ひなげしを いかにせむとて つはものの 思ひむせびし いにしへの月
*かのじょは、前世の一つに孔丘という男をやったことがありました。知っていますね。だからでしょうが、高校の時に中国史に興味を持ち、色んな本を読んでいました。ですから、かのじょが蓄えている教養には、中国の故事によるものが多い。自然、わたしたちが読む歌も、中国の故事を使用したものが多くなります。
ひなげしは虞美人草とも言います。そう言ったら、なんとなくこの歌もわかるでしょう。昔、中国は秦の末期に、項羽という武将がいました。その愛妾に虞姫という美人がいたのです。
項羽は身の丈9尺は有ろうかという偉丈夫で、才気も高く、優れた武将だった。青雲の志を持ち、大軍を率いて国土を席巻し、秦を滅ぼして一時は王と号したが、時に利なく、人心を失い、劉邦の前に敗れ、垓下の戦いに死んだ。
そのような男が、最後の戦いの折りに詠んだ詩が有名ですね。
力拔山兮氣蓋世 力は山を抜き、気は世を蓋う
時不利兮騅不逝 時利あらずして騅逝かず
騅不逝兮可奈何 騅逝かざるを如何せん
虞兮虞兮奈若何 虞や虞や若を如何せん
わたしの力は山よりも大きく、精神は世界を覆った。
だが時に利なく、愛馬騅ももう動かない。
騅が動かないことをどうすればいいのか。
虞よ、わたしのかわいい女よ、おまえをどうすればいいのか。
荒ぶる男、項羽のそばにはいつも、ひなげしのように愛らしい虞美人がいた。項羽はそれを深く愛していた。国中を暴れまくった荒くれ男が最後に最も気にかけたのが、女のことであったということが、わたしには愛おしい。
後の世にひなげしを意味する名ともなったという虞美人を、どうすればいいのかと、あるつわものが、遠い昔あの月を見て思い嘆いたのだ。
わたしはもう敗れていく。男はどんなに優れていようとも、時の運がなければ消えていかざるを得ない。男はそれでもいい。それくらいのことは覚悟しなければできないのが男というものだ。だが、このわたしを信じてついてきたおまえを、どうすればいいのか。おまえには何も罪はないというのに。
恋というのは美しい。国を争って首を取り合う男も、愛するかわいい女の前には小さくなってしまう。
史記によれば、項羽は垓下の戦いで劉邦に敗れて死んだが、虞美人がどうなったかということは書いてないそうです。伝説では、項羽の足手まといにならないようにと自害し、その墓にひなげしの花が咲いたので、その花を虞美人草というようになったそうだが。
時代の荒波にもまれて消えて行った、幾千の命と同じ運命に流されていったのでしょう。馬鹿なことをすれば馬鹿なことになるのは世の習いだが、時に悲しいほど愛らしい伝説ができる。
真実は神に預け、かわいらしいひなげしの花に、愛の面影を読みましょう。