「まったなし」と言われる地球温暖化対策。その具体的取組の「パリ協定」への批准をも遅らせてまで最優先、強行採決した「TPP関連法」。次期アメリカ大統領に決まったトランプ氏は「TPP]に反対している。このような中で化石燃料に固執する日本政府の対応が世界から笑止されている。
国民の命の危機 食料は“武器”で標的は日本
日刊ゲンダイ 2016年11月11日
鈴木宣弘東京大学教授
1958年、三重県生まれ。82年東大農学部卒。農水省、九州大学教授を経て、06年から東大教授。専門は農業経済学。「食の戦争」(文芸春秋)、「悪夢の食卓」(角川書店)など著書多数。
わが国では、国家安全保障の要としての食料の位置づけが甘い。
必ず出てくるのが、「安けりゃいいじゃないか」という議論だ。実は日本国民は安さに飛びつきやすい。世論調査をすると、「高くても国産を買いますか」という問いに89%が「はい」と答えているが、実際の食料自給率は39%である。
それに比べて、米国などでは食料は「武器」という認識だ。食料は、軍事、エネルギーと並ぶ国家存立の3本柱であり、戦争ばかり続けたブッシュ前大統領も、食料・農業関係者には必ずお礼を言っていた。こんな具合である。
「食料自給はナショナル・セキュリティーの問題だ。みなさんのおかげでそれが常に保たれている米国は、なんとありがたいことか。それに引き換え、(どこの国のことかわかると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ(そのようにしたのも我々だが、もっともっと徹底しよう)」
■世界は食料を「安全保証」の要と位置づけ
さらには、農業が盛んな米ウィスコンシン州の大学教授は、農家の子弟が多い講義で次のような趣旨の発言をしていたという。
「食料は武器であって、日本が標的だ。直接食べる食料だけじゃなく、日本の畜産のエサ穀物を米国が全部供給すれば、日本を完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのが米国の食料戦略なのだから、みなさんはそのために頑張るのですよ」
戦後一貫して、米国はこうした国家戦略を取ってきた。そのため、我々の食は、米国にじわじわと握られていき、いまTPPでその最終仕上げの局面を迎えている。
米国のコメ生産コストはタイやベトナムの2倍近い。それでも1俵4000円という低価格で輸出し、農家に対しては、補助金で差額を補填して、しっかり作ってもらっている。それに比べたら、日本の農業が“過保護”だというのは間違いである。日本の農家に「輸出補助金」はない。
日本の農産物はおいしいけれど高い。これを補助金ゼロで売る。米国は穀物3品目だけでも多い年は輸出補助金が実質1兆円に上る。ただでさえ安い物を、さらに補助金をつけて安く売りさばいているのだ。そんな国と日本がどうやって競争できるのか。しかも、TPPでも米国の輸出補助金はおとがめなし。一方、日本は自ら垣根を低くして、米国の補助金漬けの農産物で潰されようとしている。何が自由貿易か。いや、これこそ「自由貿易」イコール「米国が自由にもうけられる貿易」なのである。
ちなみに、日本の農家の所得のうち補助金の占める割合は4割弱で、先進国では最も低いほうである。EUの農業所得に占める補助金の割合は英仏が90%前後、スイスではほぼ100%だ。
「これが産業か」と言われるかもしれないが、命を守り、環境を守り、国土・国境を守っている産業を国民みんなで支えるのは当たり前なのだ。それが当たり前でないのが日本。TPPは国民にとって命の危機である。
リテラ
農家の安倍内閣支持率が18%に激減
内閣支持率はなんと18%! 農業従事者がTPPの大嘘に激怒し安倍政権にソッポ、党農林部会長・進次郎の対応は?
