いわゆるアベノミクスへの期待で、株高と円安・ドル高が一段と進んでいます。日経平均株価は28日、前日比72円高の1万0395円と4日続伸し、連日の年初来高値更新で2012年の取引を終えました。同日の東京外国為替市場では円相場は1ドル=86円台後半に下落し、2年5カ月ぶりの円安・ドル高水準を付けました。
来年の夏の参議院選挙までは、経済再生に集中し選挙での勝利を確実なものにしようとしている安倍内閣としては、まことに喜ばしいニュースでしょう。また、長らくのデフレ不況にあえぐ日本経済にとっても吉報と言っていいでしょう。
しかしながら、ここに気になることがひとつあります。喉にひっかかった魚の小骨がなかなか取れなくて、その存在感が大きくなってきたような感じがあるのです。
その「魚の小骨」は、来月に予定されている、安倍首相の訪米に関わることです。安倍首相は、民主党政権がガタガタにした日米同盟関係を再構築し強化するために訪米します。それが対外政策の最重要課題であると判断したからこそ、安倍首相は、首相就任後のはじめての外遊先としてアメリカを選んだのです。それ自体は妥当な選択と言っていいでしょう。では、なにが問題なのか。
安倍首相との話し合いの席で、オバマ大統領は必ずや、日米同盟の強化と引きかえに日本のTPP交渉への参加を求めてくることでしょう。その場合、安倍首相は何と答えるのでしょうか。あいまいな答えは事柄の性質上許されません。YESかNOのどちらかをはっきりと意思表示しなければならないのです。
私の不安は、安倍首相がNOとはっきり言えないのではないか、ということにまつわるもの、というにとどまりません。正直なところそれもなくはないのですが、むしろリーダーとしての安倍晋三を支える国民の意識にまつわるもの、と言った方がより正確です。
それは、ざっくりと言ってしまえば、デフレ脱却のアベノミクスが実はいまのアメリカの国益に反するものである、という厳然たる事実に根ざしたものです。
その不安がくっきりとあぶりだされるきっかけになった文章を、ご紹介します。それは、「東田剛」氏の「日米同盟という経済政策」です(「三橋経済新聞」の26日配信分)。それほど長い文章ではないので、全文を掲げます。
「日米同盟という経済政策」 (東田剛)
安倍総理は、日米同盟の強化を掲げています。中国や北朝鮮との問題が深刻化している以上、当然の方針と思います。
ところで、日米同盟の強化とは、具体的には何をやるのでしょう。
まず間違いないのは、第一次安倍内閣が取り組んでいた集団的自衛権の行使容認でしょう。これは正しい方針と思います。日米同盟の強化は、あくまで日本の防衛力を強化する形で行われなければなりません。
しかし、ここで、やっぱり心配になるのは、TPPの件です。TPP推進論者は、日米同盟強化のためにTPP参加が必要だと言っていたからです。
でも、日米同盟の強化のためには、何でもかんでもアメリカの意向に従い、経済的利益を差し出さなければならないというのならば、「アベノミクス」なんかも、やめといた方がいいですね。
第一に、アベノミクスによる円安は、輸出拡大と製造業の復活による雇用創出を掲げるアメリカの戦略に真っ向から反するからです。
第一次安倍内閣当時のブッシュ政権は、円安・ドル高を容認していたので、円安による輸出拡大が可能でした。しかし、リーマン・ショックで状況は大きく変化し、現在のオバマ政権は、ドル安を志向しています。第一次安倍内閣と第二次安倍内閣とでは、アメリカの戦略はまったく違うのです。
第二に、アベノミクスによる財政出動は、滞留するマネーを内需拡大に振り向け、貯蓄過剰を是正します。しかし、これまで、デフレによる日本の過剰貯蓄こそが、超過債務国アメリカをファイナンスしてきたのです(藤井聡先生の『維新・改革の正体』に出てきた「日本財布論」ですな)。ですから、もし、日本がデフレを脱却したら、米国債の買い手が減り、米国債の金利が上昇し、アメリカの財政が悪化する恐れがあります。
このように、アベノミクスは、本質的に、アメリカのご機嫌を損ねる政策なのです。
