ひとのよに しづのをだまき くりかへし おとなひきては 玉の種まく
*これは試練の天使の作です。2013年のもの。
「しづのをだまき(倭文の苧環)」というのは「くりかへし」を呼ぶ序詞(じょことば)です。序詞というのは歌の中である語句を呼び出す言葉で、枕詞と似たところがあるが、はっきりと形式は決まっておらず、通常七文字以上で、歌によって自由に創作できるものです。比喩(たとえ)や掛詞(しゃれ)を使って、特定の言葉を導き出すために、歌詠みが自由に作るのです。
例を挙げて説明してみましょうか。
葦引の 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む 柿本人麻呂
有名な歌ですね。この歌では「葦引の山鳥の尾のしだり尾の」までが、「ながながし」を導くための序詞になっています。こういうふうに、おもしろい譬えなどを用いて、言いたい言葉を呼んでくるのが序詞という修辞技法です。
通常序詞は、その歌のみに一回だけしか使わないものですが、「しづのをだまき」は、響きがおもしろいので、ここでは枕詞のように使ってみました。
「しづ(倭文)」とは、日本古来の織物のことで、「をだまき(苧環)」とは、それを織るために使う麻糸などを、中を空「にして丸く巻いたものを言います。その玉から糸を繰り出すときに、繰り返しそれをすることから、比喩で「くりかへし」を呼び出すことができるわけです。
この人の世界に、倭文を織るために使う麻糸の玉から糸を繰り出すように、繰り返しやってきては、玉のような種をまいてきたことだ。
天使や、天使のように高い人々が、使命を帯びて繰り返しこの世界に来ては、この世界の間違いを正すために、大切なことをしてきたのだ。
いい感じですね。「繰り返し」という言葉を使いたいときには、「しづのをだまき」を使ってみるとよろしいでしょう。序詞を使うおもしろさがわかります。練習は大切です。古い言葉はとても魅力的だ。ところで、この言葉を使った元歌はこの歌ですね。知っていると思いますが一応押さえておきましょう。
いにしへの しづのをだまき 繰りかへし 昔を今に なすよしもがな 伊勢物語
昔の人が織ったというしづのをだまきから繰り返し糸を繰り出すように、もう一度昔に戻ることができないかなあ。
まあ、美しく詠んではいるが、馬鹿ですね。昔は今に戻るはずがない。過ぎ去ってしまったことはもう二度と戻らない。
失ってしまったものに、いつまでもくよくよと思いをかけてもしょうがないのだ。
どんなに逃げても必ずやって来る明日のために、心を向けて生きて行った方がいい。古い世界を捨てて、新しいことのために生きることの方が、本当は人間にとって幸せなのだ。だが、阿呆はなかなかこれができないで、繰り返し繰り返し、昔の思い出ばかりつぶやいている。
馬鹿なことをして別れてしまったが、惜しいことをしたなあ。別れてしまったあの人と、もう一度いいことになれないかなあ。
よくいますね。こんな馬鹿な男が。
なお、「もがな」は、願望を表す終助詞「もが」に、感動の終助詞「な」がついたもので、「~があればいいのになあ」などと訳されます。体言や形容詞の連用形、助詞などにつきます。
馬鹿者の しづのをだまき くりかへし うなる呪ひを 打つこともがな 夢詩香
こういうパロディは楽しいですね。