AERAdot 2023/02/22
作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は、女性への加害欲について。
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「わからせ」とか「男女平等パンチ」とか「ひととき融資」とか……女性への加害欲を隠さない言葉が、「隠語」のような形で広まっている。「わからせ」「男女平等パンチ」については本連載で書いてきたが、要は「“生意気な女”を暴力で黙らせたい」男たちの言葉。一方、「ひととき融資」は、「女の弱みにつけ込みたい」と考える男たちの性購買の一種です。あーあ、憂鬱になりますね。
お金に困った女性(その理由は様々。金融機関から借りられなかったり、家族に知られたくない借金があったりする場合なども多い)たちに、お金を貸し、元金はもちろんのこと、性行為と法外な利子を求める行為だ。「ひととき融資」という言葉の語源は、「ひととき体の関係を持つ」という意味や、人と木=「人」+「―」+「木」=体、という説もあるらしいが、よくもまぁ、こんな言葉を次々に思いつくと言葉を失う。まるで女性虐待を面白がって命名する部署がこの国のどこかにあるのでしょうか。
「ひととき融資」で検索すると、女性からの相談がいくらでも出てくる。ネットで出会った人に20万円借りたが、高額な利子に加え、セックスを要求される。性行為の要求がきつい、性感染症に感染した、激しいSM行為で傷を受けた、あまりに気持ち悪くて断ったら写真を公開すると脅された、などの被害に溢れている。古くは1990年代の「援助交際」から最近の「パパ活」などまで、男性の性購買を「対等な交渉」のように使う言葉がいくつもつくられてきたが、中身は一貫して同じ、金の力を借りた性搾取。とはいえ「ひととき融資」までくると、女性に残るお金は一銭もなく、ただただ何の根拠もない「利子としての性行為」を強いられるだけだ。
先日、新宿・歌舞伎町を久しぶりに歩いた。歌舞伎町に向かう区役所通りの入り口では、こんなアナウンスが繰り返し流されていた。
「マッチングアプリで出会った女性と一緒に行ったお店で、気がつくと女性はいなく、法外な料金を支払わされるケースがあります。見知らぬ女性にはお気をつけください。席に座ったら支払い方法を確認しましょう」
まだそういうことがあるのか……と、ネオン街に吸い込まれていくように歌舞伎町に向かう人々の層を見ながら不思議な気持ちになる。警察が注意喚起している事件の「ターゲット」になりそうなスーツ姿のサラリーマンは少数派に感じるほど、通りには、若い女性たちで溢れている。その女性たちを鋭い目で見つめ、つきまとうような男性たちが無数に溢れている。多くはホストクラブの客引きだったり、AVを含む性産業への勧誘をするスカウトだったり。女性を見定めるように街に立つ男性たちの振る舞いを遠目に見ていると、この歌舞伎町で何が起きているのか、じわじわと輪郭がクッキリしてくる。
驚いたのは男性たちの多くが、よく知られた、高級ヨーロッパブランドの黒光りするダウンジャケット(20万円以上しますね)を着こんでいることだった。狭い道路いっぱいにホストクラブの広告車が1時間に何台も通り過ぎることにも衝撃を受けた。ネオン街の広告は、十数年前はキャバクラの広告で溢れていたのに、今は高い広告スペースにあるのはホストクラブのものだけなことも、私にとっては「新しい歌舞伎町の景色」だった。ヨーロッパの冬のアルプスを堪える分厚い黒ダウンの男性たちを大量に目の当たりにし、ここは男性が稼ぎ20万円のダウンジャケットを着て仕事をし、壊れそうな高いヒールをカタカタさせながら歩くペラペラの薄着の女の子たちが食われる街になっていることを実感する。「いつから」「なぜ」という疑問は尽きないが、「世界一の歓楽街」「欲望の街」と呼ばれる歌舞伎町のギラギラは、若い女性たちにはどのように見えるのだろう。