そこでアメリカのご機嫌を直そうとして、TPPに参加したとしたら、どうなるでしょうか。
アベノミクスで創出した需要や雇用は、TPPによる制度変更や外国企業の参入によってアメリカに漏出します。あるいは、競争激化のデフレ圧力で、賃金が上がらなくなります。そうしたら、せっかくアベノミクスを講じても、その目的であるデフレ脱却は、難しくなるでしょう。
要するに、アメリカの経済面での意向に反しないで、日本のデフレ脱却を成し遂げることなど、できないのです。年次改革要望書などのアメリカの要求と、日本のデフレ不況がほぼ時期を一にしているのは、偶然ではありません。
例えば、親米派が大好きなジョセフ・ナイ先生は、日本にTPPへの参加を促しています。そのナイ先生は、九○年代前半、アメリカ政府内の外交政策に関する会議の席で、こう唱えたそうです。
「日本を今後も自主防衛能力を持てない状態に留めておくために、アメリカは日米同盟を維持する必要がある。日本がアメリカに依存し続ける仕組みを作れば、我々はそのことを利用して、日本を脅しつけてアメリカにとって有利な軍事的・経済的要求を呑ませることができる」(伊藤貫『自滅するアメリカ帝国:日本よ、独立せよ』pp63-4)。
日米同盟は、日本に自主防衛能力を持たせず、アメリカに有利な経済的要求を呑ませるためのものなんですって。
もし、そんな日米同盟の強化のために、TPPごときも拒否できないというなら、デフレ脱却も、国防軍の創設も、憲法改正も、最初からあきらめた方がいいですね。
なかなか辛辣な文章です。そうして、物事の真相を射抜いている文章でもあります。「東田」氏は、具眼の士なのです。
アベノミクスは、本質的に、アメリカのご機嫌を損ねる政策なのです。
これを別言すれば、日本はオバマ・アメリカの意向に逆らうことなしに、デフレ・円高からの脱却を成し遂げることができない、ということです。この厳然たる真実から、私たち日本人は、目をそらすべきではありません。
その第一関門が、来月の安倍・オバマ会談なのです。当会談で、安倍総理がオバマにTPP参加に関してはっきりとNOの意思表示ができなければ、デフレ・円高脱却のアベノミクスは、根のところで画餅に帰してしまいます。戦後レジームからの脱却は、一丁目一番地で挫折を余儀なくされることになってしまうのです。
なぜでしょうか。以下、それを説明します。
TPPへの参加は、日本にデフレ圧力をもたらします。なぜなら、「聖域なき関税撤廃」によって、日本にTPP加盟諸国の安価な商品・サービス・労働力がどっと押し寄せるからです。それらと、日本の商品・サービス・労働力が熾烈な安値競争を演じ、物価・賃金にさらなる下方圧力がかかることが危惧されるのです。それは、日本の構造改革論者からすれば、グローバリズム・規制緩和の総仕上げを意味するでしょう。いいかえれば、構造改革の本質は、デフレ促進なのです。
TPPの本質はいわゆる自由貿易の推進などではまったくありません。TPPは、アメリカにとって日本の非関税障壁の破壊をもたらもの以外のなにものでもない。日本をアメリカのグローバル企業とグローバル資本の草刈り場に改造することが、TPPをめぐるアメリカの目論見なのです。いいかえれば、日本の経済システムをアメリカン・スタンダードに基づいて改変し、アメリカの日本とのかかわりにおける、さらにはもっと端的に日本における経済活動を円滑に進めるのが、彼らの目論見なのです。一九八五年のプラザ合意以来の日米交渉史を俯瞰すれば、それは明らかなのではありませんか。貿易の相手先として、GDPが低いほかのTPP加盟国などアメリカにとってものの数ではありません。日本が輸出増のターゲットなのです。アメリカにとって、TPPの眼目は日本なのです。
