私は昨日「クルーグマン、アベノミクスを高く評価する」をブログ・アップしました。混迷を深める世界経済の正しい指針を果敢に示し続けているクルーグマン教授にアベノミクスが評価されたことは、一国民として、とても祝すべきことであると思ったからです。クルーグマンはおそらく、「財政の崖」などというチキン・レースに明け暮れる米国の政治状況に業を煮やしてこの文章を書いたのではないかとは思います。「そんな馬鹿なことをやってる場合かよ。ほら、日本はちゃんとマトモな経済政策を実行し始めたじゃないか。目覚しい成果も挙げているじゃないか。ちっとはそれを見習おうじゃないの」と言っているように感じられるのですね。
そんなわけで、少々いい気分でいたところ、ツイート友だちのプシケさんから次のようなお知らせがありました。
プシケ♂@psyche_s_
美津島さん、早速毎日新聞は、敢えて曲解したとしか思えない偏向ぶりの記事(ネットニュース)でしたよ。先に毎日新聞のを見たんですが、伝わってくるニュアンスが全く違う、嫌がらせです。このあとツイートしときます。
で、そのツイートに表示されていたURLをクリックしてみたところ、プシケさんが言う通り、その内容はひどいものでした。それほど長いものではないので、全文を掲載します。赤字のところが、問題にしたい箇所です。
headlines.yahoo.co.jp/hl
<クルーグマン氏>アベノミクス「結果的に完全に正しい」
毎日新聞 1月14日(月)18時21分配信
【ロンドン坂井隆之】大胆な金融緩和や財政出動で景気底上げを図る安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」が、ノーベル経済学賞受賞者からも評価されている。著名な経済学者のお墨付きを得たことで、首相は一段と自信を深めそうだが、アベノミクスへの期待感が支えになっている円安や株高の持続性には疑問の声もある。
08年のノーベル経済学賞受賞者で、コラムニストとしても知られる米プリンストン大のクルーグマン教授は11日付ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)のブログで、安倍首相が目指す経済政策について「深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい」と“評価”した。
同氏はかねて、不況脱却のためには大胆な財政・金融政策が必要だと主張。安倍政権が打ち出した20兆円規模の緊急経済対策や、日銀に対する強硬な金融緩和の要求に対し、「(財政破綻のリスクなどを強調する)堅物過ぎる理論にとらわれて他のどの先進国もできなかったこと」と指摘する。
ただ、クルーグマン氏の分析には、皮肉も交じる。アベノミクスの効果について「国債の金利は上がらず、円は下がっており、日本に非常によい結果をもたらしている」と述べる一方、「安倍(首相)はナショナリストで経済政策への関心は乏しく、それ故に正統派の理論を無視しているのだろう」と推測。金融市場はひとまず好感しているものの、財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませる。
円相場の急速な下落と日本株の上昇に対しては欧米でも関心が高く、連日報道されている。ただ、各紙とも持続性には半信半疑で、英フィナンシャル・タイムズ(FT)は12日の記者コラムで「過去20年間、日本株に失望させられ続けてきた。今回、何が違うのかは疑問だ。昔と違い日本が世界に売るものは乏しく、円安は特効薬ではない」と言及した。そもそもアベノミクスは、クルーグマン氏らの主張を裏付けにした側面があり、同氏が評価するのは当然という指摘も。新政権の経済政策の評価が定まるには、なお時間がかかりそうだ。
この文章は、極めて陰険で姑息で悪質な記事です。どのようにそうなのか、以下列挙します。なお、私は毎日新聞の当記事を扱うために、クルーグマンの原文に一通り目を通しました。
①クルーグマンの文章掲載の日付が誤っているし、題名が明記されていない
ニューヨーク・タイムズの電子版に掲載されたクルーグマンのアベノミクスについての文章は、「11日付」ではなく「14日付」です。私は自分がなにかの勘違いをしているのではないかと思い直して履歴を調べてみました。しかしながら、「11日付」の文章は「Coins Against Crazies」という、もっぱらアメリカの国内政治がらみの内容で、そのなかに「Japan」や「Abe」という単語は皆無です。また、クルーグマンの文章は、当HPでブログではなくコラムとして扱われています。さらに、当記事には、クルーグマンの文章の題名(「Japan Steps Out.」 日本、動き出す)の記載がありません。
記者の坂井隆之氏は、日付を勘違いしたのでしょうか。コラムをブログと書き間違えたのでしょうか。うっかり題名を書き忘れたのでしょうか。もしそうであったとしても、社内の原稿チェック体制によってそういう基本的なミスは事前にチェックされるはずです。
「お前が読んだ文章以外に、クルーグマンがアベノミクスを論じた文章があるのではないか」という疑問が当然のように湧いてきますね。
