今回はまず、前述した「科学カルト教」的な判断に特化した意思決定が、なぜ権威の衣をまとうことができるのかについて、少し広い観点から考えてみます。
つづいて、原子力規制委という権力組織のメンバー構成に対する疑問点、首のすげ替えは不可能なのか、などについて述べます。
最後に、そもそも日本のこれからのエネルギー行政にとって、原発に対してどういう姿勢を堅持することが必要なのかについて述べます。なお、この点はすでに当ブログへの投稿で論じています(*1)が、最も大事な問題なので、もう一度繰り返したいと思います。
規制委のすがっている「科学的根拠」なるもののいい加減さは、活断層問題だけに限定されるわけではありません。
すでに当ブログのご主人・美津島明氏が放射線被害に関するLNT仮説なるもののいかがわしさについて詳しく論じているように(*2)、また2012年8月18日に「チャンネル桜」で放映された「討論・倒論・闘論」で座談会メンバーによってさんざん指摘されているように(*3)、反原発、脱原発側が指摘する甚大な放射線被害の可能性という仮説は、ほとんど実証されていません。
広島・長崎の被害をどう考えているのだ、とか、第五福竜丸事故もあったじゃないかとか、チェルノブイリ事故の放射線によって子どもの甲状腺ガンが激増したとか、みんなまとめて「被害のひどさ」を訴えて福島事故に結びつける向きもありますが、いろいろな資料に当たってみると、どうもそれぞれ状況が違っており、また、調査結果もまちまちで、これらのデータから福島事故の放射線の影響はかくかくであると結論づけるのには、そもそも大きな無理があります。
たとえば、広島の原爆による半径1.2㎞以内の死者の8割は熱と爆風によるものであって、放射線によるものではありません。また後障害についても、もともと被爆集団を対象とした調査では、「集団中に発生する頻度が高い疾病は放射線に起因している可能性が高い」と判断せざるを得ないので、じつのところ放射線との因果関係を確定するのは難しいという記述もあります(*4)。
また、広島、長崎の場合、爆心から2.5㎞から3㎞以内での被ばく線量は、胸のCTスキャン一回の線量とほぼ同じだという報告もあります(*5)。
さらに、チェルノブイリ事故での子どもの甲状腺ガンの多発現象は、放射性ヨウ素に汚染されたミルクを飲んだためだったが、福島の場合、そういう事実はまったくないとも言われていますね。ある統計資料によれば、ベラルーシ国内での0歳から14歳の子どもの甲状腺がんが事故後増えたとされていますが、増えたと言っても、ピーク時で、人口比10万人中わずかに4人です(*6)。
正直なところ、これらの記述がどこまで正しいのかわかりません。あるいは自分に都合のいいところばかり集めていると非難されるかもしれません。しかし、わざわざこういうことを言うのは、逆に、福島事故についての大方の反応があまりに冷静さを欠いており、当時の政府の方針もそうした感情に盲従した結果だとしか思えないからです。そしてその結果、2013年4月の段階で、福島県だけでいまだに15万人の避難者が帰郷できずにいます。規制委の頑迷な方針と決定も、もとはと言えばここに由来しています。感情的なパニックほど、事態を誤らせるものはありません。
上に引いたさまざまな記述に関して、もう少し論点を整理してみましょう。
まず、日本は唯一の被爆国であるために、私たちは放射能とか放射線とか聞いただけでことさら神経質になりやすい傾向があります。しかし、原子爆弾に使われる核物質は、全天然ウラン中0.7%しか存在しないウラン235(これが中性子との衝突によって核分裂を起こす)だけをほぼ100%凝集したもので、原発の燃料とは根本的にその組成が異なります。燃料に使う濃縮ウランと言っても、せいぜいウラン235が3%程度で、残りは核分裂を起こさないウラン238です。原爆の場合は一気に核分裂を起こさせるので、ものすごい熱と爆風と放射線が発生するのですが、それでも爆心から近い距離の放射線による死者は2割にとどまると報告されています。原爆と原発、両者を混同せず、はっきり区別する必要があります。
次に、放射線による後障害について。
これは、チェルノブイリ事故の場合もそうなのですが、調査は被曝集団だけを対象として行われていて、その内部でのガン発生率の上昇が問題とされています。この調査方法は厳密に考えるなら科学的とは言えません。なぜなら、他の被曝していない集団を同じ数だけサンプルとして集めてきて、それとの比較をしたうえで、「異常に高い」という事実を確認するのでなくてはならないはずだからです。そういう調査結果があるのかもしれませんが、私が今回調べた範囲では見つかりませんでした。どなたかご存知の方がいたら教えてください。
さらに厳密を期すなら、仮にそういう事実が確認できたとしても、それは統計的に相関関係があると言えるだけで、放射線とガンとの因果関係が内在的に確かめられたわけではありません。事実、白血病(遺伝子異常による血液のガン)に関しては、ほとんど原因不明だそうです(*7)。おそらく放射線被曝は大きな要因の一つとまでは言えるでしょうが、そのほかに免疫系、遺伝的体質、環境など、いろいろな要因が多元的に絡み合っているものと思われます。
なおまた先の資料4によれば、奇妙なことに、線量反応曲線(被爆によるリスクの度合い)は、2Svから3Svの間でピークになっており、3Sv以上ではむしろ減少しています。
ちなみにこの調査では、被爆者の子どもに関する遺伝的影響(胎児の流早産、死産、胎児・新生児における奇形の発生)は検出されていません。
次に、よく言われているように、私たちは普通に生活していて、世界平均で年間2.4mSvの放射線を浴びています。地域によってはもっとずっと高いところもあります。さらに、胃のX線集団検診を1回受けるだけで0.6mSv、胸のCTスキャンを一回受けるだけで6.9mSvが加わります。これだけで約10mSvですね。先に引いた江尻宏泰氏は、100mSv以下では、明らかな健康被害はないと言い切っています。これは、物理学者の間では誰も疑う人がいない常識です。それなのに福島事故の際の菅直人政権は、避難区域の設定のために20mSv以下でなければだめだと乱暴な規制を敷いてしまいました。こうした過剰な感情的反応が、いまの規制委の強引な方針にまでずっと後を引いているわけです。