デフレ・円高からの脱却を通じて強い日本の実現を目論むアベノミクスとTPPが相容れないことは自明と言っていいでしょう。いいかえれば、国民経済の充実を目標とするアベノミクスと原理主義的なグローバリズムを追求するTPPとは、不倶戴天の敵どうしなのです。グルーバル原理主義にとって、国民経済はやっかいで「効率」の悪い障害物にほかなりません。農協・日本医師会・公共事業の談合。これらは、グローバル原理主義にとって打破すべき守旧勢力・既得権益集団であってそれ以外のなにものでもないのです。「それは当然のことではないか」という声がどこからか聞こえてくるように感じます。私たち日本人は、経済に関する自分たちのやり方に対して過剰に否定的に受けとめる傾向が強いですね。それは、国民経済を敵視する新自由主義的な価値観に、私たちがすっかり毒されてしまったから、というよりほかはありません。いつのまにか、私たちは、資本主義=新自由主義=市場原理主義というすり替えに自分たちの頭をすっかり馴らしてしまったのです。
このように考えてみると、国民経済の再構築を目論む安倍首相は、オバマとの話し合いで、TPP参加に関してきっぱりとNOの意思表示するほかありません。交渉によって農業等で多少の譲歩があったからといって、アメリカン・スタンダードによるトータルな日本改造というTPPの本質が変わるわけではないので、それはやむを得ないでしょう。
そうすると、日米同盟の再構築が不可能になるにちがいないって?そんなことはありません。安倍首相はオバマを次のように説得すればいいのです。
『昨今の極東情勢の不安定化の核心には、日本の国力の衰退(端的にはGDP成長率の停滞・低下)がある。それが極東の安全保障体制の流動化・液状化の核を成している。で、日本の国力の衰退の根本原因は、デフレ・円高である。だから、日本がデフレ・円高からの脱却を実現することは、極東情勢の不安定化の主たる要因を解決することを意味する。それは、覇権国家としてのアメリカの国益に十二分にかなうことでもあろう。
しかるに、アメリカがここで短兵急に日本に対してTPP参加を求め、日本がそれに同意したならば、日本のデフレ・円高からの脱却を著しく困難にしかねない。それは、アメリカが極東情勢のさらなる不安定化に加担することを事実上意味するだろう。と同時に、アメリカの国益を損なう振る舞いでもあろう。円安を拒否し、日本のTPP参加を強要することで得られる輸出増という目先の利益の獲得とひきかえに、アメリカは、極東情勢の制御不能化、という覇権国家としての国益の深甚な損失を招来しかねないのである。
ここは、長期的な展望に立って、日本の国力再生・充実を見守るべきである。その過程で、日本は、国民経済を充実させ内需の拡大を実現する。それは、アメリカからの輸入を懐深く受け入れることができる経済体制を確立することを意味する(つまり、「あなたの在任中に、必ずアメリカをたんまりと儲けさせて、あなたの大統領としての顔も立ててあげます。だからアベノミクスへのご支援を」ということです)。それこそが、世界平和に資する道なのではないか。それとも、オバマさん、あなたは弱体化した国を同盟相手国としてお望みなのか?そういう国が強力なパートナーになりうるとお考えか?』
安倍首相が、これだけのことを堂々と余裕を持って説くには、国民の一定の理解が必要です。すなわち国民は、アベノミクスがアメリカの目先の利益に抵触する経済政策であること、および、それを乗り越えて当経済政策を推進するには、長期的な展望に立ったうえでのアメリカに対する理にかなった説得が必要であることを理解する必要があるのです。
「ほら、安倍さんがいい気になっているから、親分のアメリカが機嫌を損ねてしまっただろ?」的な属国ヤジウマ根性は、厳に慎むべきです。それは、安倍首相の背後から彼に矢を放つような所業です。私は、バカで不勉強で猿知恵だけはしっかりとある既存のマスコミ連中が寄ってたかって、そういう属国ヤジウマ根性を発揮し、少なからぬ一般国民がそれについ同調することになってしまうのではないか、と不安がっているのです。心底不安がっているのです。そういう動きは、国民経済を守りぬこうとする安倍首相の孤立化を招くほかないでしょう。それで、安倍内閣はまたもや万事休す、悪夢の再来です。私たちには、「失われた三十年」、中共による野放図な侵略の座視、という暗い未来が待ち受けているばかりになります。それで、いいのですか?