その可能性はありえます。ただしその場合、対照的な二人のクルーグマンがいることになります。皮肉たっぷりにアベノミクスを“評価”する11日付のクルーグマンと極めて明快に率直にアベノミクスを評価する14日付のクルーグマンとが。
そこで次の話に移ります。以下の話は、14日付のクルーグマンしか実在しないというのが前提です。
②曲解・無理解のオンパレードである
以下、具体例です。
・クルーグマン教授は(中略)、安倍首相が目指す経済政策について「深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい」と“評価”した。:「「深く考えてやっているわけではないだろうが」などとは一言も言っていません。クルーグマンは、最終段落で「Whatever his motives, Mr. Abe is breaking with a bad orthodoxy.」と言っています。「彼の動機がどうであろうと、ミスター安倍は、悪い正統派を打ち破ったのだ」とはっきり言っているのです。「a bad orthodoxy」とは、大胆な量的緩和や積極財政を実行しようとすると決まって「ハイパーインフレになる!」とか「ほら、財政破綻だ!」とか「市場の信認が毀損される!」とわめき散らし、脅しをかける連中のことです。国債自警団の露払いですね。安倍首相は、そういう勢力をねじ伏せたと、クルーグマンは言っているのです。さらには、「In short, Mr. Abe has thumbed his nose at orthodoxy, with excellent results.」とまで言っています。つまり、「要するにミスター安倍は、優れた結果を出すことで「正統派」を鼻であしらったのだ」と。いわくありげに「評価」にクォーテーション・マークをつけるのがいかにばかげたことかお分かりいただいけるでしょう。
・「クルーグマン氏の分析には、皮肉も交じる」:確かに、クルーグマンはこの記事で皮肉を交えています。だが、それはアベノミクスに対してではなく「a dismal(愚かな、うっとうしい)orthodoxy」に対してであり、「harsher austerity」(どんどん荒っぽくなる緊縮財政派)に対してであり、「the Very Serious People」(めちゃくちゃ生真面目な人々)に対してです。皮肉の矛先が毎日新聞の指摘する対象とは正反対なのです。
・「安倍(首相)はナショナリストで経済政策への関心は乏しく、それ故に正統派の理論を無視しているのだろう」と推測。→どこからこんな解釈が出てくるのでしょうか。クルーグマンは確かに、日本のことをよく知っていると称する知人から安倍総理が古風な利益誘導型の政治家であると聞いていると言っています。そのうえで、「But none of that may matter.」ときっぱり言っています。つまり「しかし、それがどうしたっていうんだ」と。「経済政策への関心が乏しいので、正統派の理論を無視している」などとはどこにも書いていないし、当文章からそういう含意を汲み取るのは不可能です。
・「財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませる」→どこをどう解釈したらこういう読み取りができうるのか、私には皆目見当がつきかねます。こういう「懸念」は、いわゆる「正統派」(とその腰巾着)の常套文句ではありえても、不況時における積極的な経済政策の断行を是とするクルーグマンの姿勢としてはありえないものです。クルーグマンは、もっともらしいことをいいながらそれに水をさそうとする連中と闘っている人なのです。そういう連中に加担するようなことを彼が言うはずない。つまり、これは訳が不適切でありさらには捏造であることをも超えて、坂井隆之という記者と毎日新聞のクルーグマンに対する根本的な無知さえも指し示す誤読なのです。恥ずかしいことではないですか。
・「過去20年間、日本株に失望させられ続けてきた。今回、何が違うのかは疑問だ。昔と違い日本が世界に売るものは乏しく、円安は特効薬ではない」→これは、クルーグマンの言葉ではありませんが、ここにはどうにも看過しがたいものがあります。この言葉は、円高がこれまでどれほど深刻に国内日本企業の弱体化・国際競争力の低下を招いてきたのかということ、および、それにもかかわらず、日本企業の底力はまだまだ捨てたもんじゃないということに対する洞察が全くありません。そういう心なき言葉を引用することで、毎日新聞は、円安政策の効果を最大限低く見積もり、日本企業の実力を不当に低く評価するという国力弱体化推進言論を展開しています。
もう、お分かりでしょう。この記事の本質は要するに典型的な反日なのです。その歪んだ意図によって、クルーグマンのアベノミクスに対する清々しいまでのエールを強引に捻じ曲げ、なるべくケチをつけようとしているのです。
クルーグマンは、なにゆえアベノミクスにエールを送るのか。それは結局、世界経済が危機を脱して人類がカタストロフを迎えるのを回避する大きなきっかけをアベノミクスに見出そうとしているからにほかなりません。