私たちは、なぜこんなに、「科学」と称するカルト宗教にころりとやられるほど神経質になってしまったのでしょうか。根拠があやふやなのに、その筋から数字を提示されると、すわたいへんと慌ててしまう。思い起こしてみれば、こと原発問題に限らず、日常生活でも私たちは、自分の自然な感覚、五感や身体感覚を信じることができず、数字情報や間接的な言語情報にとても反応しやすくなっていますね。健康診断の検査数値、美容やアンチ・エイジング広告、株価の動き、マスコミが流すちょっとした犯罪情報、等々。
これは、ひとことで言うなら、社会がやたら複雑になって、情報の無原則な洪水に見舞われているために、だれもが何を軸にものを考えてよいのかわからなくなっている事態だと言えましょう。気移り、目移りばかりしていて、自分の行動を自分なりの規範でコントロールできなくなっている。
こういう恒常的な不安状態にある現代人の心にとって、数字のような一見確実らしいものがたまたまそこにあると、全体を見渡す視野を失ってすぐにそれに飛びついて信仰してしまう。不確実性の感覚が切実なものとしてあるからこそ、手近な「確実性」にすがろうとする。
「科学、科学」と、ありがたい念仏のように唱えながら、自分たちの意図に反する相手が同じ念仏を唱えていると、それは非科学的だ(つまり異端邪宗だ)と、けんめいになって否定しようとする。話はますます細かいオタク的なところに入り込んでゆく。なんだか虚しいですね。病気です。愚かしいとは思いながら、私自身もけっして例外ではありません。
規制委もこの現代「科学」病にかかっているのですが、同情ばかりはしていられません。なぜなら、最後にことを決めるのは、往々にして理不尽なプロセスによって獲得された政治権力だからです。重い病人に天下国家の重大事を任せるわけにはいかない。
それでは、規制委のメンバー構成を見てみましょう。
委員長 田中俊一 東北大学工学博士。元日本原子力学会会長。専門は放射線物 理学。
委員長代理 島崎邦彦 東京大学名誉教授。元日本地震学会会長。専門は地質学、地 震学。
委員 大島賢三 元国連日本政府代表部特命全権大使。外交官。
委員 中村佳代子 元日本アイソトープ協会主査。専門は放射線医学。
委員 更田豊志 元日本原子力研究開発機構 安全研究センター副センター長 専門は原子力基礎工学。
これだけ見たのでは、正直なところ、委員会の性格がよくわかりませんね。いくつか重要なポイントと思われる点を補足しておきます。
規制委は、環境省の外局として設置され、事務局として480人からなる原子力規制庁をもちます。規制庁の職員全員には、少なくとも5年間は出身省庁に戻ることを許さないノーリターン・ルールが適用されます。
また、規制委員の任期は5年ですが、最初の委員のうち、2人は2年、残りの2人は3年となっています。委員長及び委員の資格としては、心身の状態などについての欠格事由のほか、次のような厳しい条件が付けられています(*8)。
【欠格事由】
①原子力事業者及びその団体の役員、従業者
②就任前直近3年間に、原子力事業者及びその団体の役員、従業者等であった者
③就任前直近3年間に、同一の原子力事業者から、個人として一定額以上の報酬等を受領していた者
【任命に際して情報公開を求める事項】
①個人の研究および所属する研究室棟に対する原子力事業者からの寄付について、寄付者及び寄付金額(就任前直近3年間)
②所属する研究室等を卒業した学生が就職した原子力事業者等の名称及び就職者数(就任前直近3年間)
なお、委員長及び委員は、首相が任命して国会の同意を必要としますが、首相その他政府関係者には罷免権が認められておりません。
これらは、いずれも原子力機関の安全性を確実なものとするためにいかに時々の政治や行政や事業者の意向に左右されない独立性・中立性を担保するかという発想から考えられたルールです。日銀法下の総裁、審議委員人事、独禁法下の公正取引委員会人事によく似ていますが、それらよりもずっと厳しい条件がつけられています。
こんなに厳しくすると、ただでさえ原子力行政の現実感覚をよく持たないオタク学者だけが集まってしまうのではないかと危惧されますが、むしろそれ以上に懸念されるのは、委員はいわば看板にすぎなくて、行政手腕などほとんど持たず、実質的な方向性は事務局の規制庁が握っているのではないかという点です。たとえば今回の活断層調査団の人事などは、島崎委員長代理ひとりの意向によるものではなく、おおむねここが決めたのではないでしょうか。
私は4年間、横浜市の教育委員を務めた経験がありますが、その経験をそのままスライドして解釈するわけにはいかないにしても、概して、事務局の判断や方向性に根本的な異議を唱えたり、それらを大きく覆すようなことはできませんでした。
ところで、現在の規制委員長および委員がどういう経緯で決まったのかを振り返ってみましょう。
2012年7月に野田佳彦首相(当時)が国会に提示しましたが、当時民主党政権は統制がとれず、この人事に関しても党内に反対論が強くありました。なぜ民主党内の反対が強かったかというと、輿石氏、仙谷氏ら党内サヨク陣営が、事前に人事案が報道機関などに漏れたら国会で同意しないというヘンなルールにこだわったからです。このヘンなルールは、このたびの日銀総裁人事でもまだわだかまっていましたね。政権が交代して本当によかったと思います。
それはともかく、野田首相は、9月になっても党内統一が図れないことに業を煮やしたのか、緊急事態宣言発令中の例外措置として、国会の同意を得ずに一方的に任命してしまいました。9月と言えば民主党内はひっちゃかめっちゃか、もはや政権政党の体をなしていないと言ってもよく、2か月後に野田首相のヤケクソ解散宣言に至ったことは、みなさんの記憶に新しいところです。
で、いまの規制委のメンバーは、国会の同意を得ないまま決まってしまったので、ようやく2013年の2月15日に事後承認されたというわけです。