以上から、次のように言えるのではないでしょうか。すなわち、アベノミクスは、日本国民に属国根性から脱却し「一身独立して一国独立す」(福沢諭吉『學問のすすめ』)という建国の気概に立ち帰る「覚悟」を決めることを求めている、と。それを抜きにして、その目論見の実現は到底おぼつかないのです。これまでのように「安倍さんのお手並み拝見」などと観客を決め込んでいる場合ではない、ということです。
〔付記〕
私は、安倍政権を支持する者であります。しかしながら、当政権の納得のいかない意思決定に対して、いつまでも唯々諾々と従う者ではありません。国難脱却のための原理原則に関して、私が安倍政権に妥協する幅はそれほど広くありません。それは、日本の全体状況の危機に鑑みて、安倍自民党が掲げた諸政策を支持している、という私なりの事情があるからです。
いささか話が飛ぶようですが、連立政権を組んだ公明党の支持母体である創価学会は、オウム真理教に勝るとも劣らぬカルト宗教であるといまでも思っています。そういう支持母体を持つ政党といつまでもうだうだぐちゃぐちゃやっているとすれば、いずれ私は自民党を見放すことになるでしょう。一支持者の、そういうスタンスを、自民党はあまり軽く見ないほうがいいと思います。そのかわり、自民党がどうすれば創価学会と手を切ることができるようになるか、私なりに真剣に考えてみようと思っています。
来年の夏の参議院選挙までは、経済再生に集中し選挙での勝利を確実なものにしようとしている安倍内閣としては、まことに喜ばしいニュースでしょう。また、長らくのデフレ不況にあえぐ日本経済にとっても吉報と言っていいでしょう。
しかしながら、ここに気になることがひとつあります。喉にひっかかった魚の小骨がなかなか取れなくて、その存在感が大きくなってきたような感じがあるのです。
その「魚の小骨」は、来月に予定されている、安倍首相の訪米に関わることです。安倍首相は、民主党政権がガタガタにした日米同盟関係を再構築し強化するために訪米します。それが対外政策の最重要課題であると判断したからこそ、安倍首相は、首相就任後のはじめての外遊先としてアメリカを選んだのです。それ自体は妥当な選択と言っていいでしょう。では、なにが問題なのか。
安倍首相との話し合いの席で、オバマ大統領は必ずや、日米同盟の強化と引きかえに日本のTPP交渉への参加を求めてくることでしょう。その場合、安倍首相は何と答えるのでしょうか。あいまいな答えは事柄の性質上許されません。YESかNOのどちらかをはっきりと意思表示しなければならないのです。
私の不安は、安倍首相がNOとはっきり言えないのではないか、ということにまつわるもの、というにとどまりません。正直なところそれもなくはないのですが、むしろリーダーとしての安倍晋三を支える国民の意識にまつわるもの、と言った方がより正確です。
それは、ざっくりと言ってしまえば、デフレ脱却のアベノミクスが実はいまのアメリカの国益に反するものである、という厳然たる事実に根ざしたものです。
その不安がくっきりとあぶりだされるきっかけになった文章を、ご紹介します。それは、「東田剛」氏の「日米同盟という経済政策」です(「三橋経済新聞」の26日配信分)。それほど長い文章ではないので、全文を掲げます。
「日米同盟という経済政策」 (東田剛)
安倍総理は、日米同盟の強化を掲げています。中国や北朝鮮との問題が深刻化している以上、当然の方針と思います。
ところで、日米同盟の強化とは、具体的には何をやるのでしょう。
まず間違いないのは、第一次安倍内閣が取り組んでいた集団的自衛権の行使容認でしょう。これは正しい方針と思います。日米同盟の強化は、あくまで日本の防衛力を強化する形で行われなければなりません。
