JCP市原時夫です

千葉県房総の睦沢町から、政治・経済・歴史・オペラ・うたごえを考えるgabuku@m12.alpha-net.ne.jp

お茶とリポビタン差し入れが、救援募金の訴えで

2011年04月13日 | Weblog
 先日、スーパーハヤシ前で東日本大震災の募金のお願いをしました。子供さんから様々な世代の方のご協力を頂き集まった6148円を日本共産党として送りました。
 今日、そのときに募金をしていただいた方から、お茶とリポビタンの差し入れをいただきました。
 「当日、渡そうと思ったが、終わっていたので」と一緒に訴えていた方に渡してくれたとのことです。
 激励しようと始めたのですが、逆に激励されました。人の心の温かさに改めて気づかされました。

「ずっとウソだったんだぜ」と本当の事を歌い、削除。斉藤和義さん、その勇気。

2011年04月13日 | Weblog
今日の「赤旗」潮流を見て、シンガー齊藤和義さんの勇気ある歌声に心が動かされました。
 すっとウソだったんだぜ・・・ずっとウソだったんだぜと繰り返します。その、原発の被害者への思いが溢れています。
 歴代政府と与党、電力会社の責任は、取り返しがつかないぞ!!!!!!
 
(潮流より)
教科書に落書きしていた。
ギターと君の顔の絵だった・・・・斉藤和義さんの歌「ずつと好きだった」です
▼16歳の、甘酸っぱい思い出を語る歌。それが、ありと驚く大変身をとげました。
 いま、吝藤さん自身がインターネットの動画上でうたう替え歌、「ずっとウソだった」が反響をよび起こしています。
▼ギター一丁でうたいます。「この国を歩けば、原発が54基」。そうか、落書きした教科書に原発の説明が載っていたのかもしれません。
 「教科書もCMもいってたよ『安全です』」と、続きます
 ▼仰げば照れくさい青春の思い出がよみがえる「あの空」から、放射能の雨が降ってくる。「想定外」といいわけするけれど、安全とは「ずっとウソだったんだぜ」…。
 動画欄のユーチュー.ブから削られましたが、次々と転写され、聴き手をふやしています
 ▼原発を告発する人気歌手の先駆けは、故一忌野清志郎さんでしょうか。「サマータイムーブルース」で、"東海地震がくるのに原発はまだまだふえていく"とうたい、発売中止となりました。
「ずっとウソだった」を聴いて、〃圧迫されても負けないで"〃これであなたがつぶされるなら、私が守る"と、斉藤さんを励ます人が絶えません。
 ▼「何人が被ばくすれば気がついてくれるの?この国の政府」と問う、「ずっとウソだった」。わが国政府が、ようやく認めるところまできました。福島第1原発の事故は、世界の評価づけで「レベル7」にあたる、チェルノブーイリ級の深刻な事故だ、と。

いっせい後半戦でがんばります。前半戦は議席後退 責任痛感とお礼

2011年04月13日 | Weblog
 いっせい地方選挙前半戦で、日本共産党は議席を後退させました。
「日本共産党事態の自力が足りない」自らの力でどんな事態でも勝利できる力を持たなくてはと改めて、感じます。
 一方では、日本共産党が原発事故の危険性を指摘が真実であり、政府や東電の責任はどうなのか、わたしは、「住民が主人公」という日本共産党の姿勢に改めて誇りを感じました。