いまのメンバーが適切かどうかは別としても、これって、手続き上すごくまずいですよね。まあ、いずれにしても、もし安倍安定政権が続けば、2年ないし3年で人事を刷新することは可能です。しかしその時期が来るまでは、安倍政権のエネルギー政策理念と完全にねじれているいまのメンバーの承認事項をそのまま受け入れていくほかはない。すると、活断層問題で次々に原発関連機関(六ヶ所再処理工場まで!)を停止に追い込むような現在の流れ(ムード)は、まことに困ったことだと言えます。
以下は、現在の規制委員長、委員に対する私の印象批評です。
じつは私は、規制委員たち個人をやり玉に挙げて、あいつ(たとえば島崎氏)がガンだ、あいつの首をすげ替えろ、と声高に主張するつもりはあまりないのです。私の得た印象では、むしろ彼らの多くが学者オタクであり、自分の専門分野ではそこそこ誠実な人たちだと思っています。しかし、その政治的な力量のなさこそがじつは問題なので、彼らはそもそも、日本のエネルギー行政の全体にとってどういう方向に踏み出していくことがいま要請されているか、という総合的な視点をもち、それを実行に移せるような人たちではないのですね。
たとえば田中委員長。彼は人事が内定した時にサヨク団体や原発事故関連団体から、「除染マニア」「賠償に対してコストダウンばかりを考えている原子力ムラの利権屋」などとさんざん叩かれたものです。しかし彼は、先に引いた江尻氏と同様、「100mSv以下では人体に害がない」という物理学界での常識を披瀝してきたごくまっとうな人です。「放射線による実害よりも、被曝を恐れる心的なストレスのほうが大きい」と、正当なことも主張してきました。
しかし事故対策の責任者という立場に着いたので、政策として打ち出された20mSvという線を守らなければならず、賠償請求団体などの際限のない非科学的な要求に対して一応の抵抗を示したのです。ところがそれが、ヒステリー集団の竜巻によって、原子力ムラと癒着したコストダウン主張者と受け取られて押しまくられ、だんだんと気弱になってしまったようです。動画で記者会見や委員会の模様などを見ると、もともと押しが弱く訥弁で、失言してはならぬと気を配るあまり、会見では何を言いたいのかよくわかりません。委員会では下を向いて規制庁の作文を読み上げてばかり。お飾りのような印象です。不向きな役割を引き受けてかわいそうですね。
次に島崎委員長代理。この人は活断層調査団の代表ですから、原発推進派からはいま最も悪者視されていますが、この人も別に自説を通して権力を行使してやろうというような野望の持ち主とは思えず、印象はとても繊細な学者タイプです。自分に割り当てられた役割を誠実な学者としてオタク的に果たそうとしているだけという感じがします。だからこそ問題なのですね。
大島委員。外交官で、幼少時に広島での被爆体験があり、その関係で国際機関で核問題にかかわった経緯があります。おそらくその縁で抜擢されたのでしょう。外交畑という、科学者ではない民間人的な立場からの自由な発言が期待されたのでしょうが、なんだかてんで影が薄く、どういう識見を持っているのか、存在感が感じられません。
中村委員。この人もただの放射線医学専門オタクでしょう。やはり影が薄い。
更田委員。日本原子力研究開発機構の前身である日本原子力研究所を25年間歩んできた人で、おそらく田中委員長の弟子筋でしょう。この人も原子力行政に関してどういう主張をもっているのか、よくわかりません。
このように、委員全員が、これからのエネルギー安全保障行政に対して、はっきりとしたポリシーや総合的な視点を持たず――だからこそ選ばれたのでしょうが――、福島事故が呼び起した放射線に対するヒステリックな恐怖と不安を「専門的見地」からどう根拠づけるかという観点にのみ籠絡されてしまっています。
もともとこうした独立委員会の役割と使命は、情緒的な恐怖や不安にただ迎合するのではなく、安全に原発を運営していくにはどうすればよいかという問いに現実的・実証的なヒントを提供していくところにあるはずです。それなのに実態は、反原発、脱原発の一方的なムードに席巻されて、限定的な専門知をもっぱらその方向に利用されている体たらくです。この世にあり得ない「絶対安全」という空想的なお札に金縛りになっているのですね。
このことが、活断層理論による敦賀、東通原発への廃炉勧告、もんじゅの廃炉勧告、六ケ所再処理工場の稼働停止勧告など、暴走としか思えない方針の打ち出しになって現われているのだと思われます。
ですから、問題の要点は、規制委員たち個人に責を帰するところにあるのではありません。規制委員会設置法に書かれたような、純粋理想主義的な資格条件のあまりの厳しさ、それを杓子定規に適用すると、どうしてもほとんど現実感覚を持たないオタク学者が集まってしまうという難点、そしてこういう条件を許している福島事故以来の原発に対するアレルギー的な空気、これらをどう見直し、改善してゆくか、というところにあります。
この稿の最後に、では、これからの日本のエネルギー行政にとって、どういう視点を踏まえておくことが不可欠か、その要点を述べます。
福島事故は、放射能汚染が心配されてきましたが、現状では死者はおろか一人の汚染患者も確認されていません。もちろん、放射性セシウムの半減期は30年ほどであり、また今後、事故当時の内部被曝によるガンなどの障害が発生する確率がゼロとは言えません。さらに、汚染された土壌や海水による被害が発生する可能性も否定できないでしょう。
しかし、放射性ヨウ素の半減期はとっくに過ぎており、この被害の可能性はほぼゼロです。また半減期が長ければ長いほど一回に浴びる線量は少なくなるというのは常識であり、したがってセシウムによる被害もほとんど考えなくてよいはずです。いまだにメディアで報道されている線量数値も、ずっと前から問題ないレベルにまで下がっていますね。ガンの発生が確認されるのには時間がかかりますが、この因果関係もそれほど確実には実証されていないということはすでに述べました。ですから、まず、根拠のないパニックを続けるのはもうやめましょう。