しかし、ここで、やっぱり心配になるのは、TPPの件です。TPP推進論者は、日米同盟強化のためにTPP参加が必要だと言っていたからです。
でも、日米同盟の強化のためには、何でもかんでもアメリカの意向に従い、経済的利益を差し出さなければならないというのならば、「アベノミクス」なんかも、やめといた方がいいですね。
第一に、アベノミクスによる円安は、輸出拡大と製造業の復活による雇用創出を掲げるアメリカの戦略に真っ向から反するからです。
第一次安倍内閣当時のブッシュ政権は、円安・ドル高を容認していたので、円安による輸出拡大が可能でした。しかし、リーマン・ショックで状況は大きく変化し、現在のオバマ政権は、ドル安を志向しています。第一次安倍内閣と第二次安倍内閣とでは、アメリカの戦略はまったく違うのです。
第二に、アベノミクスによる財政出動は、滞留するマネーを内需拡大に振り向け、貯蓄過剰を是正します。しかし、これまで、デフレによる日本の過剰貯蓄こそが、超過債務国アメリカをファイナンスしてきたのです(藤井聡先生の『維新・改革の正体』に出てきた「日本財布論」ですな)。ですから、もし、日本がデフレを脱却したら、米国債の買い手が減り、米国債の金利が上昇し、アメリカの財政が悪化する恐れがあります。
このように、アベノミクスは、本質的に、アメリカのご機嫌を損ねる政策なのです。
そこでアメリカのご機嫌を直そうとして、TPPに参加したとしたら、どうなるでしょうか。
アベノミクスで創出した需要や雇用は、TPPによる制度変更や外国企業の参入によってアメリカに漏出します。あるいは、競争激化のデフレ圧力で、賃金が上がらなくなります。そうしたら、せっかくアベノミクスを講じても、その目的であるデフレ脱却は、難しくなるでしょう。
要するに、アメリカの経済面での意向に反しないで、日本のデフレ脱却を成し遂げることなど、できないのです。年次改革要望書などのアメリカの要求と、日本のデフレ不況がほぼ時期を一にしているのは、偶然ではありません。
例えば、親米派が大好きなジョセフ・ナイ先生は、日本にTPPへの参加を促しています。そのナイ先生は、九○年代前半、アメリカ政府内の外交政策に関する会議の席で、こう唱えたそうです。
「日本を今後も自主防衛能力を持てない状態に留めておくために、アメリカは日米同盟を維持する必要がある。日本がアメリカに依存し続ける仕組みを作れば、我々はそのことを利用して、日本を脅しつけてアメリカにとって有利な軍事的・経済的要求を呑ませることができる」(伊藤貫『自滅するアメリカ帝国:日本よ、独立せよ』pp63-4)。
日米同盟は、日本に自主防衛能力を持たせず、アメリカに有利な経済的要求を呑ませるためのものなんですって。
もし、そんな日米同盟の強化のために、TPPごときも拒否できないというなら、デフレ脱却も、国防軍の創設も、憲法改正も、最初からあきらめた方がいいですね。
なかなか辛辣な文章です。そうして、物事の真相を射抜いている文章でもあります。「東田」氏は、具眼の士なのです。
アベノミクスは、本質的に、アメリカのご機嫌を損ねる政策なのです。
これを別言すれば、日本はオバマ・アメリカの意向に逆らうことなしに、デフレ・円高からの脱却を成し遂げることができない、ということです。この厳然たる真実から、私たち日本人は、目をそらすべきではありません。
その第一関門が、来月の安倍・オバマ会談なのです。当会談で、安倍総理がオバマにTPP参加に関してはっきりとNOの意思表示ができなければ、デフレ・円高脱却のアベノミクスは、根のところで画餅に帰してしまいます。戦後レジームからの脱却は、一丁目一番地で挫折を余儀なくされることになってしまうのです。
