまった悲しみとはどれほどのものだろう。

子供を失ってしまったことの悲しみや喪失感、憤り、あるいはこうした言葉にさえできない「整理てきない感情」を抱えながら翔子は自らを失っていく。仕事中にもぼーっとしてしまい、後輩との関係もうまくゆかず、些細なことで自分の感情をコントロールできなくなる。

イエグモは幸福をもたらす――そのイエグモを殺してしまったカナオに翔子の感情は爆発する。どうしていいかわかんない。もっと、もっと、もっと上手くやりたかったのに。もう子供できないかもしれない。好きな人と通じ合っているかわかんない――。

物語はこうした翔子とカナオの10年間の軌跡に、法廷画家としてカナオが接した90年代を代表するような事件の裁判の様子が差し込まれるように進んでいく。もちろんこの裁判の様子がこの10年間の社会にあった「負」を描いていることは間違いない。しかし冒頭で僕が「掬い取る」と評したのは、この裁判の様子が入っていたからではない。それぞれの裁判の中で描かれた社会との「断絶」だけでなく、翔子とカオルの物語の中にこそこの社会が抱え込んでしまった「負」の側面と「希望」が描かれているからだ。

翔子を追い込んでいったものは何だったのだろう。

翔子は未来に対して、自分は上手くやれる、子供も育てて、幸福になれると信じていたのだろう。
「ちゃんとしなきゃダメなのよ。」
そうすれば全てがうまくいくかのように。

もちろんそれは彼女自身がそう信じたことである。しかし同時にそれは「社会」やそれを構成する「周囲の人々」が翔子に要請していた結果ではなかったか。

男ト同等ニ仕事ヲスルコトガコレカラノ女
愛シ合ウカップルハ常ニ愛ヲ確認シアウモノ
子供ヲ生ムコトガ女ノ幸セ
仕事モ家庭モ両方ヲ充実サセルコトガ女ノ証

男女雇用機会均等法が成立したのが1985年。90年代というのは女性が仕事をするのが当たり前になった時代であると同時に、女性が家庭を守るということが前提となった考え方がまだまだ残っている時代だといっていい。その一方で「イイ女」「女ノ幸セ」の条件が大きく変わり、積極的に獲得していくもの・自らの生活を演出していくものとなり、そのライフスタイルがソフィストケイトされた時代だとも言える。

翔子を追いやったのはそうした(社会が要請した)「スタイル」から外れてしまったこと。自ら信じていた社会の「規範」・「適正さ」についていけなかったこと。そうした「強迫観念」につぶされそうになったからだろう。

「ちゃんとしたかったの。でも、ちゃんとできない…」

そんな翔子にカナオはこう答えるのだ。

「みんなに嫌われてもいいじゃん。好きな人にたくさん好きになってもらったら、そっちのほうがいいよ。」

翔子の鼻水をなめながら…


生きていくということは決してきれいなことばかりではない。かっこいいことばかりではない。口にだされる言葉が全てではないし、目に見えることが全てではない。思い出してあげること。死を想うこと。無理をしないこと。生きることもまた技術なのだ。

様々な事件がおき、様々な人が行き交う。逃げる人、逃げて死んでしまう人、苦しみながらも生きていく人…カナオは何を想うのだろう。もうちょっとずつ皆が「生きる技術」をもっていたならば、しかしそれはそれぞれが見つけ出していかねばならないのだろう。


【評価】
総合:★★★★★
リリー・フランキーがはまり役!:★★★★☆
主題歌もなかなかあってます:★★★★☆


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DVD「ぐるりのこと。」


ぐるりのこと。主題歌「Peruna/Akeboshi」 

Akeboshi/Yellow Moon(CD)






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