次に、これからの日本のエネルギー政策にとって、さまざまな形での発電スタイルをバランスよく確保しておかなくてはならないことは自明です。これまでわが国では、内外のさまざまな事情から、一つのエネルギー資源に特化しない多様な電力資源構成を取ってきました。現在、原発がほとんど停止しているために、火力(石油、石炭、天然ガス)が占める割合が9割に近くなっています。
それぞれのスタイルには利点と難点があります。
ダム建設などによる大水力は、大規模な公共事業と環境破壊に対する批判・反発が大きいため、今後発展させていくのは難しいでしょう。
石油、天然ガスは、産出国の政治的事情があるため、供給の不安定が懸念されます。アメリカのシェールガスも、いろいろと問題が多いようです。
石炭は、産出国が多くあり、日本との外交関係が良好な国もありますので、これを伸ばしていくことは有望ですが、環境汚染が心配されます。しかし、CO₂などの排出量を減らし、かなり利用率も高い火力技術の実用化が進んでおり、今後期待できそうです。
原発はごく少量の資源を輸入すれば賄うことができ、産出国も多様で、しかも日本には高度な技術の蓄積があります。供給が安定しており、発電コストも廉価です。難点は言うまでもありませんが、福島事故の教訓を生かして、より安全な発電技術の研究開発が進行中です。これをやめてしまうことは、火力への過度の依存をもたらし(現にいまそうなっています)、資源獲得問題、外交問題、発電コスト問題、環境汚染問題など、多くの難問を抱えることになります。
再生可能エネルギー(太陽光、風力、中小水力など)は、クリーンで資源が無尽蔵であるため、今後大いに期待されますが、供給の不安定、発電コストが高いこと、立地の問題(太陽光の場合、広大な土地が必要。風力の場合、大規模な開発が必要な割には、適地が限られ、あまり大きな電力が望めない。健康によくないという説もある)などが解決されておらず、適切なシェアを占めるには相当の時間がかかりそうです。
メタンハイドレートもまだまだ研究段階です。
いずれにしても、これらの新エネルギーを少しでも実用性のあるものに導くためには、何よりも経済を活性化しなくてはならず、それを果たすためには、電力の余裕ある安定供給が不可欠の課題です。その意味でも、感情的な不安、恐怖だけから、いますぐ原発廃炉などというバカな方針を打ち出してはなりません。オタク的な専門家の視野の狭い「科学」的提言を盲信するのではなく、適切な安全管理を確保した上で、できるところから原発を再稼動すべきなのです。
安倍首相はすでに世界各国を回り、日本が誇る高度な原発技術の輸出に踏み出しています。新興国、発展途上国は、喉から手が出るほどこの技術をほしがっています。原子力規制委員会のみなさん、そういう事情でありながら、本国ではやめちゃうの? 事業主体の原燃をつぶして、これまで膨大な出資をしてきた電力会社を引き揚げさせるの? 原発推進勢力がどこにもなくなって、優秀な研究者がいなくなったらどうするの? 「絶対安全」などという空想に耽らず、少しはそういうことを考えて物事を判断してください。それができないのなら、不適格を自覚して、役目を降りてください。
先に引いた江尻宏泰氏の本の巻末には、2012年4月段階での著者自身の述懐と、彼の友人であるユーリッヒ中央研究所のO・シュルツ教授が震災1か月後に彼に送った手紙が掲載されています。一部を引用してこの稿を終わります。
(江尻氏の述懐)現在の放射線は、いわきでは1時間当たり1マイクロシーベルト(引用者注――年間8.8ミリシーベルト)くらいで、これが数カ月続いても全然問題ありません。原発も時間が経って冷えれば、放射能もそのうち減るでしょう。いまの程度なら空気の済んだいわきにとどまり、平常の活動を続けるのがいちばんだと思います。
(シュルツ教授の手紙)私たち物理学者は、放射線のことをよくわかっているから問題ありませんが、一般の方々は恐れています。政府はていねいに説明する必要があり、政府が神経質になっているだけでは、問題の解決になりません。
いま私たちは、「こうすれば絶対安全で、危険はなく、永遠に生きられる」ということはありえない、ということも認めるべきです。
世の中には色々な危険があります。ドイツでは交通事故で、毎年5千人くらいが犠牲になっています。ただし、テレビで大々的に報道されることはありません。原子力発電所の場合、トイレが一寸故障しても、原発事故としてニュースになります。危険については、観念的でかたよった考えでなく、バランスのとれた適正な考えをもつことが大事です
【参考資料】
*1:http://mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3003112/
*2:mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3045655/
mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3046585/
mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3049512/
*3:mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3067302/
*4:www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php
*5:www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/genbaku09/15e.html
*6:ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85
*7:ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85
*8:www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/120703/guideline.pdf
