明鏡止水
めいきょうしすい
曇りのない鏡や静かに澄んだ水面のように、清明でゆがみのない心のあり方を喩えた、荘子の言葉。
「禅語」 石井ゆかり 文
井上博道 写真 より
「明」や「鏡」の左右のバランスが難しかった。少しずつ大きさを変えながら試してみた。
写真にとって、改めて見ると、筆を紙に落としたら、そのまま横に動かすという、前回言われたことをつい忘れてしまうことがわかる。
一つ一つ、気を抜かず書けるように、集中力を高めたい。
誰かの発した言葉や出来事など、それはそれを受けた人にとって、見えるものは変わる。
そのときの感情や、過去の経験、損得利害などが、見えるものをありのまま見ることを邪魔してしまう。
澄んだ心でありのまま、良い悪いも判断せずにとらえること、それは難しいが、目指したいことである。
めいきょうしすい
曇りのない鏡や静かに澄んだ水面のように、清明でゆがみのない心のあり方を喩えた、荘子の言葉。
「禅語」 石井ゆかり 文
井上博道 写真 より
「明」や「鏡」の左右のバランスが難しかった。少しずつ大きさを変えながら試してみた。
写真にとって、改めて見ると、筆を紙に落としたら、そのまま横に動かすという、前回言われたことをつい忘れてしまうことがわかる。
一つ一つ、気を抜かず書けるように、集中力を高めたい。
誰かの発した言葉や出来事など、それはそれを受けた人にとって、見えるものは変わる。
そのときの感情や、過去の経験、損得利害などが、見えるものをありのまま見ることを邪魔してしまう。
澄んだ心でありのまま、良い悪いも判断せずにとらえること、それは難しいが、目指したいことである。