なぜでしょうか。以下、それを説明します。
TPPへの参加は、日本にデフレ圧力をもたらします。なぜなら、「聖域なき関税撤廃」によって、日本にTPP加盟諸国の安価な商品・サービス・労働力がどっと押し寄せるからです。それらと、日本の商品・サービス・労働力が熾烈な安値競争を演じ、物価・賃金にさらなる下方圧力がかかることが危惧されるのです。それは、日本の構造改革論者からすれば、グローバリズム・規制緩和の総仕上げを意味するでしょう。いいかえれば、構造改革の本質は、デフレ促進なのです。
TPPの本質はいわゆる自由貿易の推進などではまったくありません。TPPは、アメリカにとって日本の非関税障壁の破壊をもたらもの以外のなにものでもない。日本をアメリカのグローバル企業とグローバル資本の草刈り場に改造することが、TPPをめぐるアメリカの目論見なのです。いいかえれば、日本の経済システムをアメリカン・スタンダードに基づいて改変し、アメリカの日本とのかかわりにおける、さらにはもっと端的に日本における経済活動を円滑に進めるのが、彼らの目論見なのです。一九八五年のプラザ合意以来の日米交渉史を俯瞰すれば、それは明らかなのではありませんか。貿易の相手先として、GDPが低いほかのTPP加盟国などアメリカにとってものの数ではありません。日本が輸出増のターゲットなのです。アメリカにとって、TPPの眼目は日本なのです。
デフレ・円高からの脱却を通じて強い日本の実現を目論むアベノミクスとTPPが相容れないことは自明と言っていいでしょう。いいかえれば、国民経済の充実を目標とするアベノミクスと原理主義的なグローバリズムを追求するTPPとは、不倶戴天の敵どうしなのです。グルーバル原理主義にとって、国民経済はやっかいで「効率」の悪い障害物にほかなりません。農協・日本医師会・公共事業の談合。これらは、グローバル原理主義にとって打破すべき守旧勢力・既得権益集団であってそれ以外のなにものでもないのです。「それは当然のことではないか」という声がどこからか聞こえてくるように感じます。私たち日本人は、経済に関する自分たちのやり方に対して過剰に否定的に受けとめる傾向が強いですね。それは、国民経済を敵視する新自由主義的な価値観に、私たちがすっかり毒されてしまったから、というよりほかはありません。いつのまにか、私たちは、資本主義=新自由主義=市場原理主義というすり替えに自分たちの頭をすっかり馴らしてしまったのです。
このように考えてみると、国民経済の再構築を目論む安倍首相は、オバマとの話し合いで、TPP参加に関してきっぱりとNOの意思表示するほかありません。交渉によって農業等で多少の譲歩があったからといって、アメリカン・スタンダードによるトータルな日本改造というTPPの本質が変わるわけではないので、それはやむを得ないでしょう。
そうすると、日米同盟の再構築が不可能になるにちがいないって?そんなことはありません。安倍首相はオバマを次のように説得すればいいのです。
『昨今の極東情勢の不安定化の核心には、日本の国力の衰退(端的にはGDP成長率の停滞・低下)がある。それが極東の安全保障体制の流動化・液状化の核を成している。で、日本の国力の衰退の根本原因は、デフレ・円高である。だから、日本がデフレ・円高からの脱却を実現することは、極東情勢の不安定化の主たる要因を解決することを意味する。それは、覇権国家としてのアメリカの国益に十二分にかなうことでもあろう。