反日というみみっちい執拗で不健全で非生産的な精神にしがみつくことで、毎日新聞は、クルーグマンの真意が見えなくなっているのではないでしょうか。
反日にしがみつくメディアは、停滞と混迷に放り込まれた世界のあり得べき方向性を模索しようとする真摯な場からは、あまりにもレベルが低くて、たそがれの寂しげな光線によって弱々しく照らし出された存在にしか見えない、というよりほかはありません。
そんなわけで、少々いい気分でいたところ、ツイート友だちのプシケさんから次のようなお知らせがありました。
プシケ♂@psyche_s_
美津島さん、早速毎日新聞は、敢えて曲解したとしか思えない偏向ぶりの記事(ネットニュース)でしたよ。先に毎日新聞のを見たんですが、伝わってくるニュアンスが全く違う、嫌がらせです。このあとツイートしときます。
で、そのツイートに表示されていたURLをクリックしてみたところ、プシケさんが言う通り、その内容はひどいものでした。それほど長いものではないので、全文を掲載します。赤字のところが、問題にしたい箇所です。
headlines.yahoo.co.jp/hl
<クルーグマン氏>アベノミクス「結果的に完全に正しい」
毎日新聞 1月14日(月)18時21分配信
【ロンドン坂井隆之】大胆な金融緩和や財政出動で景気底上げを図る安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」が、ノーベル経済学賞受賞者からも評価されている。著名な経済学者のお墨付きを得たことで、首相は一段と自信を深めそうだが、アベノミクスへの期待感が支えになっている円安や株高の持続性には疑問の声もある。
08年のノーベル経済学賞受賞者で、コラムニストとしても知られる米プリンストン大のクルーグマン教授は11日付ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)のブログで、安倍首相が目指す経済政策について「深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい」と“評価”した。
同氏はかねて、不況脱却のためには大胆な財政・金融政策が必要だと主張。安倍政権が打ち出した20兆円規模の緊急経済対策や、日銀に対する強硬な金融緩和の要求に対し、「(財政破綻のリスクなどを強調する)堅物過ぎる理論にとらわれて他のどの先進国もできなかったこと」と指摘する。
ただ、クルーグマン氏の分析には、皮肉も交じる。アベノミクスの効果について「国債の金利は上がらず、円は下がっており、日本に非常によい結果をもたらしている」と述べる一方、「安倍(首相)はナショナリストで経済政策への関心は乏しく、それ故に正統派の理論を無視しているのだろう」と推測。金融市場はひとまず好感しているものの、財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませる。
円相場の急速な下落と日本株の上昇に対しては欧米でも関心が高く、連日報道されている。ただ、各紙とも持続性には半信半疑で、英フィナンシャル・タイムズ(FT)は12日の記者コラムで「過去20年間、日本株に失望させられ続けてきた。今回、何が違うのかは疑問だ。昔と違い日本が世界に売るものは乏しく、円安は特効薬ではない」と言及した。そもそもアベノミクスは、クルーグマン氏らの主張を裏付けにした側面があり、同氏が評価するのは当然という指摘も。新政権の経済政策の評価が定まるには、なお時間がかかりそうだ。
この文章は、極めて陰険で姑息で悪質な記事です。どのようにそうなのか、以下列挙します。なお、私は毎日新聞の当記事を扱うために、クルーグマンの原文に一通り目を通しました。
①クルーグマンの文章掲載の日付が誤っているし、題名が明記されていない
ニューヨーク・タイムズの電子版に掲載されたクルーグマンのアベノミクスについての文章は、「11日付」ではなく「14日付」です。私は自分がなにかの勘違いをしているのではないかと思い直して履歴を調べてみました。しかしながら、「11日付」の文章は「Coins Against Crazies」という、もっぱらアメリカの国内政治がらみの内容で、そのなかに「Japan」や「Abe」という単語は皆無です。また、クルーグマンの文章は、当HPでブログではなくコラムとして扱われています。さらに、当記事には、クルーグマンの文章の題名(「Japan Steps Out.」 日本、動き出す)の記載がありません。
記者の坂井隆之氏は、日付を勘違いしたのでしょうか。コラムをブログと書き間違えたのでしょうか。うっかり題名を書き忘れたのでしょうか。もしそうであったとしても、社内の原稿チェック体制によってそういう基本的なミスは事前にチェックされるはずです。
「お前が読んだ文章以外に、クルーグマンがアベノミクスを論じた文章があるのではないか」という疑問が当然のように湧いてきますね。
その可能性はありえます。ただしその場合、対照的な二人のクルーグマンがいることになります。皮肉たっぷりにアベノミクスを“評価”する11日付のクルーグマンと極めて明快に率直にアベノミクスを評価する14日付のクルーグマンとが。