友人たちと歌舞伎町を歩いていると、若い女性2人がホストクラブの客引きの男性に捕まっていた。遠巻きに見ていたが、聞こえてくる会話が不穏だった。「マイナンバーカード見せて」「保険証でもいいよ」「初回は1000円だけだから」。そんな交渉を若い男性が、10代らしき女性2人組にしている。女性たちは迷っているのか、10分以上ずっと「どうする」という感じでもじもじしているのが背中から伝わる。
ホストクラブが入り口になり、1000円だけと言われていたのに、いろんな理由をつけられ、若い女性には支払えない金額を言われたときは、学生証などのデータを取られているので、店側の言いなりになってしまうケースは少なくないという。大丈夫かな……と思いつつ、私は自分が10代だったらどうするんだろうと、その様子をボーっと見ていた。初めての歌舞伎町で冒険してみたい気持ちもあるのかな……でもそこは危険なんだよ……というか、路上の客引きは条例違反のはず!と心の中でつぶやいていた。すると……私の横にいた友人が、「見てらんない」という感じで、女性たちと客引きの男性の間にすーっと入っていったのだった。「あっぶないよーん!」と手をヒラヒラさせながら。ほんとに、勇敢な女友だちが一人いいれば、世界の景色を変えられるという瞬間だった。
小柄で威圧感を与えない彼女が、女性たちに明るい感じで声をかけはじめた。「ホストクラブに誘われてるの?」「ホストクラブが入り口になって怖いことになる話が増えてるから気をつけてね!」「あっぶないよー」。その様子を私はただあっけに取られて見ていたのだが、今度は私の隣にいた別の女友だちが、「私も行くわ」と同じく女性たちと男性の間に立った。彼女は山のように大きいうえにファーを着ていたのでかなりの圧をかもしだしながら「どこから来たの? え、○○県? もしかして歌舞伎町は初めて? 大学生なんだ、エー18歳? やめなよ~、あぶないよ~、だいたい、フツーのお店でマイナンバーカードなんて要求しないよね~」と話しかけだしたのだ。
そうなると、私たちも動かざるを得ない。羊たちの沈黙状態だった私もそろりそろりと女性2人に向かい、一緒にいた女友だち数人が女性たちに声をかけはじめた。客引きの男性は「仕事、邪魔しないでくれる?」と突然現れたおばちゃん集団にひるみながら言うのだが、別の女友だちが「キャッチ(客引き)は条例違反って、そこに書いてあるけど」と言うと、「キャッチしてません、声がけです、違反じゃないです」とモゴモゴ言うのだった。結果的に数の力は大きいのか、女性たちをその男性から私たちは引き離すことになった。
聞けば、彼女たちは地方から上京した大学1年生。初めての歌舞伎町で声をかけられ怖かったけど断れないどうしよう……と思っていたところだった、とのことだった。かなりしつこく勧誘されるので、1000円だし、ま、いいか、と決めようとしたところにおばちゃん登場、という感じだったらしい。ものすごいしつこいナンパや、ものすごいしつこい客引きに、「うるせーな!」「ほっておけ!」と啖呵を切れるような訓練をこの国の女性たちは受けていないので、まず話を聞いて、ニコニコ笑い、相手を怒らせないようなタイミングでフェイドアウトできるかどうかを探りながら、結局フェイドアウトできずに……というような経験をする人は少なくない。キラキラするネオンは魅力的で、そのドアの向こうには何があるのか知りたいという気持ちも、若いときはきっとあるのだろうと思う。そこは危険よ!という女たちのお節介こそ「うっせー」と思う人もいるだろう。それでもこの国は、「女を買う」ことがあまりにも当たり前になり、そのために「女から奪う」ことも当たり前になっている。そしてそのことに罪悪感をもたないで済む価値も生まれている。「これは俺たちの仕事ですから」「仕事を奪うな、邪魔するな」という経済の論理で。
極寒の2月の歌舞伎町。冷たい夜の空気にネオンは美しく光っているのだけれど、この街でつくられる無数の痛みを打ち消すための過剰な光にも見えてくる。せめて、優しい寝床と安全な関係を、女性たちが信じられますように。そう祈るしかない、かなり無力な私を自覚している。
こうして「少女」たちを守る活動を続けている団体があるのです。自腹を切ってまでして。
昨日は-24℃で、朝だけ晴れていました。昼過ぎてから雪になり、今朝はかなりの雪が積もりました。