おはようございます(^^) 長い夏休みも終わりました^^;
私の場合 8月13日→21日まで の9日間♪ この長い休みを如何に過ごすか 熟考に熟考を重ね あれやこれやと 思案に思案をした結果、これといった前向きな休みに出来ずに… 過年度の如くたらたらと灼熱の日々を汗を拭き拭きつまらないつまらないと嘆きつつ過ごしてしまいました。
最終日に反省するなどは毎度のことなので 今年は大してせず 諦めるより呆れるくらいが関の山でしたね^^;
大体長い休みが終わり さて と 明日からの出社 或いは遠い古(いにしえ)には登校となってみて あれほど 悔いのないように との思いを持ちながら 今年も又このような体たらく。
振り返るまでもなく 我が身の無対策さに いい加減嫌気がさしてくるのは毎度ながら まず出社、或い登校した時に 回りの人をつかまえては 休み期間中の 他愛いもない戯れ事や ため息交じりの噂話を聴く振りをしながら 実は内心 同じような 後悔の念を小耳に挟むのを嬉々としている我が身のなんと 恥ずかしいやら浅はかなことと思いながらもこれつまらない休みを嘆いているんだなぁとほくそえむ姿を鏡などに映すものなら消え失せてしまいそうなくらいな恥知らずな所存。
そもそも、凡人である私は 人の幸せに妬みをいだくのが常で それを糧に 自身の向上に繋げるような 切磋琢磨を以て健全な精神に宿るような気持ちは持ち合わせていません。 だから 長い休みを無駄に過ごした時も 他人が如何に充実した休みだったかと したり顔で話すのを聴くのは 全く苦手で 一応は 笑顔でいながらも内心は 唾を吐きかけ罵声を浴びせているのです。 そして 虚脱感漂うような他人を見つけ出し、例えばその内容が縁者の不幸に廻り合い 折角の休みが台無しになったなどの嘆き話を 正に これこれ と進んでその話題に入り込むことで 理由はともあれ 休みを流されたと嘆くその人の憔悴しきった顔を眺めているのが至福の時間で それ等よく似た話を次から次と聴いて回り それを我が身と重ねて 妙な納得感に浸りながら 我が身が得た 呆然自失な気持ちにケリをつけるのです。
まぁ 早い話が傷口の舐め合いみたいなもので なんだみんな アカンかったやん。と 程度の低さを横並びに仕付けてしまって 自己のやるせなさを解消するのは 所謂 自己の内に棲む防衛本能の致すところかも知れませんね^^;
だって 高々休みを無意味に過ごしたことみたいな仔細な事で自身を責めても 時間は取り戻せないし 内心であれこれと葛藤して それを次に活かせるようなら 私はとっくに学者か何か 人から尊敬される人物になっていたことでしょう。
同じような過ちを繰り返す 愚かさは充分過ぎるほどありますのに 過去を反省して未来に繋げる才能に多少欠落があるようで 真剣に考えたら 次に繋がるようなことが出来るかも知れませんが、それが難題なら なんとなるかと考えるのが 自己の嫌悪に苛まれるか 悩みぬいた挙げ句に内の病魔に冒されるやも知れませんから、自己の反省もほどほどにしなければなりませんね^^;
さて
夏の甲子園も終わりました。オリンピックも終わりました。
どちらも夏の祭典と呼ぶに相応しい大会でした。
あれこれ 文句をつけても 私の流儀に従うと所詮は 過ぎたもの。
他人の金メダルに一喜一憂する人も 時間が経てば それだけのものと 流してしまうのでしょうが、 はて 次回の東京 オリンピックには私はどうしてるでしょうか。
以前は 次までのオリンピックに意識も然程(さほど)なく過ごしていたのですが、自身の終焉に近づく意識が出てきた昨今は 昔みたいに 四年後のオリンピックを流していられない気がしますね^^;
私の場合 8月13日→21日まで の9日間♪ この長い休みを如何に過ごすか 熟考に熟考を重ね あれやこれやと 思案に思案をした結果、これといった前向きな休みに出来ずに… 過年度の如くたらたらと灼熱の日々を汗を拭き拭きつまらないつまらないと嘆きつつ過ごしてしまいました。
最終日に反省するなどは毎度のことなので 今年は大してせず 諦めるより呆れるくらいが関の山でしたね^^;
大体長い休みが終わり さて と 明日からの出社 或いは遠い古(いにしえ)には登校となってみて あれほど 悔いのないように との思いを持ちながら 今年も又このような体たらく。
振り返るまでもなく 我が身の無対策さに いい加減嫌気がさしてくるのは毎度ながら まず出社、或い登校した時に 回りの人をつかまえては 休み期間中の 他愛いもない戯れ事や ため息交じりの噂話を聴く振りをしながら 実は内心 同じような 後悔の念を小耳に挟むのを嬉々としている我が身のなんと 恥ずかしいやら浅はかなことと思いながらもこれつまらない休みを嘆いているんだなぁとほくそえむ姿を鏡などに映すものなら消え失せてしまいそうなくらいな恥知らずな所存。
そもそも、凡人である私は 人の幸せに妬みをいだくのが常で それを糧に 自身の向上に繋げるような 切磋琢磨を以て健全な精神に宿るような気持ちは持ち合わせていません。 だから 長い休みを無駄に過ごした時も 他人が如何に充実した休みだったかと したり顔で話すのを聴くのは 全く苦手で 一応は 笑顔でいながらも内心は 唾を吐きかけ罵声を浴びせているのです。 そして 虚脱感漂うような他人を見つけ出し、例えばその内容が縁者の不幸に廻り合い 折角の休みが台無しになったなどの嘆き話を 正に これこれ と進んでその話題に入り込むことで 理由はともあれ 休みを流されたと嘆くその人の憔悴しきった顔を眺めているのが至福の時間で それ等よく似た話を次から次と聴いて回り それを我が身と重ねて 妙な納得感に浸りながら 我が身が得た 呆然自失な気持ちにケリをつけるのです。
まぁ 早い話が傷口の舐め合いみたいなもので なんだみんな アカンかったやん。と 程度の低さを横並びに仕付けてしまって 自己のやるせなさを解消するのは 所謂 自己の内に棲む防衛本能の致すところかも知れませんね^^;
だって 高々休みを無意味に過ごしたことみたいな仔細な事で自身を責めても 時間は取り戻せないし 内心であれこれと葛藤して それを次に活かせるようなら 私はとっくに学者か何か 人から尊敬される人物になっていたことでしょう。
同じような過ちを繰り返す 愚かさは充分過ぎるほどありますのに 過去を反省して未来に繋げる才能に多少欠落があるようで 真剣に考えたら 次に繋がるようなことが出来るかも知れませんが、それが難題なら なんとなるかと考えるのが 自己の嫌悪に苛まれるか 悩みぬいた挙げ句に内の病魔に冒されるやも知れませんから、自己の反省もほどほどにしなければなりませんね^^;
さて
夏の甲子園も終わりました。オリンピックも終わりました。
どちらも夏の祭典と呼ぶに相応しい大会でした。
あれこれ 文句をつけても 私の流儀に従うと所詮は 過ぎたもの。
他人の金メダルに一喜一憂する人も 時間が経てば それだけのものと 流してしまうのでしょうが、 はて 次回の東京 オリンピックには私はどうしてるでしょうか。
以前は 次までのオリンピックに意識も然程(さほど)なく過ごしていたのですが、自身の終焉に近づく意識が出てきた昨今は 昔みたいに 四年後のオリンピックを流していられない気がしますね^^;