つづいて、原子力規制委という権力組織のメンバー構成に対する疑問点、首のすげ替えは不可能なのか、などについて述べます。
最後に、そもそも日本のこれからのエネルギー行政にとって、原発に対してどういう姿勢を堅持することが必要なのかについて述べます。なお、この点はすでに当ブログへの投稿で論じています(*1)が、最も大事な問題なので、もう一度繰り返したいと思います。
規制委のすがっている「科学的根拠」なるもののいい加減さは、活断層問題だけに限定されるわけではありません。
すでに当ブログのご主人・美津島明氏が放射線被害に関するLNT仮説なるもののいかがわしさについて詳しく論じているように(*2)、また2012年8月18日に「チャンネル桜」で放映された「討論・倒論・闘論」で座談会メンバーによってさんざん指摘されているように(*3)、反原発、脱原発側が指摘する甚大な放射線被害の可能性という仮説は、ほとんど実証されていません。
広島・長崎の被害をどう考えているのだ、とか、第五福竜丸事故もあったじゃないかとか、チェルノブイリ事故の放射線によって子どもの甲状腺ガンが激増したとか、みんなまとめて「被害のひどさ」を訴えて福島事故に結びつける向きもありますが、いろいろな資料に当たってみると、どうもそれぞれ状況が違っており、また、調査結果もまちまちで、これらのデータから福島事故の放射線の影響はかくかくであると結論づけるのには、そもそも大きな無理があります。
たとえば、広島の原爆による半径1.2㎞以内の死者の8割は熱と爆風によるものであって、放射線によるものではありません。また後障害についても、もともと被爆集団を対象とした調査では、「集団中に発生する頻度が高い疾病は放射線に起因している可能性が高い」と判断せざるを得ないので、じつのところ放射線との因果関係を確定するのは難しいという記述もあります(*4)。
また、広島、長崎の場合、爆心から2.5㎞から3㎞以内での被ばく線量は、胸のCTスキャン一回の線量とほぼ同じだという報告もあります(*5)。
さらに、チェルノブイリ事故での子どもの甲状腺ガンの多発現象は、放射性ヨウ素に汚染されたミルクを飲んだためだったが、福島の場合、そういう事実はまったくないとも言われていますね。ある統計資料によれば、ベラルーシ国内での0歳から14歳の子どもの甲状腺がんが事故後増えたとされていますが、増えたと言っても、ピーク時で、人口比10万人中わずかに4人です(*6)。
正直なところ、これらの記述がどこまで正しいのかわかりません。あるいは自分に都合のいいところばかり集めていると非難されるかもしれません。しかし、わざわざこういうことを言うのは、逆に、福島事故についての大方の反応があまりに冷静さを欠いており、当時の政府の方針もそうした感情に盲従した結果だとしか思えないからです。そしてその結果、2013年4月の段階で、福島県だけでいまだに15万人の避難者が帰郷できずにいます。規制委の頑迷な方針と決定も、もとはと言えばここに由来しています。感情的なパニックほど、事態を誤らせるものはありません。
上に引いたさまざまな記述に関して、もう少し論点を整理してみましょう。
まず、日本は唯一の被爆国であるために、私たちは放射能とか放射線とか聞いただけでことさら神経質になりやすい傾向があります。しかし、原子爆弾に使われる核物質は、全天然ウラン中0.7%しか存在しないウラン235(これが中性子との衝突によって核分裂を起こす)だけをほぼ100%凝集したもので、原発の燃料とは根本的にその組成が異なります。燃料に使う濃縮ウランと言っても、せいぜいウラン235が3%程度で、残りは核分裂を起こさないウラン238です。原爆の場合は一気に核分裂を起こさせるので、ものすごい熱と爆風と放射線が発生するのですが、それでも爆心から近い距離の放射線による死者は2割にとどまると報告されています。原爆と原発、両者を混同せず、はっきり区別する必要があります。
次に、放射線による後障害について。
これは、チェルノブイリ事故の場合もそうなのですが、調査は被曝集団だけを対象として行われていて、その内部でのガン発生率の上昇が問題とされています。この調査方法は厳密に考えるなら科学的とは言えません。なぜなら、他の被曝していない集団を同じ数だけサンプルとして集めてきて、それとの比較をしたうえで、「異常に高い」という事実を確認するのでなくてはならないはずだからです。そういう調査結果があるのかもしれませんが、私が今回調べた範囲では見つかりませんでした。どなたかご存知の方がいたら教えてください。
さらに厳密を期すなら、仮にそういう事実が確認できたとしても、それは統計的に相関関係があると言えるだけで、放射線とガンとの因果関係が内在的に確かめられたわけではありません。事実、白血病(遺伝子異常による血液のガン)に関しては、ほとんど原因不明だそうです(*7)。おそらく放射線被曝は大きな要因の一つとまでは言えるでしょうが、そのほかに免疫系、遺伝的体質、環境など、いろいろな要因が多元的に絡み合っているものと思われます。
なおまた先の資料4によれば、奇妙なことに、線量反応曲線(被爆によるリスクの度合い)は、2Svから3Svの間でピークになっており、3Sv以上ではむしろ減少しています。
ちなみにこの調査では、被爆者の子どもに関する遺伝的影響(胎児の流早産、死産、胎児・新生児における奇形の発生)は検出されていません。
次に、よく言われているように、私たちは普通に生活していて、世界平均で年間2.4mSvの放射線を浴びています。地域によってはもっとずっと高いところもあります。さらに、胃のX線集団検診を1回受けるだけで0.6mSv、胸のCTスキャンを一回受けるだけで6.9mSvが加わります。これだけで約10mSvですね。先に引いた江尻宏泰氏は、100mSv以下では、明らかな健康被害はないと言い切っています。これは、物理学者の間では誰も疑う人がいない常識です。それなのに福島事故の際の菅直人政権は、避難区域の設定のために20mSv以下でなければだめだと乱暴な規制を敷いてしまいました。こうした過剰な感情的反応が、いまの規制委の強引な方針にまでずっと後を引いているわけです。