そこで次の話に移ります。以下の話は、14日付のクルーグマンしか実在しないというのが前提です。
②曲解・無理解のオンパレードである
以下、具体例です。
・クルーグマン教授は(中略)、安倍首相が目指す経済政策について「深く考えてやっているわけではないだろうが、結果的に完全に正しい」と“評価”した。:「「深く考えてやっているわけではないだろうが」などとは一言も言っていません。クルーグマンは、最終段落で「Whatever his motives, Mr. Abe is breaking with a bad orthodoxy.」と言っています。「彼の動機がどうであろうと、ミスター安倍は、悪い正統派を打ち破ったのだ」とはっきり言っているのです。「a bad orthodoxy」とは、大胆な量的緩和や積極財政を実行しようとすると決まって「ハイパーインフレになる!」とか「ほら、財政破綻だ!」とか「市場の信認が毀損される!」とわめき散らし、脅しをかける連中のことです。国債自警団の露払いですね。安倍首相は、そういう勢力をねじ伏せたと、クルーグマンは言っているのです。さらには、「In short, Mr. Abe has thumbed his nose at orthodoxy, with excellent results.」とまで言っています。つまり、「要するにミスター安倍は、優れた結果を出すことで「正統派」を鼻であしらったのだ」と。いわくありげに「評価」にクォーテーション・マークをつけるのがいかにばかげたことかお分かりいただいけるでしょう。
・「クルーグマン氏の分析には、皮肉も交じる」:確かに、クルーグマンはこの記事で皮肉を交えています。だが、それはアベノミクスに対してではなく「a dismal(愚かな、うっとうしい)orthodoxy」に対してであり、「harsher austerity」(どんどん荒っぽくなる緊縮財政派)に対してであり、「the Very Serious People」(めちゃくちゃ生真面目な人々)に対してです。皮肉の矛先が毎日新聞の指摘する対象とは正反対なのです。
・「安倍(首相)はナショナリストで経済政策への関心は乏しく、それ故に正統派の理論を無視しているのだろう」と推測。→どこからこんな解釈が出てくるのでしょうか。クルーグマンは確かに、日本のことをよく知っていると称する知人から安倍総理が古風な利益誘導型の政治家であると聞いていると言っています。そのうえで、「But none of that may matter.」ときっぱり言っています。つまり「しかし、それがどうしたっていうんだ」と。「経済政策への関心が乏しいので、正統派の理論を無視している」などとはどこにも書いていないし、当文章からそういう含意を汲み取るのは不可能です。
・「財政持続可能性などに深い洞察を欠いたままの政策運営には、懸念をにじませる」→どこをどう解釈したらこういう読み取りができうるのか、私には皆目見当がつきかねます。こういう「懸念」は、いわゆる「正統派」(とその腰巾着)の常套文句ではありえても、不況時における積極的な経済政策の断行を是とするクルーグマンの姿勢としてはありえないものです。クルーグマンは、もっともらしいことをいいながらそれに水をさそうとする連中と闘っている人なのです。そういう連中に加担するようなことを彼が言うはずない。つまり、これは訳が不適切でありさらには捏造であることをも超えて、坂井隆之という記者と毎日新聞のクルーグマンに対する根本的な無知さえも指し示す誤読なのです。恥ずかしいことではないですか。
・「過去20年間、日本株に失望させられ続けてきた。今回、何が違うのかは疑問だ。昔と違い日本が世界に売るものは乏しく、円安は特効薬ではない」→これは、クルーグマンの言葉ではありませんが、ここにはどうにも看過しがたいものがあります。この言葉は、円高がこれまでどれほど深刻に国内日本企業の弱体化・国際競争力の低下を招いてきたのかということ、および、それにもかかわらず、日本企業の底力はまだまだ捨てたもんじゃないということに対する洞察が全くありません。そういう心なき言葉を引用することで、毎日新聞は、円安政策の効果を最大限低く見積もり、日本企業の実力を不当に低く評価するという国力弱体化推進言論を展開しています。
もう、お分かりでしょう。この記事の本質は要するに典型的な反日なのです。その歪んだ意図によって、クルーグマンのアベノミクスに対する清々しいまでのエールを強引に捻じ曲げ、なるべくケチをつけようとしているのです。
クルーグマンは、なにゆえアベノミクスにエールを送るのか。それは結局、世界経済が危機を脱して人類がカタストロフを迎えるのを回避する大きなきっかけをアベノミクスに見出そうとしているからにほかなりません。
反日というみみっちい執拗で不健全で非生産的な精神にしがみつくことで、毎日新聞は、クルーグマンの真意が見えなくなっているのではないでしょうか。
反日にしがみつくメディアは、停滞と混迷に放り込まれた世界のあり得べき方向性を模索しようとする真摯な場からは、あまりにもレベルが低くて、たそがれの寂しげな光線によって弱々しく照らし出された存在にしか見えない、というよりほかはありません。