しかるに、アメリカがここで短兵急に日本に対してTPP参加を求め、日本がそれに同意したならば、日本のデフレ・円高からの脱却を著しく困難にしかねない。それは、アメリカが極東情勢のさらなる不安定化に加担することを事実上意味するだろう。と同時に、アメリカの国益を損なう振る舞いでもあろう。円安を拒否し、日本のTPP参加を強要することで得られる輸出増という目先の利益の獲得とひきかえに、アメリカは、極東情勢の制御不能化、という覇権国家としての国益の深甚な損失を招来しかねないのである。
ここは、長期的な展望に立って、日本の国力再生・充実を見守るべきである。その過程で、日本は、国民経済を充実させ内需の拡大を実現する。それは、アメリカからの輸入を懐深く受け入れることができる経済体制を確立することを意味する(つまり、「あなたの在任中に、必ずアメリカをたんまりと儲けさせて、あなたの大統領としての顔も立ててあげます。だからアベノミクスへのご支援を」ということです)。それこそが、世界平和に資する道なのではないか。それとも、オバマさん、あなたは弱体化した国を同盟相手国としてお望みなのか?そういう国が強力なパートナーになりうるとお考えか?』
安倍首相が、これだけのことを堂々と余裕を持って説くには、国民の一定の理解が必要です。すなわち国民は、アベノミクスがアメリカの目先の利益に抵触する経済政策であること、および、それを乗り越えて当経済政策を推進するには、長期的な展望に立ったうえでのアメリカに対する理にかなった説得が必要であることを理解する必要があるのです。
「ほら、安倍さんがいい気になっているから、親分のアメリカが機嫌を損ねてしまっただろ?」的な属国ヤジウマ根性は、厳に慎むべきです。それは、安倍首相の背後から彼に矢を放つような所業です。私は、バカで不勉強で猿知恵だけはしっかりとある既存のマスコミ連中が寄ってたかって、そういう属国ヤジウマ根性を発揮し、少なからぬ一般国民がそれについ同調することになってしまうのではないか、と不安がっているのです。心底不安がっているのです。そういう動きは、国民経済を守りぬこうとする安倍首相の孤立化を招くほかないでしょう。それで、安倍内閣はまたもや万事休す、悪夢の再来です。私たちには、「失われた三十年」、中共による野放図な侵略の座視、という暗い未来が待ち受けているばかりになります。それで、いいのですか?
以上から、次のように言えるのではないでしょうか。すなわち、アベノミクスは、日本国民に属国根性から脱却し「一身独立して一国独立す」(福沢諭吉『學問のすすめ』)という建国の気概に立ち帰る「覚悟」を決めることを求めている、と。それを抜きにして、その目論見の実現は到底おぼつかないのです。これまでのように「安倍さんのお手並み拝見」などと観客を決め込んでいる場合ではない、ということです。
〔付記〕
私は、安倍政権を支持する者であります。しかしながら、当政権の納得のいかない意思決定に対して、いつまでも唯々諾々と従う者ではありません。国難脱却のための原理原則に関して、私が安倍政権に妥協する幅はそれほど広くありません。それは、日本の全体状況の危機に鑑みて、安倍自民党が掲げた諸政策を支持している、という私なりの事情があるからです。
いささか話が飛ぶようですが、連立政権を組んだ公明党の支持母体である創価学会は、オウム真理教に勝るとも劣らぬカルト宗教であるといまでも思っています。そういう支持母体を持つ政党といつまでもうだうだぐちゃぐちゃやっているとすれば、いずれ私は自民党を見放すことになるでしょう。一支持者の、そういうスタンスを、自民党はあまり軽く見ないほうがいいと思います。そのかわり、自民党がどうすれば創価学会と手を切ることができるようになるか、私なりに真剣に考えてみようと思っています。