私たちは、なぜこんなに、「科学」と称するカルト宗教にころりとやられるほど神経質になってしまったのでしょうか。根拠があやふやなのに、その筋から数字を提示されると、すわたいへんと慌ててしまう。思い起こしてみれば、こと原発問題に限らず、日常生活でも私たちは、自分の自然な感覚、五感や身体感覚を信じることができず、数字情報や間接的な言語情報にとても反応しやすくなっていますね。健康診断の検査数値、美容やアンチ・エイジング広告、株価の動き、マスコミが流すちょっとした犯罪情報、等々。
これは、ひとことで言うなら、社会がやたら複雑になって、情報の無原則な洪水に見舞われているために、だれもが何を軸にものを考えてよいのかわからなくなっている事態だと言えましょう。気移り、目移りばかりしていて、自分の行動を自分なりの規範でコントロールできなくなっている。
こういう恒常的な不安状態にある現代人の心にとって、数字のような一見確実らしいものがたまたまそこにあると、全体を見渡す視野を失ってすぐにそれに飛びついて信仰してしまう。不確実性の感覚が切実なものとしてあるからこそ、手近な「確実性」にすがろうとする。
「科学、科学」と、ありがたい念仏のように唱えながら、自分たちの意図に反する相手が同じ念仏を唱えていると、それは非科学的だ(つまり異端邪宗だ)と、けんめいになって否定しようとする。話はますます細かいオタク的なところに入り込んでゆく。なんだか虚しいですね。病気です。愚かしいとは思いながら、私自身もけっして例外ではありません。
規制委もこの現代「科学」病にかかっているのですが、同情ばかりはしていられません。なぜなら、最後にことを決めるのは、往々にして理不尽なプロセスによって獲得された政治権力だからです。重い病人に天下国家の重大事を任せるわけにはいかない。
それでは、規制委のメンバー構成を見てみましょう。
委員長 田中俊一 東北大学工学博士。元日本原子力学会会長。専門は放射線物 理学。
委員長代理 島崎邦彦 東京大学名誉教授。元日本地震学会会長。専門は地質学、地 震学。
委員 大島賢三 元国連日本政府代表部特命全権大使。外交官。
委員 中村佳代子 元日本アイソトープ協会主査。専門は放射線医学。
委員 更田豊志 元日本原子力研究開発機構 安全研究センター副センター長 専門は原子力基礎工学。
これだけ見たのでは、正直なところ、委員会の性格がよくわかりませんね。いくつか重要なポイントと思われる点を補足しておきます。
規制委は、環境省の外局として設置され、事務局として480人からなる原子力規制庁をもちます。規制庁の職員全員には、少なくとも5年間は出身省庁に戻ることを許さないノーリターン・ルールが適用されます。
また、規制委員の任期は5年ですが、最初の委員のうち、2人は2年、残りの2人は3年となっています。委員長及び委員の資格としては、心身の状態などについての欠格事由のほか、次のような厳しい条件が付けられています(*8)。
【欠格事由】
①原子力事業者及びその団体の役員、従業者
②就任前直近3年間に、原子力事業者及びその団体の役員、従業者等であった者
③就任前直近3年間に、同一の原子力事業者から、個人として一定額以上の報酬等を受領していた者
【任命に際して情報公開を求める事項】
①個人の研究および所属する研究室棟に対する原子力事業者からの寄付について、寄付者及び寄付金額(就任前直近3年間)
②所属する研究室等を卒業した学生が就職した原子力事業者等の名称及び就職者数(就任前直近3年間)
なお、委員長及び委員は、首相が任命して国会の同意を必要としますが、首相その他政府関係者には罷免権が認められておりません。
これらは、いずれも原子力機関の安全性を確実なものとするためにいかに時々の政治や行政や事業者の意向に左右されない独立性・中立性を担保するかという発想から考えられたルールです。日銀法下の総裁、審議委員人事、独禁法下の公正取引委員会人事によく似ていますが、それらよりもずっと厳しい条件がつけられています。
こんなに厳しくすると、ただでさえ原子力行政の現実感覚をよく持たないオタク学者だけが集まってしまうのではないかと危惧されますが、むしろそれ以上に懸念されるのは、委員はいわば看板にすぎなくて、行政手腕などほとんど持たず、実質的な方向性は事務局の規制庁が握っているのではないかという点です。たとえば今回の活断層調査団の人事などは、島崎委員長代理ひとりの意向によるものではなく、おおむねここが決めたのではないでしょうか。
私は4年間、横浜市の教育委員を務めた経験がありますが、その経験をそのままスライドして解釈するわけにはいかないにしても、概して、事務局の判断や方向性に根本的な異議を唱えたり、それらを大きく覆すようなことはできませんでした。
ところで、現在の規制委員長および委員がどういう経緯で決まったのかを振り返ってみましょう。
2012年7月に野田佳彦首相(当時)が国会に提示しましたが、当時民主党政権は統制がとれず、この人事に関しても党内に反対論が強くありました。なぜ民主党内の反対が強かったかというと、輿石氏、仙谷氏ら党内サヨク陣営が、事前に人事案が報道機関などに漏れたら国会で同意しないというヘンなルールにこだわったからです。このヘンなルールは、このたびの日銀総裁人事でもまだわだかまっていましたね。政権が交代して本当によかったと思います。
それはともかく、野田首相は、9月になっても党内統一が図れないことに業を煮やしたのか、緊急事態宣言発令中の例外措置として、国会の同意を得ずに一方的に任命してしまいました。9月と言えば民主党内はひっちゃかめっちゃか、もはや政権政党の体をなしていないと言ってもよく、2か月後に野田首相のヤケクソ解散宣言に至ったことは、みなさんの記憶に新しいところです。
で、いまの規制委のメンバーは、国会の同意を得ないまま決まってしまったので、ようやく2013年の2月15日に事後承認されたというわけです。
