寝転がって気ままに想う事

 世の中ってこんなもんです・・
面白可笑しくお喋りをしましょうか ^^

夢よ!再び…19

2011年05月13日 08時16分31秒 | 日記
お店が急に明かるくなりました。 スローなジャズからボッブスに変わったからでしょうか。
カラオケのない飲み屋もいいもので、酔客の音痴を聞くだけでストレスが発生すれども他に良いことが何一つありません。 そうは言っても私なんかママさんに煽てられてついマイクを持ってしまうのでしたが(笑)。
リズミカルな音色が店内をウキウキした雰囲気に変えてきたのがテーブルまで届きました。
心なしか佐川本部長の声もいつものトーンに戻っています。
『それがねぇ中学までは全くダメでね』
うんうん赤井さんは引き込まれたようにうなずきます。
『姉貴がさぁ、働いてしばらくしてから事故で大けがしてね…』
『見舞いに行った俺の手を取ってね崇史お前は必ず出来るからね!』
神妙に話す佐川本部長…
話は続きます。
『俺はさぁその時にあっ!と気がついたんだよ』
『はい』赤井さんはうなずきます。何に気がついたかは話しませんでしたが、
中学三年生から猛烈に成績を上げていき見事一番の高校に進学しました。
『それで俺は長男だから家の跡を継がなきゃあいけないと思って地元の国立を受けようとしたら姉貴がさぁ…』
『うん、姉貴が…』催促するように長原ちゃんが乗り出します。
『ちょっと部長出過ぎてますよ』
赤井さんが窘(たしな)めていますが
我関せず…(笑)
『それで…』
『うんうん』
『ちょっと部長話が聞けませんよ(怒)』『そうムキになるなよ!』
『ち、違いますよ!』
『そ~ら赤くなった!』
囃子立てる長原ちゃんに佐川本部長は、『ばかだなぁ!』と一言つぶやくと静まるまで待ちました。
苦労する姉貴は佐川本部長に家の事は気にせずに東京で思い切りやりなさい!とアドバイスしました。
『東京…』
今まで全く意識もしなかった地名です。
姉貴は大けがの後嫁に行きましたが両親の家から近いため今でも世話をしながらいるそうで、 たまに佐川本部長が帰ると自分の事のように喜ぶ姉をみて今日まで励んで来たのでした。
怪我がもとでか姉貴には子供ができませんでした。
それだけに年の離れた佐川本部長はとても可愛がられたそうで、東京のことや、『今度ね部長になったをだよ』なんて言うものなら飛び上がって喜んでくれました。
そんな姉貴がいたのですね…
いつぞや幹部の親睦会(家族会)がありました。普通は内助の功で女房を招待するのですが、 この時はお姉さんを招待したそうです。
女房はむろん、このお姉さんは陰になり佐川本部長を応援してくれたのでこんにちがあるのだ、と常日頃思っていたからでしょう。前日からお姉さんはいらっしゃいました。
東京見物をして初老に入ったお姉さんは涙を流して喜びました。
そして『私はいつかこんな風に崇史に東京見物に連れてくれると思っていたわ』
この言葉を聞いてさすがの佐川本部長もホロリです(笑)
『崇史はがんばったのね…』
しみじみ言う姉の横顔を見て佐川本部長はもっともっとやるぞ!と誓いました。
翌日親睦会で佐川本部長は鬼塚専務に姉を紹介しました。
『専務、私の姉です』
『そうですか。鬼塚です』
普段荒くれの鬼塚専務もさすがにこの日はにこやかにしていらっしゃいます。
『いつも崇史がお世話になっております』
一通り挨拶をすませると
『専務私は早くに母を亡くしたおかげでこの姉が母親代わりでして実の親以上に可愛がって育ててくれたのです』と紹介しました。
『そりゃあご苦労されたのでしょう』うんうんうなずきながら鬼塚専務。
実はこの方こんな人情話が大好きでした。
『佐川君は実に優秀でね。ゆくゆくはうちの役員になってもらうつもりですよ』
多分にお世辞も混じっていたのでしょうが、この言葉を聞いたお姉さんは感涙に濡れながらに『不束な弟ですが何卒よろしくお願い致します』
深々と頭を下げてお礼をのべられたと言います。
後に鬼塚専務が『佐川には過ぎたお姉さんだ』と感嘆していらっしゃっそうです。

あの鬼塚専務が褒めるくらいだからこりゃ相当にいい人だ…一時は評判になったくらいでした。
コメント
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