「間に合わない。こんなペースで資料を作っていたら、金融監督庁のヒアリング期日には間に合わない。もう、駄目だ。ボクは支店長を辞めさせられる~! おかあちゃ~ん!」
と駄々っ子のように泣き叫び出した。銀行員たちはびっくり仰天して支店長を見ていた。
ある時は支店長会議の席上で意味不明の事を口走りながら、役員席に向かって突進し、役員の一人を蹴飛ばした。
また、地域の名士が集まる新年会で酒も飲んでないのに意識を失って倒れた事があった。頭取の縁戚だったので不問に付されていたが、彼は間もなく退職した。
やむを得ないと誰も引き止める者はいなかった。銀行支店長と言う職業が、余程、本人には重荷に感じられたのだろう。銀行を辞めてからは、すっかり健康で明るくなっていた。つい先日、筆者は彼を見かけたことがある。今は、地元の動物園で入場券の改札係をしている。
サラリーマンである以上、誰しも出世したいだろう。しかし、おのれの身の程を知らず重責に耐え切れず、心身を痛めてまで、仕事をやる価値は無いだろう。家族の事を考えれば無茶はいけない。
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柴川淳一[郷土史家]
<世にも不思議なサラリーマン>奇行を繰り返した銀行支店長が動物園の改札係になった話