
ゆふぎりの とほとのふえと きえゆくか やへがきつくる ますらをのほね
*短歌が続きますね。おもしろい作品がいっぱいあるので、ここで取り上げないわけにはいきません。これは先日紹介した、「まつのもとがね」の歌の前にある歌です。
「とほと(遠音)」とは、遠くから聞こえてくる音とか、噂話のことです。
夕霧の中で、遠くから聞こえてくる笛の音のように、消えていくのだろうか。八重垣をつくるという、益荒男の骨は。
一応解説しておきますが、「ますらを」とは、立派な男子のことです。「八重垣」は、古事記の中で須佐之男命が詠んだとされるこの歌からきています。
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を 須佐之男命
有名だから知っている人も多いでしょう。麗しい雲の立ち上る出雲の国に、愛する妻を守るために、八重垣を作ろう。そのすばらしい八重垣を。
男というものは、その力を麗しい形で存分に表現できてこそ、美しくなるものだ。須佐之男命は、馬鹿な間違いをしたが、人を助けるためにいいことをして、自分を立てなおした。そして自分の男の力を、みんなを助けるために使うことにした。働いて、立派な村を作るんだ。そういうことをしてくれる、強くたくましい男が、昔はいたのだが。
今の時代は、それは霧の向こうからかすかに聞こえる音に聞くうわさのようなものだ。だれもそんなことをしようとはしない。
日本人ですから、日本神話の教養を押さえておくのも肝要ですね。天岩戸伝説を知らない日本人はいないでしょうが、教養として食べておくだけでなく、自分の表現に使えてこそ生きてきます。今日は、そんな日本神話の教養を使った歌を、もう一つ紹介しておきましょう。かのじょの作品です。
あなにやし えをとこのこと つくしきて みはしらをまふ うつせみのてふ
日本人なら元の神話はわかりますね。伊邪那岐命と伊邪那美命が子を作ろうと、天御柱の周りをまわり、出会ったところで声をかけあい、まぐわいをした。
「あなにやり、えをとこを(まあ、いい男だこと)」
「あなにやし、えをとめを(ああ、いい女だ)」
歌の言いたいことはわかりますね。
昔から女は、どんな男でも、あなたはいい男だよとほめてきたけれど、それでなければ馬鹿な男が嫌なことをするから言ってきたけれど、そんなことをつくしてきて、今日、あの夫婦の神が愛し合ったという御柱の周りを、空蝉のような蝶々が舞っているよ。
空蝉のような蝶々とは何でしょうね。蝶々は成虫で、もう殻を脱ぐことはないから、殻などになるはずはないのだが。詳しく解説しないでも、なんとなくわかるでしょう。
男が何にもしないので、みんながあきれはててあきれはてて、蝶々が殻をぬいで、別のものになるほど、痛いことになってしまったのですよ。