妻が仕事から帰宅。私はシフト休み。
この形で来月から平日を構築していく。
もう家事が出来なくてパンクしてる。
今の仕事は事務仕事という名の軽作業で
今の私には週5日は勤務できない。
もともと軽作業の人ではないし病気怪我続きで
もはや無理。
代わり番こに家事をしていけば何とかなるのでは。
それでも世帯収入が限界収入に来ているので
公営住宅への転居が必要ではないかと提案も
妻の聞きかじりなのですが、
無視するわけにもいかない。
現実家賃が高すぎる。一つの案であり、
しかも有力。
だがしかし、今あるものから
さらに失うことを覚悟しないと。
自分のブログでいつも書いているが、
毎度ある危機も乗り越えたのではなく、
「座して〇を待つ」だったり
「茹でガエル」を承知の上で
その生活に甘んじていたり。
生命の危機がすぐそこまで来ていても
偶然の救出劇に助けられたり、
突然の知人からの実弾の援助で助かったり。
頼んでもいないことの延長で
生活が続いている。
公営住宅の入居基準が緩和された上
私たち夫婦には入居の抽選に
アドバンテージがあるのだから
悪い話ではない。
だけれども、今でも生活環境でもめ事が絶えないのに
事情を知っている近隣の公営住宅に入居したら
どんな近隣関係が待っているか。
精神的に耐えられるのか。
それと今ある残された趣味も放棄しなければならない。
庭の撤収廃棄である。
専門書も紙ごみの日にすべて廃棄。
生きてきた歴史も処分だ。
そうして得られる新生活に何があるのだろうか。
でも生きるには覚悟、決断も必要だ。
ところで今日は、迷宮と化した妻の部屋から
乾いた洗濯物の回収と
壊れたエアコンのルーバーフラップの交換。
雨に打たれた、フリルパンジーの養生。
花がらおよび咲いてから時間が経った花の処理。
葉刈りなどなど。
それと洗濯機を2回、回して干す。
その間、雨に当たらない鉢への水遣り。
風呂場の掃除となんか大変だったな。
今日はもう料理無理。
ハンバーグ弁当食べます。