つれづれ生活日記in桂林

桂林(中国)での生活体験、見たままの日常を紹介

旧東海道(鳴海・有松)~桶狭間古戦場伝説地へ

2016-03-11 23:52:55 | 帰省日記

愛知県に滞在している間に旧東海道の面影が残っている場所を見たいと思い、ネットで検索してみると名古屋駅から

比較的近い場所にあった。

 

最初の目的地は鳴海の誓願寺にある芭蕉の供養塔と芭蕉堂

 

名古屋駅で名鉄名古屋本線に乗り換え目的地へ。鳴海駅で降りて北の方向へ少し歩いた所にあり、簡単に見つかった。

寺の境内に1694年(元禄7年)10月に芭蕉が亡くなった翌月の命日に如意寺に建立、その後に移された芭蕉最古の

供養塔、1854~59年に門人達が建てた芭蕉堂があるらしい。 先月、芭蕉の奥の細道むすびの地 大垣市に行った

ばかりですが、芭蕉繋がりで行ってはみたものの、山門をくぐって境内に入ってはみたが、どれが供養塔?どれが芭蕉堂

かわからない。おまけにウロウロする人間にイラついたのか?犬が吠えだす始末。じっくり探せず、人影も見当たらない

ので早々と退散して次なる目的地の有松へ。

 

 

      浮世絵著作権フリー作品サイトより拝借

       http://www.21j.jp/fu53/  

 

 

 

 

 

名鉄名古屋本線で行けば、有松駅は、鳴海駅から2つ目の駅ですが歩くことにした。その方がいろいろと景色をみる事が

できる。 有松駅にたどり着き、近くの踏切あたりから右側をみると街並みの雰囲気が少し違う感じ・・

江戸時代から400年続く有松絞りが有名だそうです。今でもしぼり問屋をはじめ、江戸時代末期の土蔵造りの町屋などが

保存されていて風情があります。

しばらく江戸の雰囲気を楽しんだ後、次の目的地桶狭間古戦場跡に向いましたが、時計を見ると12時前。タイミング良く

歩いている先に吉野家を見つけ、燃料補給のため立ち寄る。 店で桶狭間古戦場跡の場所を確認すると2つ目の信号を右

に曲がると、すぐわかりますという返事。

店での説明通り、すぐに古戦場跡地には着いた・・が、昨年行った関ケ原合戦跡地と同じで、桶狭間古戦場跡も正直「えっ!

こんなところ?」と思うような場所だった。

 

しかも帰宅後、再度桶狭間を調べてみると・・

【桶狭間の戦い】の主戦場を巡り愛知県豊明市名古屋市緑区で本家争いをしているようだ。

http://style.nikkei.com/article/DGXBASFD08004_T20C14A5CN8000

 

愛知県豊明市のHP

 http://www.city.toyoake.lg.jp/shogaku/bunkazai/okehazama_top.htm

 

名古屋市緑区(桶狭間の戦いー桶狭間古戦場保存会)のHP

http://okehazama.net/

 

私が訪ねた場所は愛知県豊明市の【桶狭間古戦場伝説地】の方。 そして近くの高徳院の敷地内に今川義元公陣地跡の

碑があった。

 

 

 2016-03-04

                                  誓願寺

 

 

 

 

                              有松へ行く途中にあった彫刻

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                   今川義元の墓

 

 今川義元の戦死した場所を示す【七石表 1号碑】その他義元の側近達の戦死した場所を示す碑が2~7号まであります。

 

                     別方向から見ても古戦場跡地の周りは住宅

 

          古戦場伝説地近くの高徳院の敷地内にある【今川義元公本陣跡碑】   ↓

 

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