政官財の罪と罰 古賀茂明
AERAdot2023/11/07
ハマスのイスラエル攻撃への報復(イスラエルによれば自衛権の行使)により、ガザ地区を中心にパレスチナ人の大量虐殺が進んでいる。このイスラエルの攻撃について、マスコミは、報復攻撃、テロ掃討、軍事攻撃、軍事作戦、空爆、地上攻撃、地上作戦など、刻々とさまざまな言葉を使って伝えている。しかし、こうした言葉では、ガザで起きていることの本質を正しく伝えることはできない。
なぜなら、イスラエルの行為は彼らがどのように言い訳しても、ジェノサイド条約第2条に定める「ジェノサイド」に当たるからだ。
念のため同条約の第1条と第2条を引用しておこう。
第1条
締約国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを、防止し処罰することを約束する。
第2条
この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する。
(a)集団構成員を殺すこと。
(b)集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c)全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d)集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(e)集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
これを読むと、ジェノサイドの定義は普通の人が想像するよりも広いことに気づく。
国民的、人種的、民族的または宗教的集団を全部または一部破壊することを目的に行われる集団構成員の殺害はもちろん、肉体的・精神的な危害、さらには肉体的破壊をもたらす生活条件を課すことまで含まれる。イスラエルがやっていることはことごとくこの定義に当てはまる。
イスラエルは、パレスチナ人をことさら狙っているのではなく、ハマスというテロリストの攻撃からイスラエルの国家・国民を守るための自衛権を行使している戦闘でたまたまパレスチナの民間人が巻き添えになっているだけだと言い訳している。
しかし、彼らは、民間の建物の下のトンネル内にいるハマス戦闘員を攻撃するのに、空爆や地上からの砲弾による攻撃を行えば、大量のパレスチナの民間人、なかんずく女性や子供たちが殺害されることを理解した上で軍事侵攻を行っている。しかも、彼らの攻撃の後には、すべてが破壊された土地が残るのみで、そこにあった生活インフラは完全になくなり、パレスチナ人が住むことができなくなることもわかっている。
さらに、パレスチナ人をガザ地区から逃げられないようにしてこうした行為を行っているのだから、なんと言い訳しようとも、パレスチナ人の大量殺戮を、百歩譲って積極的ではないとしても、意図して行っていることは否定できない。
したがって、イスラエルの行為は「ジェノサイド」と言うべきなのだ。
ハマスのイスラエル民間人に対する攻撃はテロ行為であり、もちろん、国際法違反だが、だからと言って、その報復のためにジェノサイドが正当化されることにはならない。
マスコミは「停戦」「休戦」という言葉を使っているが、「ジェノサイド停止」という言葉を使った方が、より物事の本質と緊急性が理解されるだろう。
日本は残念ながらジェノサイド条約を批准していない。だから、ジェノサイドを止めてその犯罪者を処罰する義務を負っていないという議論を見たことがあるが、これは間違いだ。なぜなら、日本は国際刑事裁判所に関するローマ規程に加盟しており、その中で、ジェノサイドは犯罪として定義され、処罰すべしと書かれているからだ。
したがって、日本は、ジェノサイド条約に加盟していなくても、少なくとも道義的には、ジェノサイドを見て見ぬ振りをするわけにはいかないはずだ。
ところが、日本は、このジェノサイドを止めようとする世界の動きに対して、完全に反対の動きをしている。国連安保理に提出された即時停戦を求める決議案に米英などとともに反対しただけでなく、国連総会では、人道的休戦を求める決議に対して棄権した。この決議案には、121カ国という圧倒的多数が賛成し、反対したのは米国などわずか14カ国だけで、棄権も44カ国にとどまった。米国の同盟国は米国に追随して反対ないし棄権したと思っている人が多いかもしれないが、NATO加盟国のフランス、ベルギー、スペインなどは賛成している。米国の言いなりなどにはならず、独立した判断を示したのである。
一方の日本は、「総合的判断」というだけで、明確な理由も示さず棄権した。もちろん、世界中が、日本は人権には無関心だと見抜いているし、米国の属国であるということもわかっているから、特に驚いてはいないはずだ。だから日本をことさらに批判する国はない。それをいいことに、日本は単に米国の顔色をうかがいながら行動しているのだ。
さらに問題なのは、岸田文雄首相に、今回の判断をするにあたって、悩んでいる様子が見えないことだ。なぜ、悩まないのかというと、おそらく、「日本の国民はバカだから、イスラエルとパレスチナの問題など理解できない。とりあえず、アメリカに寄り添う判断を見せていれば特に強い批判の声は出ないだろう」と考えたからではないだろうか。
