自分はハノイ在住11年目である。その前の「月一ベトナム」の出張期間を含めると
既に18年になることに気づく。初めてベトナムに来たのは20年以上前だ。
最近気づくことであるが、弊社社員の最年少は21歳、つまり彼らが生まれたころ自分はすでにベトナムに居たことである。
そして多くの社員はハノイに来たのはたかが10数年前だ。つまり「ベトナムハノイ滞在期間は自分が一番長いということだ」
従って、「社員からハノイの道を聞かれたり」「近郊の見どころ情報を聞かれる」のも仕方が無い事なのだ。
そしてすでに18年前から「出張時にはホテルにお願いし、レンタルバイクに乗っていた」
これで「行動範囲が一気に拡大したのである」20年前には、外国人にとって「タクシーに乗るだけでもハードルは高かった」
そして「ベトナム交通事情」を考えれば、外国人が「バイクに乗ること自体、無謀な事だった」
それでもバイクは自分の「見聞を大いに広めてくれたのである」(あの頃は旧ノイバイ空港からホテルまで信号は2つしかなかった)
在住になってからは、「事業が軌道に乗るまでの6年間」ベトナム国内でさえ、旅行に行く余裕はなく、せいぜい
このバイクで「行ける場所にツーリングするのが唯一の娯楽であった」
今では到底行く気にもならない「遠方まで足を延ばした」、その時々、いろんな理由もあり、貴重な経験ができた。
*最遠はSON LA(ハノイから280kmにある町を日帰りした)友人の恩師が急逝され、そのお葬式のために友人を乗せて日帰りした。
さすがに「大変な旅だった」(朝6時に出て、お葬式に出て、夜9時にハノイに帰った)
*その他にもHoa Binh,Ninh Binh,Mai chau,等々ハノイ周辺はほぼ行きつくした。
*そのころは弊社の社員1期生も若く、独身者が多かった。休日になると「声がかかり」ハノイ周辺の観光地に
社員たちとツーリングに行ったものだ。 社員たちもまさか社長がバイクで一緒に「遊びに行くとは思っていなかったようだ」
しかしこのことは「社長と社員と言うよりも友人としての信頼関係を強めたことは確かだった」
そのころのベトナムの田舎は、「トイレを借りても、案内されたのは裏庭の地面に掘られた穴」だったり。
食事でも「外国人が来たことも無いような田舎の食堂」だったり、お酒は「民家が密造した焼酎をペットボトルに量り売り
で購入し一緒に飲んだり」したものだった。初めての社員旅行でさえ、床下が透ける竹でできた高床式の少数民族の
大広間に「自分も社員の男女も関係なく1室に雑魚寝」するような会社だったのである。
あれから10年、今は1期生社員はすでにほとんどが結婚し7割女性だったこともあり、女性はすでに2,3人の母親に。
そして男性も中にはハノイに家を建てたり、購入したものも居る。時は流れたのである。
そして最近は「一緒にツーリングに行くこともなくなり」パーティーをやっても「1期生のようにお酒を飲んでくださいと
絡んでくるものも居なくなった」(悪い事ではないが、最近の若者はあまりお酒は飲まないようである)
そして最近「遠出するのは、4歳友人故郷に宅配ツーリング」に行くぐらいになったのである。
先日、その帰り、日が傾いた「ベトナムの田舎道」を走っているとき、「いろんなことを考えた」
*この道は、確かに「知ってはいるが、ここは故郷日本から遠く離れた、しかも周りには誰も知る人はいない、
言葉もまともに通じない異国の田舎道で、一人バイクに乗っている。」
*そのことは「不安ではなく」何か不思議な感覚だった。こんな経験は、普通にサラリーマン人生では絶対に
しない(出来ない)体験なのだろうと。(焦燥感や優越感などではなく、人生とは何があるかわからないという感じだ)
*今まで「こんな感情、こんな感覚にはなったことは無かった」・・・ただ「一生懸命」日々を生きて、会社をまともにしよう
としか考えないで日々を生きてきた。どんな遠くへ行っても「今回の感情のようなものは無かった」。
4歳友人の故郷からの帰り道、日が傾き始めた「テトまじかの見知らぬベトナム田舎道を走りながら」不思議な感覚にとらわれたのである。
年を取ったのだろうか?この先どんな人生が待っているのかはわからないが
(石原慎太郎 氏が亡くなった、彼ほどの波乱万丈な人生は珍しいが、自分もサラリーマン時代には
派閥に所属せずやりたいことをやってきた、そのおかげで会社にはいる場所を見いだせず、現在のようになったのだ)
人生も終盤、もう変えようがない生き方を最後までこのまま続けるのだろう。
石原氏と似てるのは「葬式不要、戒名不要」、骨は2つに分けて「ベトナムと、日本は自宅のムック(亡くなった愛犬)
が眠っている横に散骨してほしいと思っている。(通知も出さず、知らない間に姿を消すことが理想だ、そして友人の間で
話題になったとき、「そういえば**はどうしてるの?」などと言われてみたい。)
ツーリングで見知らぬ街を走っていて、ふとそんなことを考えた。