いまのメンバーが適切かどうかは別としても、これって、手続き上すごくまずいですよね。まあ、いずれにしても、もし安倍安定政権が続けば、2年ないし3年で人事を刷新することは可能です。しかしその時期が来るまでは、安倍政権のエネルギー政策理念と完全にねじれているいまのメンバーの承認事項をそのまま受け入れていくほかはない。すると、活断層問題で次々に原発関連機関(六ヶ所再処理工場まで!)を停止に追い込むような現在の流れ(ムード)は、まことに困ったことだと言えます。
以下は、現在の規制委員長、委員に対する私の印象批評です。
じつは私は、規制委員たち個人をやり玉に挙げて、あいつ(たとえば島崎氏)がガンだ、あいつの首をすげ替えろ、と声高に主張するつもりはあまりないのです。私の得た印象では、むしろ彼らの多くが学者オタクであり、自分の専門分野ではそこそこ誠実な人たちだと思っています。しかし、その政治的な力量のなさこそがじつは問題なので、彼らはそもそも、日本のエネルギー行政の全体にとってどういう方向に踏み出していくことがいま要請されているか、という総合的な視点をもち、それを実行に移せるような人たちではないのですね。
たとえば田中委員長。彼は人事が内定した時にサヨク団体や原発事故関連団体から、「除染マニア」「賠償に対してコストダウンばかりを考えている原子力ムラの利権屋」などとさんざん叩かれたものです。しかし彼は、先に引いた江尻氏と同様、「100mSv以下では人体に害がない」という物理学界での常識を披瀝してきたごくまっとうな人です。「放射線による実害よりも、被曝を恐れる心的なストレスのほうが大きい」と、正当なことも主張してきました。
しかし事故対策の責任者という立場に着いたので、政策として打ち出された20mSvという線を守らなければならず、賠償請求団体などの際限のない非科学的な要求に対して一応の抵抗を示したのです。ところがそれが、ヒステリー集団の竜巻によって、原子力ムラと癒着したコストダウン主張者と受け取られて押しまくられ、だんだんと気弱になってしまったようです。動画で記者会見や委員会の模様などを見ると、もともと押しが弱く訥弁で、失言してはならぬと気を配るあまり、会見では何を言いたいのかよくわかりません。委員会では下を向いて規制庁の作文を読み上げてばかり。お飾りのような印象です。不向きな役割を引き受けてかわいそうですね。
次に島崎委員長代理。この人は活断層調査団の代表ですから、原発推進派からはいま最も悪者視されていますが、この人も別に自説を通して権力を行使してやろうというような野望の持ち主とは思えず、印象はとても繊細な学者タイプです。自分に割り当てられた役割を誠実な学者としてオタク的に果たそうとしているだけという感じがします。だからこそ問題なのですね。
大島委員。外交官で、幼少時に広島での被爆体験があり、その関係で国際機関で核問題にかかわった経緯があります。おそらくその縁で抜擢されたのでしょう。外交畑という、科学者ではない民間人的な立場からの自由な発言が期待されたのでしょうが、なんだかてんで影が薄く、どういう識見を持っているのか、存在感が感じられません。
中村委員。この人もただの放射線医学専門オタクでしょう。やはり影が薄い。
更田委員。日本原子力研究開発機構の前身である日本原子力研究所を25年間歩んできた人で、おそらく田中委員長の弟子筋でしょう。この人も原子力行政に関してどういう主張をもっているのか、よくわかりません。
このように、委員全員が、これからのエネルギー安全保障行政に対して、はっきりとしたポリシーや総合的な視点を持たず――だからこそ選ばれたのでしょうが――、福島事故が呼び起した放射線に対するヒステリックな恐怖と不安を「専門的見地」からどう根拠づけるかという観点にのみ籠絡されてしまっています。
もともとこうした独立委員会の役割と使命は、情緒的な恐怖や不安にただ迎合するのではなく、安全に原発を運営していくにはどうすればよいかという問いに現実的・実証的なヒントを提供していくところにあるはずです。それなのに実態は、反原発、脱原発の一方的なムードに席巻されて、限定的な専門知をもっぱらその方向に利用されている体たらくです。この世にあり得ない「絶対安全」という空想的なお札に金縛りになっているのですね。
このことが、活断層理論による敦賀、東通原発への廃炉勧告、もんじゅの廃炉勧告、六ケ所再処理工場の稼働停止勧告など、暴走としか思えない方針の打ち出しになって現われているのだと思われます。
ですから、問題の要点は、規制委員たち個人に責を帰するところにあるのではありません。規制委員会設置法に書かれたような、純粋理想主義的な資格条件のあまりの厳しさ、それを杓子定規に適用すると、どうしてもほとんど現実感覚を持たないオタク学者が集まってしまうという難点、そしてこういう条件を許している福島事故以来の原発に対するアレルギー的な空気、これらをどう見直し、改善してゆくか、というところにあります。
この稿の最後に、では、これからの日本のエネルギー行政にとって、どういう視点を踏まえておくことが不可欠か、その要点を述べます。
福島事故は、放射能汚染が心配されてきましたが、現状では死者はおろか一人の汚染患者も確認されていません。もちろん、放射性セシウムの半減期は30年ほどであり、また今後、事故当時の内部被曝によるガンなどの障害が発生する確率がゼロとは言えません。さらに、汚染された土壌や海水による被害が発生する可能性も否定できないでしょう。
しかし、放射性ヨウ素の半減期はとっくに過ぎており、この被害の可能性はほぼゼロです。また半減期が長ければ長いほど一回に浴びる線量は少なくなるというのは常識であり、したがってセシウムによる被害もほとんど考えなくてよいはずです。いまだにメディアで報道されている線量数値も、ずっと前から問題ないレベルにまで下がっていますね。ガンの発生が確認されるのには時間がかかりますが、この因果関係もそれほど確実には実証されていないということはすでに述べました。ですから、まず、根拠のないパニックを続けるのはもうやめましょう。