確かに、この戦争を見ていて、驚いたことがある。それは、多くの日本人が、パレスチナとイスラエルの歴史を全く知らないように見えたことだ。
私が中高生だったころ(1970年ごろ)、何で習ったのかは定かではないが、私も私の友人たちも、パレスチナ問題といえば、いつもイスラエルがパレスチナ人に酷いことをしているというイメージで捉えていた。
当時は、ベトナム戦争が若者の関心の中心になっていたが、そこでは米国が悪者だった。その米国が応援するイスラエルがパレスチナを攻撃しているとなれば、当然悪いのはイスラエルで正義はパレスチナにありということになる。
しかし、私たちはそれだけではなく、第1次世界大戦の時に、フランスと裏で結託したイギリスにパレスチナ独立という甘い言葉で騙されたパレスチナ人の悲劇や、同じく建国の約束を得ていたイスラエルが、一方的に独立を宣言し、国連の決議などを無視して強引にパレスチナに植民=占領行為を行っていったという経緯も概要だけかもしれないが、理解していたように記憶している。ただし、多くの人はいつの間にか忘れてしまったようだ。
そうした背景があるので、私が今回のハマスの攻撃を知った時、ハマスはこんな酷いことをするのかと驚いたのはもちろんだが、それと同時に、ここまで追い込んだのは、イスラエルと米国だという考えが条件反射的に頭の中に湧き起こった。
ハマスの攻撃は許されないにしても、イスラエル「政府」が行っていることは、それ以上に非人道的で許されないことだということを瞬間的に理解できる日本人がどの程度いたのか。いなかったとしたら、それは教育の問題なのだろうか。
さらに、私にはもう一つ疑問に思うことがある。
それは、今回の事件が10月7日に突然始まったのではなく、何十年も続いたイスラエルによるパレスチナに対する国際法違反の度重なる虐殺の黒い歴史の中で起きた事件なのだということを、なぜ最初にマスコミが大きく伝えなかったのかということだ。
やはり、日本政府が米国に無条件に従うことが慣例となってしまったこの10年で、米国に反対する言論を展開することを日本のマスコミが躊躇するようになったのだろうか。
TBSなどは比較的早く、こうしたニュアンスを伝え始めたが、それでも、ジェノサイドを止めろという強い言葉は出て来ない。それは、危機感がないからであり、多くの場合は、戦争からは何も生まれないとか弱者ばかりが悲惨な目に遭っているとか、憎悪の連鎖を断ち切らなければというようなありきたりのコメントとともに、最後は、「しっかり注視していかなければなりませんね」というようなまとめで終わってしまう。
ハマスを非難するのはもちろんなんの問題もないが、それ以上に今は、イスラエルが行っているジェノサイドを思い切り非難し、その行動を無条件に止めるべきだということをもっと強調すべきだと思う。
話は少し脱線するが、こうしたことを考えていた時に思い浮かんだのが、ジャニーズ問題との類似性だ。
ジャニー喜多川の犯罪行為が明確に批判され始めても、その凶悪性を本当には認識できていないため、「性加害」という言葉でマイルドにしか伝えられなかったマスコミの「鈍感さ」。
今日のイスラエルの行動をジェノサイドという最大の危機であるということが理解できず、イスラエルの「報復攻撃」とか「地上戦」という言葉に置き換えて、強く非難することなく、結果的に傍観しているのと同じことになっているのもまた、マスコミの「鈍感さ」のなせる業なのかなと思ってしまうのである。
私たち国民も、停戦を早くという言葉は口にしても、「ジェノサイドを止めて!」という緊急性を持った言葉で声を上げるにはまだ至っていないようだ。
これまで何十年も放置されてきたパレスチナの人々に対して無関心であった私たちは、そのことを謝罪するとともに、今こそ、イスラエル政府のジェノサイドを止めろという声を上げる責任があるのではないだろうか。
そうした声が大きくならないために、岸田首相はなんの心配も迷いもなく、米国追随外交を呑気に続けられるのだということを私たちは反省しなければならない。
今ここで、このジェノサイドを止められなければ、それに事実上加担した国の国民の一人として、私たちは、これから先長きにわたって、後ろめたさと悲しみを持って生きなければならなくなるだろう。
なお、イスラエル「政府」の行為がジェノサイドだとしても、それをユダヤ人一般に対する非難や攻撃に繋げることがないように細心の注意が必要である。このことも大きな声で叫ばなければならない。
「ガザに核」発言も飛び出した。
「とんでもない話だ。相手を根絶やしにするため、本当に使うかもしれないという怖さがある」。80カ国以上で被爆体験を証言するなどしてきた田中稔子さん(85)=広島市東区=は憤った。
広島県原爆被害者団体協議会の佐久間邦彦理事長(79)は「発言の根底に、どこかの局面でイスラエルが核兵器を使おうと考えていることがうかがえる」と懸念し、「国際社会が核兵器反対と停戦の声を強く上げる必要がある。被爆国である日本の政府なら積極的に動けるはずだ」と外交努力を求めた。
イスラエルは核保有を公式には認めていないが、スウェーデンのストックホルム国際平和研究所の2022年1月時点の推計では、90発を保有しているとされる。