「安倍内閣を支持するのは18%、不支持は59%」──衝撃的な最低水準の内閣支持率が発表された。
これは、日本農業新聞の農政モニター調査によるもの。10月28日付1面「『決議違反』69% 内閣支持18% 政府と現場認識にずれ 本紙農政モニター調査」によると、「日本農業新聞は、本紙の農政モニターを対象に行った環太平洋連携協定(TPP)大筋合意に関する意識調査の結果をまとめた。農産物の重要品目の聖域確保を求めた国会決議が守られたかどうか聞いたところ、『決議違反』としたのは69%に達した。安倍晋三首相は、農業分野を含めて『国益にかなう最善の結果を得ることができた』との認識を示しているが、生産現場の受け止めと大きく懸け離れていることが浮き彫りになった。安倍内閣を支持するとしたのは18%とかつてない低水準にまで下がり、不支持は59%に上った」という。
日本農業新聞は1928(昭和3)年創刊。87年にわたって国内外の農業・食料に関するニュースを提供し続ける農業専門の日刊紙だ。全国のJAなどが出資する日本農業新聞社が発行し、発行部数は約40万部。農家とJAグループとをつなぐ機関紙としての役割も果たしている。農政モニター調査は、農業者を中心とした1060人を対象に行われたものだ(今回の調査の回答者は771人)。
7月14日の前回の同調査では、内閣支持率は36%、不支持は61%と、他のマスコミの世論調査とさほど変わらない支持率だったが、(たとえば、朝日新聞社9月実施の全国緊急世論調査は、支持率35%・不支持45%)、10月5日の安倍政権のTPP大筋合意を受けて、将来的な自らの経営を不安視する農業者が安倍政権の大ウソに反発。政権に批判的な評価が大勢を占め、支持率が半減したのだ。
「支持率18%」への半減も当然だろう。2012年12月の政権復帰となった総選挙では、当時の民主党政権のTPP交渉に対し、「聖域なき関税撤廃を前提にする限り交渉参加に反対」との公約を打ち出し、13年4月には衆参両院の農林水産委員会は「農産物5項目」(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、サトウキビなど甘味資源作物)について「農家が生産を続けられるよう関税の交渉から除外または再協議の対象とすること」「(守れない場合は)交渉からの撤退も辞さない」と関税死守(聖域確保)を決議。14年12月の総選挙では「経済連携交渉は、交渉力を駆使して、守るべきは守り、攻めるべきは攻め、特にTPP交渉は、わが党や国会の決議を踏まえ、国益にかなう最善の道を追求します」と公約を掲げていたはずだ。
しかし、今回の大筋合意では、すべての農林水産物の8割にあたる1885品目で最終的に関税が撤廃されることになり、国会決議で聖域確保を求めた「農産物5項目」も3割で関税を撤廃することになってしまったのだ(日本農業新聞10月20日付「TPP関税撤廃 農林水産物の8割 重要品目3割守れず」)。
なかでも、コメは「米国、オーストラリアに無関税輸入枠を設定」したうえに、米国との個別協議で、実質的な米国枠を6万トン増やすことにも合意しており、年約50万トンの米国産コメが入ってくることになる。これは、日本の15年産主食用コメ生産数量目標の約1カ月分にあたる。麦は「優遇輸入枠を新設、発効後9年目までに関税にあたる『輸入差益』を45%削減」、牛肉・豚肉の「段階的縮小・廃止」などと米国に譲りに譲った交渉になり、安倍政権の大ウソが明らかになったのだ。農業者の怒りももっともだろう。
しかし、農業といえば、これまでの自民党の大票田。12年12月の政権復帰も、「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。日本を耕す!! 自民党」という大ウソのポスターを大票田の農村にバラまいたことが大きな原動力になった。
それが、支持率18%。内閣支持率は「30%台で黄信号、20%台は危険水域、20%割れで退陣」といわれており、安倍内閣も農業の分野では危険水域に達したのだ。来年(16年)夏の参院選を控えた自民党にとってこれは由々しき事態といえる。
実は今回の内閣改造で、安倍首相は入閣を拒否した小泉進次郎衆院議員を党農林部会長に起用したが、この人事はこうした農業従事者の支持率低下を見据えてのことだったといわれている。
「今の状況を考えると、農家の支持率を挽回するのは相当厳しい。それで、安倍首相は全く畑違いの進次郎氏を担当の農林部会長に起用した。進次郎人気で農家の支持率を取り戻したいというのはもちろんですが、うまくいかなくても、入閣を拒否するなど自分にたてつく進次郎氏の失点になって、政治的影響力を削ぐことができる。安倍首相としては、どちらに転んでもマイナスにはならないと踏んだんでしょうね」(政界関係者)
27日の農林部会などの合同会議に出席した小泉進次郎農林部会長は「攻めの農業」を築く必要性を強調したというが、はたして怒る農業従事者たちにそんなまやかしが通用するのだろうか。(小石川シンイチ)