次に、これからの日本のエネルギー政策にとって、さまざまな形での発電スタイルをバランスよく確保しておかなくてはならないことは自明です。これまでわが国では、内外のさまざまな事情から、一つのエネルギー資源に特化しない多様な電力資源構成を取ってきました。現在、原発がほとんど停止しているために、火力(石油、石炭、天然ガス)が占める割合が9割に近くなっています。
それぞれのスタイルには利点と難点があります。
ダム建設などによる大水力は、大規模な公共事業と環境破壊に対する批判・反発が大きいため、今後発展させていくのは難しいでしょう。
石油、天然ガスは、産出国の政治的事情があるため、供給の不安定が懸念されます。アメリカのシェールガスも、いろいろと問題が多いようです。
石炭は、産出国が多くあり、日本との外交関係が良好な国もありますので、これを伸ばしていくことは有望ですが、環境汚染が心配されます。しかし、CO₂などの排出量を減らし、かなり利用率も高い火力技術の実用化が進んでおり、今後期待できそうです。
原発はごく少量の資源を輸入すれば賄うことができ、産出国も多様で、しかも日本には高度な技術の蓄積があります。供給が安定しており、発電コストも廉価です。難点は言うまでもありませんが、福島事故の教訓を生かして、より安全な発電技術の研究開発が進行中です。これをやめてしまうことは、火力への過度の依存をもたらし(現にいまそうなっています)、資源獲得問題、外交問題、発電コスト問題、環境汚染問題など、多くの難問を抱えることになります。
再生可能エネルギー(太陽光、風力、中小水力など)は、クリーンで資源が無尽蔵であるため、今後大いに期待されますが、供給の不安定、発電コストが高いこと、立地の問題(太陽光の場合、広大な土地が必要。風力の場合、大規模な開発が必要な割には、適地が限られ、あまり大きな電力が望めない。健康によくないという説もある)などが解決されておらず、適切なシェアを占めるには相当の時間がかかりそうです。
メタンハイドレートもまだまだ研究段階です。
いずれにしても、これらの新エネルギーを少しでも実用性のあるものに導くためには、何よりも経済を活性化しなくてはならず、それを果たすためには、電力の余裕ある安定供給が不可欠の課題です。その意味でも、感情的な不安、恐怖だけから、いますぐ原発廃炉などというバカな方針を打ち出してはなりません。オタク的な専門家の視野の狭い「科学」的提言を盲信するのではなく、適切な安全管理を確保した上で、できるところから原発を再稼動すべきなのです。
安倍首相はすでに世界各国を回り、日本が誇る高度な原発技術の輸出に踏み出しています。新興国、発展途上国は、喉から手が出るほどこの技術をほしがっています。原子力規制委員会のみなさん、そういう事情でありながら、本国ではやめちゃうの? 事業主体の原燃をつぶして、これまで膨大な出資をしてきた電力会社を引き揚げさせるの? 原発推進勢力がどこにもなくなって、優秀な研究者がいなくなったらどうするの? 「絶対安全」などという空想に耽らず、少しはそういうことを考えて物事を判断してください。それができないのなら、不適格を自覚して、役目を降りてください。
先に引いた江尻宏泰氏の本の巻末には、2012年4月段階での著者自身の述懐と、彼の友人であるユーリッヒ中央研究所のO・シュルツ教授が震災1か月後に彼に送った手紙が掲載されています。一部を引用してこの稿を終わります。
(江尻氏の述懐)現在の放射線は、いわきでは1時間当たり1マイクロシーベルト(引用者注――年間8.8ミリシーベルト)くらいで、これが数カ月続いても全然問題ありません。原発も時間が経って冷えれば、放射能もそのうち減るでしょう。いまの程度なら空気の済んだいわきにとどまり、平常の活動を続けるのがいちばんだと思います。
(シュルツ教授の手紙)私たち物理学者は、放射線のことをよくわかっているから問題ありませんが、一般の方々は恐れています。政府はていねいに説明する必要があり、政府が神経質になっているだけでは、問題の解決になりません。
いま私たちは、「こうすれば絶対安全で、危険はなく、永遠に生きられる」ということはありえない、ということも認めるべきです。
世の中には色々な危険があります。ドイツでは交通事故で、毎年5千人くらいが犠牲になっています。ただし、テレビで大々的に報道されることはありません。原子力発電所の場合、トイレが一寸故障しても、原発事故としてニュースになります。危険については、観念的でかたよった考えでなく、バランスのとれた適正な考えをもつことが大事です
【参考資料】
*1:http://mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3003112/
*2:mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3045655/
mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3046585/
mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3049512/
*3:mdsdc568.iza.ne.jp/blog/entry/3067302/
*4:www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php
*5:www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/genbaku09/15e.html
*6:ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%96%E3%82%A4%E3%83%AA%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85
*7:ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%A1%80%E7%97%85
*8:www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/info/120703/guideline.pdf