月人の 落としし露か 桜貝 夢詩香
*「月人(つきひと)」とは、欠けた月を船に見立てて、それをこぐ人のことだそうです。月そのもののことを言うこともあります。
船をこぐには櫓や櫂がいるだろう。それを動かすたびに、その先から露が滴るだろう。それが空から浜に落ちると桜貝となる。なかなかに美しい。
あの人は海辺の町に住んでいた。歩いて10分ほどのところに砂浜があった。その砂浜を、貝殻を捜して歩くのが好きだった。
時々、小さな石に紛れて、宝物のように光るものがある。それを見つけると心がうれしい。渇いた心に水が滴るようだ。
この苦しい世界を生き抜いていくためには、そんな小さな光が必要だった。まじめに生きることが最も難しい世界で、まじめに自分をつらぬいて生きていく。浜辺で貝を捜すように、小さな真実を捜して生きていた。
つらいことの多い人生だったが、今その人が歩いた浜辺には、その人が落とした美しい桜貝のような宝がたくさんある。
それはきっと、後の人の魂が食べられる、美しい真実の滋養になるだろう。